第44話 円卓の女神

 翌日。

 

 東西南北の女神、そして俺とヘステルとヒナとルココ。合計八人が円卓を囲う。そうして両陣営の作戦発表は、北の神の一言から始まった。


「どちらが先に発表するかが問題だ。先に発表して策を盗まれるのは気に食わない」


 全く信用されていないらしい。

 まあそれもこちらの狙った関係なのだが、この作戦発表後には手を握る相手になるわけで、あまりに敵視が過ぎては元も子もない。


「お互いが最善の策を準備している筈ですから、重複する可能性は十分にあります。それに、お互いの策の良い所を取り合って新たな作戦が浮かび上がる可能性もある。あまり気にし過ぎては目的を見失います」


 俺はいくつかの資料を準備している。

 それを円卓の中央に置いた。


「どちらが先に発表するか、そちらが決めてください。私はどちらでも構いません」

「良いだろう。その点については信用するとしよう」


 北の神はそう言うと、西の神とアイコンタクトを取った。

 西の神が少しばかり笑顔を作り語り出す。


「ではそちらが先にお願い致しますわ」


 何を考えているのかイマイチ掴み切れない西の神の笑顔に、同じような笑顔で頷き返して説明を開始した。


「分かりました。では先ず、この海図をご覧ください」


 俺は円卓の中央に置いた資料の一番上から、折畳んでおいた海図を広げて見せた。


「我々の現在地がここ。そして目標の島はここです」


 自分で言いながら、不要な説明だと気付く。

 この世界の神々を相手に、この世界の地理的構図など釈迦に説法もいいところだ。


「申し訳ない、不要な説明は極力省きます」


 俺は準備していた凸型の青い駒を幾つか両手に握りしめる。


「先ずは初手。東の神々率いる気球空軍を旧北の国の首都、第七十七島、通称ナトナジマの上空へ派遣します」


 青い凸型の駒を、魔族の塔があるトヨジマの北東に位置するナトナジマへと配置。


「これはあくまで牽制です。本格的な戦闘に突入した後は、なるべく被害の軽減に努め、被害が大きくなる前に撤退します」


 そう述べながら別の駒を三つ、現在地へ置く。


「空軍戦力が敵の飛行戦力を引き付けるのと同時に、この地から軍艦を出港。トヨジマから南方二十キロに位置する旧北の国の城塞都市、第六十五島、通称ムトゴシマへと接岸させます」


 三つの凸型の駒を指で押し、ムトゴシマへと向かわせる。


「この軍艦には北の国の海軍戦力ではなく、南の神々が率いる南の国の大兵団を乗船させます。目的は、ムトゴシマ城塞の奪還です」


 俺は四人の神々を見据え、この奪還成功の可能性について言及する。


「この城塞の奪還はほぼ間違いなく成功します。魔族は神々が纏まって行動するという現象を軽視している筈です。現につい昨日まで大いにいがみ合い、東西の神々に至っては共同作戦を拒否していたくらいですから」


 俺は三つの駒をそのままムトゴシマ城塞に上陸させた。


「ましてや、北の国の船団に南の国の大兵団が乗り込んでいるなど想像もしないでしょう。ムトゴシマの魔族が二十キロ先の魔族の塔に救援を依頼し、その知らせがトヨジマの魔族の塔に到着する頃には奪還が完了している筈です」


 そして新たな青い駒を三つムトゴシマ沖に配置し、それを南の国の現在地へと移動させる。


「海上にてムトゴシマ城塞の奪還を見届けた後、北の国の軍艦はこの地へと戻ります。ここまでが作戦の第一段階です。何か質問は?」


 西の神が真っ先に口を開いた。


「仰る通り、魔族は神々の団結を軽視していることでしょう。それどころか、人間までもが神々と共に団結するとは夢にも思っていないはずですわ。このわたくしも、まさか人間まで動員するとは思いもよりませんでした」


 まあ、その程度の作戦しか考え付かなかったという事だろう。

 東の神が頬を膨らませた。


「こっちは陽動かよ。主役じゃないのは不満だが、まあいい」


 そして南の神が言う。


「なぜムトゴシマの奪還から始めるのかは、このあとお聞かせ頂けるのですか?」

「ええ勿論。現段階ではその実行内容だけをご説明しています。その目的や理由は後からご説明します」

「ふむふむ、それならば問題ありません」


 最後に北の神が首をひねる。


「南の国の大兵団を運搬するだけの軍船か……」


 そして頭の後ろに手をやり、背もたれに身体を預けて言葉を続ける。


「今はまだ無理だな。来る時に備えて造船を急がせてはいるが、北の国の王は私財を全て失ったのだ。南の国の兵団を運ぶだけの軍船を準備するのに、あと何年かかるか分からんぞ」


 俺はしっかり頷いて答える。


「無論、その事についても考慮してあります」

「そうか。ならば続きを聞こうじゃないか」


 北の神がそう言ってくれた事を受け、第二段階の説明に移る。


「こちらの第一段階を受け、魔族がどう出るか想像してみてください」


 俺の質問に真っ先に答えたのはやはり西の神である。


「わたくしが魔族であったならば、取るべき手法は二つですわ。一つはムトゴシマの再奪取。そしてもう一つは、これ以上足掛かりを与えない為の各主要な島の防衛強化。これを以て神々に対抗します」


 南の神も言う。


「ふむふむ確かに。反撃に出るとしても、先ずは喉元に突き付けられた刃は振り払わねばなりませんね。私が魔族であっても、やはりムトゴシマの再奪取は必須かと」


 そこで俺は赤い凸型の駒を手に取った。


「その通りです。魔族はこの南の国へ反撃をしようにもその足掛かりを持っていません。そして反撃のために足掛かりを作ろうとした場合、最も適しているのがこのムトゴシマです。即ちこのムトゴシマは、南の国と魔族との戦いにおける最も重要な要所となるわけです」


 ムトゴシマに置かれた三つの青い駒と相対するように、三つの赤い駒を置く。


「激戦地となるでしょう。ですがこのムトゴシマには城塞があります。魔族の侵攻によってその防御力は大きく低下している事でしょうが、それを守るのは南の国の大兵団と、そして防戦を得意とする南の国の神々です」


 南の神がニンマリと笑みを浮かべた。


「そう簡単には落ちませんよ。それどころか、撃退するイメージしか湧きませんね」


 そう言ってくれると話が早い。


「そうです。ここは神々と人間の中で、最も防戦に向いた軍が担当します。必ずや魔族の攻撃を跳ねのけてくれるでしょう」


 そして俺は再び三つの青い駒を現在地に配置する。


「南の国の大兵団がムトゴシマで防戦に徹している最中、北の国の海軍戦力と東の国の気球戦力は総力を挙げてこの島を攻撃します」


 ムトゴシマから北東、旧北の国の首都ナトナジマとムトゴシマの中間地点。

 魔族の塔があるトヨジマから僅か十キロ、かつては北の国の海軍拠点でもあった第二十四島、通称フタトヨジマ。


 西の神が口に手を当てた。


「これは嫌な手ですわ。ムトゴシマ再奪取が成功するか怪しい状況下で、更にトヨジマに近い島を攻撃されるなんて……」


 気分はすっかり魔族らしい。

 北の神も身を乗り出して言う。


「フタトヨジマは大きな島ではないが、軍艦が寄港できる貴重な拠点だ。ここを奪還出来ればこちらの攻め方の幅が大いに広がる」


 あまりにも身を乗り出すものだから、たわわな巨乳が零れ落ちそうである。

 北の神の言葉は続く。


「フタトヨジマは元々海軍拠点。この島を経由すれな旧首都のナトナジマ、更には敵の根幹地でもあるトヨジマ、いやそれだけじゃない。大兵団を搬入できるだけの平地のある島ではトヨジマに最も近い第十一島、通称トイジマの奪還さえも狙える。もしトイジマに南の国の兵団が拠点を設ける事に成功すれば、魔族の塔など落ちたも同然だ」


 東の神も身を乗り出した。


「確かに良い手だが、魔族の塔が近すぎる。この距離では完全に魔族の塔の影響下だ。私達が思うように力を発揮できない……けど、やるしかないか」


 神々の反応に大いに満足しつつ、俺はフタトヨジマに青い駒を六つ、赤い駒を六つ、互いに相対するように配置した。


「魔族の本拠地である魔族の塔から僅か十キロです。敵は戦況次第では続々と増援を投入できる。拠点が近い魔族にとっては比較的やりやすい環境下での防戦でしょう」


 俺は更に三つの赤い駒をフタトヨジマへと配置。


「それに対してこちらは真逆。ただでさえ遠い戦地、得られない補給、望の薄い援軍。魔族の塔の影響下で神々は思うように力を発揮できない。こちらには不利な状況が整っています」


 ここでもう一つ、青い駒をフタトヨジマへ配置。


「そこで、こちらの最大戦力をフタトヨジマに援軍として出向いてもらいます」


 俺のこの言葉に、東西南北の女神たちが首を傾げた。


「最大戦力?」

「そいつはお前さん達か?」


 俺は小さく首を振る。


「いえ、女神ヘステルです」


 一同の視線が女神ヘステルに注がれた。


「そんなに注目されるとイヤらしい気持ちになるじゃないか。照れるね」


 女神ヘステルはこの空間の作成と維持によってその力を大きく減退させている。

 だがそれは、あくまでも「この空間を維持」しているからだ。

 

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