第43話 これは戦争だ

 女神ヘステルの居室にて、海図を前に腕組みをする。

 大まかな作戦は既に頭の中に描いていたが、細かい部分の修正は必要不可欠であるし、何よりもまず当事者たちの覚悟が必要になる。

 その当事者とは俺達ではなく、この世界の神々や人々の事だ。


「ヘステル、まず最初に言っておく」


 俺は敢えて真面目な表情を作って真っ直ぐに女神ヘステルを見据え、言わなければならない事を述べる。


「これは戦争だ。魔族と神々の、そして魔族と人間の戦争だ。それには多くの犠牲を伴う」


 多くの人が傷つき、力尽きていくだろう。

 それはどれだけ曖昧に表現しようとも、どうしようもなく直面する現実である。

 沢山の人が死に、神々にも犠牲が出る。


 女神ヘステルは小さく笑う。


「侮ってもらっちゃ困るよ。私も、そして東西南北の神々も、いや、東西南北の神も人も、これまで嫌ってほどの犠牲を積み重ねて来た」


 そして眼光鋭く、一切の淀みなく言葉を放つ。


「今さら覚悟は必要ない。そんなもの、とっくの昔にで出来てるさ。ただその覚悟を注ぐに値する状況を作れていないだけ。それを貴方が作ってくれるんだろ?」


 女神ヘステルの言う通りだ。

 この世界の人々にとって、今の状況は昨日今日の出来事ではないのだから。


「そうだな、悪かった。俺の認識不足だったよ」


 むしろ覚悟が必要なのは俺の方だ。

 自分の思い描く策を実行し、その策によって多くの犠牲が出る事を誰かの責任にしてしまいたかったのだろう。

 だからこそ、態々当事者たちの覚悟を確認しようとしたのだ。


 俺は改めて自分自身に言い聞かせた。


 ――出来るかどうかじゃない、やるんだ。


 この世界の人々は生きる事を諦めていない。

 世界を終わらせる事を望まず、未来を、物語を紡いでいこうとしている。

 例えどれだけ多くの犠牲を払おうとも。


 そのために俺はここに来たのだ。

 可能な限り成功率の高い策を準備しなくてはならない。


「ヘステル、東西南北の神々の戦力と特徴を教えてくれ」

「そうね。じゃあ先ずは東の神々から」


 女神ヘステルから其々の神々の戦力とその特徴が伝えられた。


 東の神々はその身体能力が特徴である。

 この世界の神々は少なからず魔力を使って飛ぶことができるが、特に東の神々はその能力に優れているらしい。東の大陸はいくつもの山脈が連なっており、神々は大陸の各地を飛び回るためにその能力が磨かれたそうだ。

 そして東の大陸の人々も、熱気球を用いた空軍戦力を有している。

 現在ではこの場所の遠く南の地に避難しており、空軍戦力もほぼ無傷で残存しているらしい。神々と人間が協力すれば、魔族の飛行戦力を一手に引き受ける事も可能であろう。


「空軍戦力か……火薬は?」

「そこまでの文明じゃないわ。せいぜい気球から魔法や弓を放ったり、地上に向けて石を投げ落とす程度よ」


 俺はそれらをメモに残し、続いて西の神の説明に耳を傾ける。


 西の神々はその誠実さと頭脳が特徴である。

 広い平野部を収める事になった西の神々は、農業や経済など様々な分野で優れた文明の発展を助け、人々を実に豊かな生活へと導いていた。

 だが広大な国は業火に包まれ、文明のほぼ全てが失われた。

 神々も多くが命を落とし、その数を半分以下にまで減らしたという。

 当然ながら多くの人々が焼け死に、辛うじて神々が助け出した人たちは現在はこの空間で生活している。そして西の大陸で培った技術力を生かし、限られた環境下で農業を営み、南の国にかける負担を極力減らそうと尽力していた。


「戦力としては期待できそうもない、か」

「そうね。今回最も打撃を受けたのが西の国。逆に言えば、それだけ魔族から厄介だと思われていたのも西の国ね。精度の高い軍隊、優れた武具、難攻不落の城、どれをとっても魔族に対抗しうる十分な備えを持っていたわ」


 それが魔族の塔の力により、灰塵に帰したというわけか。

 同じようにメモに残し、南の神々の説明を受ける。


 南の神々はその忍耐力と持久力が特徴である。

 大陸と呼ぶには小さい陸地を幾つか有しているが、元はその陸地の殆どが砂漠であったそうだ。神々はその地に生命の息吹を与え、相応の年月を費やして緑豊かな地に育てて来た。

 戦闘においても鉄壁の防御を誇る能力を有しており、南の神々が本気で守れば魔族の侵攻を許す事はないらしい。

 そして南の国の人々は実に勇敢である。争いごとを好む性格ではないが、一度武器を手にすれば命を惜しまず魔族に立ち向かう勇敢な戦士達である。

 かつては勇者を輩出したのもその所為だろう。

 大地を愛し、よく地を耕し、いざとなれば武器を手に魔族に立ち向かう。

 この地域は神々も人々も魔族の塔の影響を受けてないため、現段階では最も戦力になる。


「神々の号令に、人間は忠実に動くものなのか?」

「ええ勿論。けれど問題は、南の神が人間の動員に賛成するかどうかね」


 確かに、そもそも南の神が号令をかけてくれなければ、動くものも動かない。

 つづいて北の神々の説明を聞く。


 北の神々は水を操る魔力が特徴である。

 小さな島々で構成される北の国では、否が応でも生活の中で海を渡る事が多く、神々も水を操る術を身に着けて来た。

 一方、陸地での行動には不安も多く、そのために魔族の塔の建設妨害を想うように行えなかったという背景がある。

 西の国と比較しても同程度の損害を受けており、神々としての戦力はあまり期待できそうもない。

 だが意外にも、人々はその多くがこの南の地域まで非難する事が出来ていた。

 それは生活の中で培った海運技術と、島々を守る為に魔族と戦ってきた海軍の存在が大きかったと言える。


「海軍が保有してる軍艦はどれくらい残存しているか分かるか?」

「さあ。正確な数は掴み切れていないわ。何故なら、今この瞬間も急ピッチで造船が進められているからよ」


 俺はメモを取る手を止めて女神ヘステルへと視線を向ける。


「あら、意外? 神々の中で最も好戦的なのが北の神々よ。その影響で、北の国の人々も随分とやる気があるみたい。単独でも領地奪還の兵を出すつもりのようね」

「成程。北の神はあんな感じに振る舞ってはいるが、俺を一番歓迎しているのかもしれないな」


 俺はペンを置いて一つ深呼吸した。


「お、カミノイ様が何かを閃きましたかな?」

「煩い。少し黙っていられないの?」


 相変わらずの二人を他所に、ひとつの考えを纏めつつある。


「今回の作戦は総力戦が望ましい。神々だけでもなく、人間だけでもなく、神と人が協力して魔族の塔の破壊に挑む。そうする事で人々は更に強く神を認識し、想像力を働かせるだろう」


 そうすれば、女神ヘステルの力も多少は戻るはずである。

 俺は海図を指し示す。


「目標はこの島だ。九十九列島、トヨジマ」


 かつて、魔族が封じられた大きな島だ。

 女神ヘステルがトヨジマに小瓶を置いて言葉を発する。


「正式名称は第十四島だいじゅうよんとう、通称『十四島トヨジマ』と呼ばれる魔族の本拠地であり、島の中心地に魔族の塔がそびえ立つ目的の地」


 俺は海図に示された各島の標高と位置を比較し、その南南西に位置する一つの島に指を置いた。


「この島は?」

「正式名称は第八島だいはちとう、通称八島ヤジマよ」


 女神ヘステルの返答に、俺は更に質問を投げかける。


「島の形状は?」

「沿岸部が全て切り立った崖になっている所為で、人は住んでいない無人島。島の大半が森林に覆われた未開の島よ」


 好都合だ。


「この島から目標の島まで、海図を信じるならば距離は三キロ強。ルココ、バズーカ砲の射程距離は?」

「はいはいはい! エリオラたん改の有効射程距離は実に五キロメートルを超えるという超絶な優れものなのです!」


 いける。


「どうやって実行するかは別にして、最大目的の達成方法はほぼ決まりだ。この島にルココを配備し、バズーカ砲で魔族の塔の破壊を試みる。ヘステル、魔族の塔の素材は?」

「明確には分からない。けれどただの石ではなさそうよ。北の神々が何度か攻撃しているけれど、破壊できなかった。彼女たちは水の魔法を用いて破壊しようとした様子だけれど、びくともしなかったそうよ」


 となると、魔法石か。


「ルココ、この空間の入り口になっていた魔法石の扉。あれを三キロ離れた距離から破壊しようと思ったら何発でやれそうだ?」

「うーん、難しい質問で御座るよ。特にあの扉は異様なまでに頑丈そうでしたからな。寸分たがわず同じ個所に被弾させられれば五発。多少はズレが生じるでしょうから、上手くいっても七発から十発くらいは当てないとダメそうです。それもごく短時間に」


 ルココの解説に女神ヘステルが意を述べる。


「あそこまで高品質の魔法石で塔が出来ているとは考えにくいわ。お嬢さんのバズーカ砲の威力は身をもって体験済みだから信頼している。多少ずれても五発も当てればどうにかなるはずよ」


 それを信じるにせ信じないにせよ、最低五発は打たせないといけない。

 ヒナも同じ事を想ったようで、徐に口を開く。


「どちらにしても五発、撃たせてもらえるかしら」

「そこだな」


 俺は改めてルココに問いかけた。


「寸分たがわず命中させる事を前提にした場合、どれくらいの時間が必要だ」

「うーむむむむ、着弾箇所をどう確認するかという問題もありますが、三キロ程度ならエリオラたん改の付属スコープで確認できるでしょう」


 ルココはイメージを膨らませるためか、態々席を立ってバズーカ砲を構える真似をしてみせる。


「こうですね、発射後の反動で体勢は間違いなく崩れますから、そこから標的箇所と着弾箇所の誤差を念頭に実際の着弾箇所を確認し、改めてそこに狙いを定め直す。ましてや寸分たがわずとなれば……一発目から二発目までの間隔は五分くらい見ていてほしいですな。着弾箇所を探す手間については、スコープに記録させてしまえば三発目からは省けますので、一発あたり二分もあれば申し分なし」


 連射というわけにもいかなそうだ。


「となると、一発目はともかく二発目に五分、そこから二分間隔で三発で六分。少なくとも十分以上はかかる計算になる」


 ヒナが腕組みをしながら、珍しく長い台詞をつぶやいた。


「一発目で存在に気付かれる。五分間は私達が注意を引き付けたとしても、二発目で位置まで特定される。そこからさらに最低六分間、ルココとバズーカ砲を守り切らないといけない。なかなか難易度の高い要望ね」


 確かにその通りだ。

 俺とヒナだけでは厳しいだろう。

 女神ヘステルも頷く。


「そうね。それにはこの世界の神々とどう連携するか。そして人間たちをどこまで動員できるか。そこら辺が鍵になりそうね。けど面白くなって来たじゃないか、何だかやれそうな気がしてきたよ」


 俺は女神ヘステルにわざとらしく首を振って見せた。


「そうじゃない、やるんだよ。出来るか出来ないかじゃない。出来る方法を探し出して、絶対にやるんだ。俺達はそのためにこの世界に来たんだからな」


 こうして俺達の作戦会議は続いた。

 女神ヘステルによって人工的に作られた太陽が再び光を放ち始める時刻まで、その会議が終わる事はなかった。

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