第51話 新米魔王VS元勇者

 塔が倒れた。

 この事実は、フタトヨジマで交戦中の女神ヘステル達からも確認できるはずである。

 紫色に染まっていた空は青を取り戻し、禍々しかった空気も心なしか軽くなったように感じられる。


「貴様……許さん!」


 表情に怒りを顕わにした魔王から、凄まじい速度の攻撃が寄せられる。

 だが先ほどまでに比べると、何処となく軽い。


「塔からの加護を失ったか? 退かなくていいのかい魔王さん!」


 互いの剣戟が激しくぶつかり合い、衝撃が駆け抜ける。


「おのれ人間……よかろう。我は退く」


 魔王の赤い瞳が、怪しく金色に光る。


「だが貴様はここで死ぬ」


 魔力の量だけで言えば、かつて俺が倒した別の世界の魔王よりも高いだろう。

 だが無駄が多い。

 魔力の使い方に荒さが目立ち、コントロールしきれていない様がありありと伝わってくる。実戦経験の甘さは間違いない。


 俺は剣を構えて攻撃に備え、挑発気味に声をかける。


「どうかな。やってみな」


 魔王が動く。

 そう感じた瞬間、俺は左手に握りしめていたそれを地面に叩きつけた。


 黄金のオーラを発した魔王は、凄まじい速度で俺に向けて斬り込んでくるが、甘いのは魔力のコントロールだけではない。太刀筋の甘さも明確だ。


 そして何より今この瞬間、この場所は、俺のテリトリーである。

 魔王にしていみれば正しく乾坤一擲の一撃であったろうが、残念なことに俺が受け止めてしまった。魔王の表情に焦りが浮かぶ。


「馬鹿な……」

「きっついなぁ。流石に軽々とってわけにはいかなかったが、まあこんな感じだよ。悪いね」


 この範囲内で魔王は力を発揮できず、俺はその真逆である。


「貴様、何者だ」


 ギリギリと押し合う。

 剣と剣とが折れるのではないかと思うような圧がかかるが、元勇者の俺がその程度の圧で押し負ける事は無い。


「気になるかい?」

「……この世界の人間ではないな」


 刹那、魔王が魔力を爆発させて距離を取った。その爆発さえも、俺に深刻なダメージを与えるには至らない。


「通りすがりの異世界人だ。そう言ったら納得してくれるかい?」


 流石は神アバルの作り出したアイテムである。この場所の世界が変わってしまっている事に、魔王は全く気付いていない。それどころか、俺さえも何処までが範囲なのか全く分からない。

 半径十メートル前後と聞かされてはいるが、なるべく動かないに越した事は無いだろう。


「ほざけ人間。これで最後だ」


 魔王の両腕に魔力が集中し、先ほどと同じように黄金色のオーラにその身を包んでいく。


「ああそうしよう。こっちも体力の限界なんで、次で終わらせてもらうよ」


 これまで散々削り取られてきた体力は既に限界。

 この場所に世界を作り出せていなければ、とっくにやられているだろう。


「言いや良し。我が名は魔王ブルムーン。通りすがりの異世界人、名を聞こう」


 俺も全身の魔力を丁寧に開放し、最後の一撃を繰り出す体勢を整える。手にした自慢のルーンブレイドから、鈴の音に似た共鳴音が溢れだす。

 最後の一撃を繰り出す準備が整った事を確認し、俺は魔王に対して名を告げた。


「イセカイ・ソリューションズ株式会社、代表取締役社長……神野威圭太」


 魔王の表情に困惑が浮かぶ。


「株式……会社だと?」


 魔王が前世の記憶をどの程度有しているか、それを俺が知る由は無い。だが多少なりとも有しているのであれば、気になって当然だろう。


「ああそうだ。最近じゃ魔王への転生も珍しい話じゃないが、折角の魔王転生だ。もう少し個性的にやったらどうだ? 人類を滅亡に追い込むなんてストーリーじゃあ、ありきたり過ぎて面白味がないだろ!」


 先に地面を蹴ったのは俺。

 ほんの一瞬遅れて魔王も地面を蹴った。


 互いの身体が交錯し、突き抜ける。


 そして背を向け合って着地した。

 一騎打ちの結末としては、しっかりと絵になる構図であろう。


 俺の背後で魔王が膝をつく。


「馬鹿な……」


 手応えからすれば十分な勝利であるが、このままとどめを刺しに行ける状態とは言い難い。十二年の歳月で衰えた俺には、ここまでが限界である。


 残った力を振り絞り、ゆっくりと振り向いて魔王の現状を確認する。

 地に両膝を突き項垂れている魔王の右腕は、少し離れた位置に転がっていた。


 ――勝った。


 改めてそう確信した直後、背後から強烈な殺気に襲われる。

 そういえば敵はもう一体いた。


「くそっ……」


 慌てて体勢を整える俺の視界に映り込む、ボロボロになって低空を飛行するドラゴンの姿。今まさに絶体絶命の窮地に陥っている主を助けようと、最後の力を振り絞って俺に飛びかかってくる。


 正直、かなりヤバイ。

 ルーンブレイドは輝きを失くしており、俺に残された魔力ではその力を十分に発揮する事は出来ないだろう。

 火でも噴いてくれればまだ対処できるが、明らかに俺を噛み殺そうとする勢いで突っ込んでくる。ギリギリの所でどうにか回避するより他にない。


 右か、左か、上か下か。

 注意深くドラゴンの動きを読み、回避する事だけに集中する。


 その時、ドラゴンの首に光る筋を見た。

 それは首に長く絡みついており、更にその先には見慣れた少女の姿がある。振りほどかれまいと必死に、その筋の先端に掴まって宙を泳いでいた。


「ヒナ……良かった」


 ヒナが今この瞬間まで無事であった事、そしてもう一つ、ドラゴンが俺を目指しているという事。この二つが俺に安堵をくれた。


「悪かったなドラゴンさん。俺に向かってきたのが運の尽きだ」


 ヒナが手にする六節棍は、この世界で威力を発揮しきれない。だが俺の作り出したこの世界に飛び込んだ瞬間、本来の力を取り戻し、竜をも葬る強力な武器となる。

 ここまでくると、俺はもう回避するつもりさえない。

 出来るかどうか怪しい回避よりも、仲間を信じてこの場に待機する事を選んだ。


 赤と緑のオッドアイが光る。

 作り出した別の世界の中であっても、彼女は相変わらず力を発揮しきれないだろうが、ガライさんが授けた技と武器は本領を発揮できる。その上、ドラゴンの方は能力を大きく減退させる。勝負ありだ。


「させないわ。奥義、龍殺棍!」


 俺を喰らおうと大口を開いたドラゴンの首が、天高く打ち上げられた。

 そしてその長く強靭な首の骨が、絡まった六節棍の締め付けで砕け散る異様な音が響く。


 体の制御を失ったドラゴンが地に激突。図らずも魔王の直ぐ近くに倒れ、そのままピクリとも動かなくなった。

 力尽きたドラゴンの身体の上に、こちらも限界であろうヒナがよろよろと立ち上がる。そしてドラゴンの首から六節棍を回収しながら、無表情のまま口を開いた。


「……大きいわね、一人じゃ食べきれないわ」


 本気なのか冗談なのかいまいち把握しきれないが、本人は何事も無かったように飛び降りる。そして動かなくなったドラゴンの頭部へ移動した。


「あなたは主を守ろうとした。悔いは無いはずよ。ただ、私が主を想う気持ちが勝ったというだけ」


 そう言ってドラゴンの額に手を添えると、一転魔王を見据えて言葉を続ける。


「どうする? 私はまだやれるわ。そっちは片手みたいだけど」


 恐らくハッタリというやつだ。

 俺も負けてはいられない。

 魔王に見せつけるようにしながらアイテムボックスに右手を突っ込み、虹色に光る小ビンを取り出す。


「こいつは俺の世界でたった一つの全回復薬。副作用が強いんで出来れば飲みたくはないんだが、こいつを使ってあんたにとどめを刺す事も出来なくはない」


 完全にハッタリである。

 如何にご都合主義の異世界と言えど、ここまで消耗しきった状態を瞬時に元に戻すような薬は存在しなかった。この虹色の薬は、飲むと美声になるというエルフが作った娯楽用の飲み薬だ。副作用も殆どない。


 魔王は地に落ちた自身の右腕を左手で拾い上げると、鋭い視線をこちらへ向ける。


「つまらん虚勢を張るな。互いに全力を出し尽くした結果を、下らんハッタリで冒涜する意味など何処にある」


 言うと、その身を青い球体のオーラが包み込んだ。


「貴様の望み通り、ここは下がろう。島に戻って結界を張らねばならんからな。我が住まいを神々に蹂躙されてはかなわん」


 そしてニヤリと笑みを浮かべると、球体のオーラに包み込まれたまま宙へと浮いた。


「カミノイ・ケイタと言ったか。貴様の言葉、参考にしよう」

「神々との共存、そんな物語が描けそうか?」


 彼とて転生者。

 我が社を経由していないだけで、元は人間界に住まう、ただの一般人であったに違いないのだ。

 魔王は小さく首を振って答える。


「いや、それは神々の都合もあるだろうからな。先の事は分からん」


 そして少しばかり満足気な表情で言葉を続けた。


「だがな、ただ殺し合うだけでは芸がなかろう。そんな物語では読者も寄りつかん」


 言い終わると同時に小さな笑みを浮かべると、身を包む球体ごとその場から消えてなくなった。おそらく、魔族の島へ戻ったのだろう。

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