第50話 どんな障壁もノープロブレム

 漆黒のマント、青白く魔族らしい、これでもかってくらいに魔族っぽい皮膚。そして燃えるような赤い髪。

 魔王だと言われれば、確かにそうだと思わされる見た目である。


 その魔王を乗せたドラゴンが、首を大きく振りかぶった。そして振り下ろすと同時に、凄まじい火炎を噴き出す。ドラゴンの咆哮が島の木々を焼き払い、そこに僅かな足場が出来ると、ドラゴンがズシリと着地した。


 空中戦では俺が明らかに不利であったが、地上に降り立ってくれれば話は違ってくる。だが、俺はあのまま空中にいてくれる事を望んでいた。

 魔王は馬鹿ではないらしい。

 俺も地上に降り立ち、ドラゴンの背から降りた魔王と正面から向き合う。


「態々降りてくれるとは有り難い事だな。魔王さん、俺はそう簡単には倒せないよ」


 悲鳴を上げた魔族の塔がこのまま倒れるかは不明だ。

 だが空中に留まっていてくれれば、一つだけ明確な利点も存在していた。


「小賢しい策を弄するな人間。何を使ったのかは知らんが、空に居ては撃たれる危険が高い。今しがたの一撃は相当な物であったぞ」


 怒り、焦り、警戒心。魔族の塔を傾けるだけの一撃を、自身が喰らう事を恐れているのだろう。逆を言えば、こちらは魔王本人を狙撃してしまえば一気に状況が好転する可能性が高かった。


 俺は剣を構えてじりじりと魔王との距離を縮めていく。

 地上に降りてしまったものは仕方がない。地上で対峙するならば、正面から当たるより他になく、恐れを抱いてはならない。


「どちらにしても同じさ。この戦いは俺達が勝つ」


 目的は塔の破壊である。

 魔王本人が直々にここへ出向いているという事実は、フタトヨジマへの攻撃が上手く行っている証だろう。魔族の四天王や、他にもまだまだ強力な魔族は存在しているのだろうが、ここへこれ以上の増援は無いと見てよさそうだ。

 ここで魔王の反撃を押さえ込み、ルココがもう一発撃ち込めばこちらの勝ち。


「ルーンブレイド!」


 手にしている剣に古代魔法も文字が浮かび上がる。


「この世界ではお目に罹れない代物だ。喰らいな!」


 最初から全力でいく。

 恐れてはいけないが、侮ってもいけない。


「小癪な、我の恐ろしさを思い知るがよい」


 魔王の右手に禍々しい形状の剣が出現する。

 激しく打ち合う。

 一合、また一合。

 打合う度に凄まじい衝撃波が駆け抜け、同時に俺の腕力に重いダメージを与えてくる。こいつは想定していた以上に厳しい。


「どうした人間! この程度か!」

「まだだ!」


 また一合、今度は今までよりずっと重い。

 だがその重み以上に、付帯された魔法攻撃に俺の身体が吹き飛ばされた。


 やはり、強い。


 その上、吹き飛んだ俺に向けてドラゴンが跳躍している。このままでは、俺が地面に激突するのと同時に、ドラゴンの放つ火炎の咆哮で丸焦げにされるだろう。


 だが問題ない。


「よし……」


 俺は無意識にそう呟くと、地面との接触によるダメージを軽減する事だけを考えて体を捻る。

 ドラゴンはいい。俺の相手は魔王だけでいいんだ。むしろドラゴンと魔王の注意を俺が一身に引っ張りつけていれば、ヒナが必ずやってくれる。


 ドラゴンが首を大きく振り上げた。もしこのまま首が振り下ろされれば、同時に放たれる咆哮で俺は丸焦げになる。だがその首が振り下ろされる事は無い。俺はそう確信している。

 俺の予想通り、木々の合間から一つの影が飛び出した。

 そしてその影を囲うように宙に展開する、六節の光。


「六節棍、奥義……!」


 延びた光の筋がもたげられたドラゴンの首に絡みつく。

 そしてその光の筋は、ドラゴンの首の鱗の継ぎ目に入り込み、そのまま一気に締め付けていった。


 天を仰ぐドラゴンのその更に頭上。

 白銀の髪を靡かせるオッドアイが光る。


「龍殺棍!」


 ガライさんがヒナに授けた奥義。ヒナも、そして武器である六節棍も、この世界では半分も力を出せない。

 だとしても、ドラゴンの動きを封じるには十分な威力である。そしてあの龍殺棍の真価は、初撃ではなくその後の締め上げだ。


 自慢のドラゴンに襲い掛かった不測の事態に、魔王が一瞬の隙を見せた。

 この世界に転生させられた魔王。実力は確かであろうが、実戦経験という意味ではどうやらまだまだらしい。そこだけは俺の方が遥かに上だ。


 俺は首にぶら下げていた小さな卵型の宝石を左手に握り、チェーンを引きちぎっる。


 ――ここしかない!


 右手に剣。

 左手には、神アバルから貰い受けた卵型の宝石。


「魔王、覚悟!」


 なるべくヒナの近くで、そして魔王の近くで、見習い女神クイが治めるあの世界を、この場所に作る。そうなれば俺は全力が出せるようになり、ヒナの持つ六節棍もその威力を十分に発揮できるようになる。


 だがそう上手くいくものでもなかった。

 険しい表情を見せた魔王が、その手に持つ剣を大地に突き刺す。


「滅せ!」


 魔王のその台詞と同時に、俺の身体は鋼鉄の壁にでもぶち当たったかのような衝撃を受けた。

 吹き飛ばされたと思った瞬間、今度は背中に凄まじい衝撃。

 全身を砕くような痛みに耐えながら、どうにか視界を魔王へと向けた。


「イテテ……くそ。随分と吹っ飛ばされたな」


 魔王の立つ位置と、俺の現在地では随分と距離がある。

 辛うじて救いなのは、左手の宝石が無事な事だ。まだチャンスはある。

 ヒナの姿も見えないが、同じように吹き飛ばされたのだろう。無事を祈るしかない。

 そしてドラゴンの姿もない。同じように吹き飛ばされたのだろう。仲間ごと吹き飛ばすとは、魔王らしいと表現すれば適正なのだろうか。


 どうにか立ち上がる俺を他所に、魔王は明確に方向を定めて歩を進めた。

 その方角はよろしくない。


「気付かれたか」


 アイテムボックスから回復薬を取り出し、マラソンランナーの給水よろしくがぶ飲みしながら駆ける。

 薬の効果も半減だが、今はそれで我慢だ。


 魔王の接近に備えていたのか、西の神々が木々の合間から飛び出して魔王に躍りかかったが、それらは全てが虚しく弾き飛ばされる。


 そして魔王がその禍々しい剣を高く掲げた。


「小賢しい……消し飛べ!」


 間違いなく、ルココのいる方角を狙っている。完全に気付かれたと思ってよさそうだ。


「させるかぁあ!」


 間一髪、俺が飛び込んでそれを阻止。


「チィ、まだ生きていたか人間」


 剣と剣がぶつかりあい、魔力と魔力が衝突する。

 だが確実に押されている。徐々に押し込まれ、ルココのいる場所が目視できるところまで追い込まれてしまった。


「あれか……」


 魔王が眼にしたそれは、既に砲身から光が漏れ出す状態である。発射準備は整っているだろう。


「悪いね魔王さん。お家はぶっ壊させてもらうよ」


 また一合、俺の剣戟を受け止めた魔王はニヤリと笑う。


「人間、魔族を甘く見るな」


 言うと、魔王は自身のコメカミに指を当てて言葉を続ける。


「第八島から狙撃される。身を挺して塔を守れ」


 直後、結界の周囲に展開していた魔物が一斉に塔の方角へと集まり出した。無数の魔物による肉壁を作り、狙撃から塔を守るつもりのようだ。

 それ自体は全く問題がないのだが、ここは焦ったフリでもしておく事にした。


「くそう、うおおお!」


 俺は慌てた素振りで魔王を押し込んでいく。

 渾身の力で剣を繰り出し魔王を押し込むが、魔王は余裕の笑みでそれらを全て受けきる。


「人間、残念だったな」


 魔王がそう俺を嘲笑った直後。

 ルココの声が響いた。


「火急的ピンチにつき、砲身の冷却が不十分ですがここいらで撃たせて頂きます! エリオラたんゴメンね、痛いかもしれないけど我慢してね!」


 狙撃台が眩い光に包まれた。

 一発目よりも、明らかに漏れ出している光が多い。


「乾坤一擲四捨五入! どんな障壁もノープロブレム! 無駄むだむだむだー! いけえ、エリオラたん改ポジトロンスペシャル!」


 空を真っ黒に覆う魔族の群れ目掛け、七色の光が撃ち放たれた。

 標的以外の物質、精神エネルギー等の全てに干渉する事なく、また干渉される事なく、標的に直接着弾する七色の光。

 出会った時は「凄い」程度にしか思っていなかったそれは、今この瞬間、それ以外には考えられない唯一無二の武器として俺たちを救う。


 低く、重く、海を荒らし大地を揺らす音。


「馬鹿なっ」


 元々青白い魔王の表情が、更に青ざめた。

 ドラゴンに焼き払われて視界の開けたこの島から、魔族の塔がゆったりと倒れていく姿を確認する事が出来た。


「悪いね魔王さん。俺達の勝ちだ」


 あとはこの場をどうしのぎ切るか、である。

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