第32話 女神からの助太刀要請

 ヒナと女神ヘステルとの激突により、大惨事となっていたリビングの片づけに追われる。

 机を動かしながら、ルココはずっと溜息を洩らし続けていた。


「はあ……ボク、本当に生きていく自信がなくなっちゃいました。まさか女神様を撃ってしまうとは情けない。神アバル様に知られたら切腹ものですよこれは」


 確かに、あのバズーカ砲については少々使い方を考えた方がよさそうである。

 俺とルココとヒナが片付けに追われる間、里琴ちゃんがキッチンで夕飯の支度をしてくれていた。里琴ちゃんの手料理で夕飯とは、実に贅沢である。


「はーいみんな、出来たよ」

「いい匂い。お肉があるわね」

「ボクお腹減りました。食べて心を癒さなければ精神が持ちそうもありません」


 テーブルを囲んでの団欒がひと段落したあたりで、俺の部屋で寝ている女神ヘステルとの今後についてを語らねばならない。



 食後、食器を片付けがてらうちの女神二人へ問う。


「ちょっくら異世界へ行こうと思うんだ。二人も来てくれるか?」


 唐突な質問に二人は目を丸くした。


「それは質問? それとも命令?」

「うーん。ボクはこの世界にいる大義名分が調査ですからな。どうでしょうか」


 流石は女神。多くを語らずとも察しているようだ。


「ヒナ、これは俺からのお願いだ。それとルココ、大義名分さえ立てばいいんだな?」

「分かったわ。私はカミノイについてく」

「それは確かにそうですな。ボクがその世界に入る正当な理由があれば、カミノイ様の手助けはむしろ本望でございますぞ」


 そこまで意思確認が取れれば十分だ。


「有難う。恩に着るよ」


 女神ヘステルが管理する異世界では、俺もヒナも、当然ルココも実力を発揮する事が難しい。だがそれでも、一つだけ実力を発揮できるアイテムがある。


「ルココ、君のバズーカ砲が頼りだ。大義名分はどうにかする」

「ちょっとちょっとカミノイ様、ボクの愛しの『エリオラたん改』をバズーカ砲だなんて野暮ったい呼び方しないで欲しいのであります。でもまあ頼られて嬉しくない筈もありませんからな、しっかりエネルギーを溜めておくであります!」


 ハッピーエンドに導く事は難しい。

 だが、固まりかけたバッドエンドをぶち壊してくる程度の事は出来るかもしれない。それさえ出来れば、女神ヘステルはまた別の人間を勇者として転移させるなり、転生させるなりして戦っていくだろう。


「私とカミノイは、そのバズーカ砲を守る係ね」

「もう、ヒナたんまでボクの最高傑作を……って、お目覚めですぞ」


 ルココの視線に釣られるように、俺の視線もリビングの奥へと向けられる。

 そこには女神ヘステルの姿があり、焼け焦げていた筈の白い衣服がすっかり綺麗に修繕されていた。


「だいぶ休ませてもらったわ。いい匂いね、良かったら私にも提供してくれないかしら」


 ヒナとルココは怪訝な顔つきである。警戒心を解き切れていないのだろう。

 それに比べ、キッチンからお皿を手にやって来た里琴ちゃんは大違いである。全く警戒する素振りもなく、笑顔でテーブルに料理を配置した。


「お久しぶりです女神ヘステル様。ちゃんと取り分けておいたので大丈夫ですよ。さあどうぞ召し上がって下さい」

「リコ、済まない。私はどうにもお前が苦手なようだ」


 女神ヘステルは苦笑いを見せながらテーブルにつく。


「苦手だなんて言わないで下さいよ。これでも一応、社長の元カノって事で私なりに気を使ってるんですからね?」

「元カノか……そんな言い方をされると照れるじゃないか」


 二人のやり取りに、ヒナとルココが驚きの表情を隠せないでいる。

 そして、何かを思ったら口に出さずにはいられないのがルココだ。


「おやおやおやおや、もしかしてまさかして、女神ヘステル様はカミノイ様の元カノという、それはあの、元恋人と翻訳して構わないレベルのお話だったりしますか?」

「馬鹿ね。もう少し考えを纏めてから口に出しなさい」


 ヒナに突っ込まれながら、それでもルココは止まらない。テーブルに身を乗り出して矢継ぎ早に言葉を発する。


「それって事はあれですよ。事実であれば大変ですよ。ボクは上司である神アバルの盟友であるカミノイ様の元恋人である女神ヘステル様を狙撃したって事じゃありませんか!? ああだめだ目眩が」

「なら寝なさい。そうしてくれると私の聴覚が助かるわ」


 うちの女神二人を無視するかのように、女神ヘステルは出されたビーフシチューを堪能し始めている。

 キッチンからビーフシチューのお替りを手に戻って来た里琴ちゃんは、困惑して項垂れるルココに対しフォローを入れた。


「大丈夫よルコちゃん。女神ヘステル様を撃ったって聞いて、私スカッとしたから! 元気になったみたいだし、もう一発撃ってもいいと思う!」


 女神ヘステルがビーフシチューを噴き出す勢いで咳き込む。


「か、勘弁して? あのね、あなたのそのバズーカ結構な威力よ? それからリコ、お前な――」


 文句を言いかけた女神ヘステルの前にドンと手を付き、途中でその言葉を封じた里琴ちゃんは、思い切りのいい作り笑顔で言葉をかけた。


「うちの社長を異世界へ連れて行く気でしょ? だったら素直に『お願いします』って言って下さいね。じゃないと私、絶対に認めませんから」


 そして、ほかほかに暖められたビーフシチューのお替りを手に、ぐっと身を寄せて言葉を続ける。


「それから、この世界では食糧事情を握っている人間が一番偉いんです。お替り欲しかったら、言う通りにして下さいね?」

「ぐ……分かった。神野威、それからそちらの女神お二人。申し訳ないけど、私の世界に助太刀をお願いできないかしら。それと、リコ、あの……」


 少し素直さを見せた女神ヘステルに、里琴ちゃんはニンマリ笑顔でお皿を差し出した。


「はい、たんと召し上がれ!」

「有難うリコ」


 里琴ちゃんは稀に、神々に対して異様なまでの圧力を放つ。

 特にこの女神ヘステルに対しては顕著で、俺がこの女神を苦手としている分、そこは大いに助けられていると言えるだろう。


 里琴ちゃんが作ったビーフシチューは実に美味しかった。

 来週から毎晩のように里琴ちゃんの手料理を楽しめるのかと思うと、知らぬ間に口元が緩む。


 女神ヘステルの食事が終わるの待ち、俺たちはテーブルを囲んだ。


「じゃあ説明させてもらうわね。だけどその前に、私の事を少し話しておこうかしら」


 女神ヘステルはそう切り出した。


「私は最近、フリーランスで動いてるの。神界の何処の組織にも属さない、自由な存在。力の根源である想像力については、適当に異世界を拾ってそこで得ている」


 それは初耳だった。

 少なくとも、俺にちょっかいを出していた頃は何処かしらの組織に属していた。


「いつまでたっても統括に昇進出来ないものだから、辞めてやったの。お蔭で色んなしがらみから抜け出せたわ」


 神アバルと同じ立場を欲していたという事になる。


「それでつい最近、放置されている難易度Aの世界を見つけたの。あなた達にも分かりやすい言葉で言えば『エタった世界』ってやつよ」


 その言葉に、俺は聞き覚えがあった。

 そして女神ヘステルも、俺がその言葉を知っている事に気付いている。


「そうよ神野威。あなたが救った世界と同じ、単一の創造主から生まれ、その創造主に見捨てられた哀れな世界」


 もしその言葉が本当だとするならば、そこには元から神がいた筈である。


「土着の神はどうした」

「ええ、いたわ。それも十や二十ではない、沢山の神々がね」


 俺のいた世界には、クイの存在しかなかった。

 神アバルはその土着神であったクイに対し、神界から見習い女神の称号を授与し、人間界から俺という存在を転移させたのだ。


 女神ヘステルの説明は続く。


「バッドエンドになった原因を簡単に説明するなら、その神々よ。数が多すぎて纏まらなかったの。結局その世界の神を二分する争いに発展し、私と敵対関係になった連中がとんでもない連中を呼びいれた」

破壊者デストロイヤーと呼ばれる連中か」


 俺の言葉に、女神ヘステルは頷いた。


「そう。けれど破壊者程度に屈する私じゃない。その破壊者はあろう事か、人間界から転生させる形で魔王という存在を作り出し、魔族の四天王さえも人間界から転移させた」


 魔王への転生。

 昨今そう珍しくない話ではあるが、それを人間の想像力の範疇で行う場合はそうそう悪い事態には発展しない。

 問題は、そこが単一の人間によって作られた世界であり、尚且つ、その人間がその世界を創造する事を投げ出してしまった世界という事にある。


「創造主を欠いた世界で、破壊者が圧倒的な力を持ったって事だな」

「腹立たしいけどそれが正解。私がいくら優秀で美しい神とは言っても、所詮は多くの人間から寄せ集めた想像力によって生まれた存在。たった一人の想像力の供給しか得られない世界で、私は次第に力を弱めていった」


 そこに破壊者が現れた。しかも人間を魔王を転生させるような力のある破壊者であり、その世界に存在していた土着の神々をも巻き込んで引っ掻き回したのだろう。

 それにより女神ヘステルは物語の主導権を失い、ハッピーエンドの方向へ導く事が出来なくなった。


「女神ヘステル、事情は大体把握した。後はこちらが都合を付けられるかどうかだ」


 俺は里琴ちゃんとアイコンタクトを交わすと、席を立って応接室へ向かった。

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