第33話 苦難上等、退く気は無い

 女神ヘステルの助太刀要請に応えるには、いくつかの問題点がある。


 一番の問題は、女神ヘステルが担当する世界への行き方だ。

 現在、女神ヘステルはその力を大きく減退させており、俺を転移させる事は出来ないだろう。それは無論、ヒナやルココを連れて行く事も出来ないという意味と同意になる。


 それは次の問題につながる。

 クイの世界を経由して向えばいいわけだが、応接室にある扉にせよ、クイの世界にある転移ゲートにせよ、全てが神アバルによって管理監督されている。通過を阻まれるような事はないだろうが、後々になって何かを言われる可能性が高い。

 特に見習い女神ルココの存在は、あくまでこの人間界における継続調査の名目で俺の側にあるだけなのだ。

 他の異世界を手伝いにいくとなれば、そう簡単な話ではなくなる。

 無断で行っていいような行為ではないだろう。


 仮にそれが解決してたとしても、また別の問題がある。

 バッドエンドを迎えようとしている難易度Aの異世界に、俺たちが行った所で何もできない可能性を否定できない事だ。

 俺は勿論、ヒナもルココも力を発揮出来はしない。

 現地には多くの土着の神々がおり、それらの存在は思う様に力を発揮できる。

 女神ヘステルや破壊者のように、バッドエンドが見えるまで物語に深く関わって来た存在とは違い、俺やヒナやルココは終了間際に現れて物語に首を突っ込む余所者だ。

 下手をすれば、現段階では女神ヘステルに味方している土着神からさえも、敵視されてしまう可能性を否定できない。



 俺は応接室の扉に入り、受話器を手にした。

 呼び出し音に続き、元気のいいクイの声が響く。


『やっほーケータ! 元気?』

「ああ元気だ。クイ、神アバルと話したいんだが」


 神と相対して直接交渉に及ぶ場合、一番大切なのは正直ベースである事だ。裏に何かを隠し持とうとすれば、それは簡単に看破されてしまうだろう。

 だがそのリスクを加味しても、面前で直接的に交渉する効果は大きい。神とて所詮、感情のある存在だからだ。


『はーい。ケータこっちに来る? クイがアバル様とそっちに行く?』

「どちらでも構わないが、状況的にはこちらが出向いた方がよさそうだ」


 クイの世界で神アバルと対面し、そこでどうにか認めさせなければならない。

 女神ヘステルの管理する異世界へ、俺たちが行く事を。


『それじゃ、ケータが来るって言っておくね!』

「ああ。神アバルと連絡が取れたら教えてくれ」

『ハーイ』


 クイとの通話を追えてリビングに戻ると、そこでは意外と打ち解けている女神三人と里琴ちゃんの姿がある。もう女神四人と言っても差し支えない雰囲気だ。

 その四人の視線がこちらに集中した。


「とりあえず、神アバルと直接交渉しようと思っている。女神ヘステル、君は自分の世界に戻り、俺たちが向かうまで出来るだけ準備をしておいてほしい」


 俺の言葉を受け、女神ヘステルはゆっくりと口を開く。


「分かった……神野威を信じて待つ事にする」


 いつになく優しい表情を見せた女神ヘステルは、そのままベランダに設置した自己専用の異界の門を使って自分の世界へと戻る。


「社長、もうとっくに定時過ぎてますけど、これ残業でいいですか?」

「ああ勿論。後片付けまでしてくれちゃって悪いね」


 料理から後片付けまで、完璧にこなした里琴ちゃんには頭が下がる。


「分かりました。ただ社長、一つだけ約束して下さい」


 里琴ちゃんはすっと立ち上がり、俺を正面から見つめて言った。


「必ず、無事に戻ってきてください」

「ああ勿論。絶対に里琴ちゃんを悲しませたりしないよ」

「ひゅーひゅーですぞひゅーひゅーですぞリコ様。ですが心配ご無用であります! この天才美少女神ルココが付いています!」

「あなたはバズーカ専門でしょ? カミノイは私が守る」


 里琴ちゃんは小さく笑みを見せて頷いてくれた。


「社長、今の台詞、私ずーっと忘れませんからね?」

「ん? ああそうだね」


 その時、机の上に放置していた携帯が鳴り響く。


「仕事が早いな。よし、ちょっとクイの所に行ってくるよ。里琴ちゃん、お疲れ様」

「はい。ではお先に失礼します!」


 クイからの連絡を受け、俺は応接室からクイの待つ世界へと向かった。



 程なくして、クイが住まう社の一室で神アバルと対峙する。

 相変わらずサングラスにアロハシャツの爺と向かい合い、クイが用意してくてたお茶で緊張を潤しながら、一つ一つ言葉を選びながら会話を進めていく。


「――なる程な。その毛むくじゃらの破壊者の出所か」

「はい。異世界から人間界へ門を繋ぐという行為自体、普通ではあまり考えられません。その上、こちらの調査が始まる前にそれ閉じている。開閉を自在に操れる程、破壊者達の力が強い世界があると思うのです」


 偽りは許されない。

 だが正直である事と同時に、こちらの切る交渉カードの順序は絶対に間違えられない。これを間違えば、ただ正直に事を打ち明けて神アバルの判断を仰ぐだけになってしまうからだ。それでは交渉とは言えない。


「だがな、儂の管轄下ではそのような異世界は存在せぬ。儂の周りの統括者からもそのような話は聞かん。少々、非現実的だと思うがな」


 俺はしっかりと頷いて答える。


「はい。そのような異世界が多いとは思っていません」

「然様、多くないどころか、稀じゃ。破壊者に力を持たせぬよう、こちらが神を派遣して異世界を救っておるのだからな」


 破壊者によって支配された異世界は、そこから更に別の異世界へと触手を伸ばす。

 想像力を糧にしながらも、それを守る活動も同時に行っている神々とは違い、破壊者は想像力を貪り、喰らい尽くしてしまう。


 異世界という場所をこの世から無くしてしまおうと思えば、破壊者に全てを委ねてしまえば異世界の数は激減するであろう。だがその過程で、消えゆく多数あまたの異世界において、そこに住む人々に悲惨極まりない終焉が訪れるのだ。


 だがそこまでしても、人間の想像力が尽きない限り新たな異世界が生まれていく。

 生まれては消えていく異世界で、想像を絶する悲惨な終焉をそれこそ無限に繰り返していくのか。それとも、破壊者の存在を排除し、秩序ある平和な世界として自然な終焉が訪れるまで見守り続けるのか。


 神と破壊者の違いは、その違いである。


「日頃の崇高な取り組みには頭が下がる思いです。破壊者が力を持った異世界を見つけるのに、統括者のお力添えは欠かせません。ただし、神アバルやその周囲におられる統括者の元にそのような異世界が無いとなれば……他を当たるしかないでしょう」


 神アバルは腕組みをし、深く考える様なそぶりを見せた。

 だが、どうにも良い方法が思い浮かばなかった様子である。


「他を当たる、か。だがな神野威、儂以上に人間に協力的な統括者などおらんぞ」


 俺はしっかりと頷いて言葉を返す。


「はい。勿論それは分かっています。別の統括者に当たるのではなく、別の場所を当たるのです」

「ほう、別の場所とな」


 会話のペースはほぼ掴めた。

 あとは順序良く展開してきたイメージ通り、本題を切り出すだけである。


「そうです。統括管理者の定まっていない異世界を探します」

「それは危険じゃな。どこぞの馬の骨とも分からん自由気ままな神々が、儂らの目の届かぬ所で好き勝手に拾い上げ、都合よく己の居場所にしておる異世界だ。神野威の調査に協力するとは思えん」


 その否定に頷いて同意を示しつつ、言葉を切り返す。


「確かに。私も数名、フリーランスの神々との接点を持っていますが、お世辞にも協力的だとは言えない神々ばかりです」

もあろう。どれも神界をドロップアウトした連中じゃ」


 肯定と同意を繰り返し、神アバルの心の扉を開いていく。


「そうですね。彼らの支配する異世界には神界の目も届いていない。だからこそ、そこに活路を見出したいのです」

「ふむ、流石は元勇者じゃ。苦難上等というわけか。だがどうやって探す」


 この質問を引き出すために、態々回りくどいやり取りをしたのだ。


「実は既に、一つの異世界に目星を付けてあります」

「ほう。聞こう」


 少しばかり身を乗り出した神アバル。

 ここが勝負所である。


「女神ヘステルをご存じですか?」

「女神ヘステルか、会った事はないがな、聞き及んではいるぞ。統括管理者の候補に名を挙げられる程の実力者であったが、どうにも男癖が悪くてな。人間の男を篭絡して弄ぶような駄女神だったそうじゃ。神野威、知り合いか?」


 俺は小さく頷いて言葉を続ける。


「はい。彼女の住まう管轄外の異世界が、現在バッドエンド直前だそうです」

「……こりゃまた難儀な話を引き込んだな。難易度は」

「Aだと聞き及んでいます。ただし、単一の創造主から作られた世界だとか」

「そうか。だとすれば、女神ヘステルは神野威に手助けを求めておるな」


 一瞬、心臓が撥ねた。だがこの口ぶりだと、こちらの思惑を感づかれる以前の問題だろう。 


「何故そう思うのです?」

「はっはっは、単純な事。それはな神野威、おぬしもその単一創造主の世界を救った一人だからじゃ」

「確かにそうですね。それと何か関係が?」

「大ありじゃ。単一創造主の作り出した世界から得られる想像力ではな、神界生まれの神など大して役に立たんのだ。故に儂は地元生まれのクイに見習い女神の称号を与え、女神として担当を命じた」


 神アバルは背もたれにゆっくりと背を預け、体を楽にして言葉を続ける。


「とこれでな神野威。おぬしが今の今まで、こうして神々と対等に渡り合えているのは何故じゃと思う」


 言われると確かに疑問が残る。

 今まではそんな疑問など抱く暇もなく、我武者羅に突き進んできた。


 俺は得体のしれない不安に襲われつつ、これから語られるであろう俺自身についての事が何であれ、女神ヘステルの件についてどうにか狙い通りの着地をせねばならない使命感と再認識する。


 そう、神アバルの言葉を借りるならば、苦難上等だ。

 俺は負けない。無論、退く気も無い。

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