第34話 モテる理由は魂にあり

 これまで上手くやってこれた理由。

 そんな事は考えてもこなかったが、それが俺自身の努力で成り立っているとは思っていない。無論、努力あっての話で間違いないだろうが、それ以上に神々が協力的であったからこそやってこれたのだ。


「私の努力の賜であると言いたい所ですが、正直に言えば神界からの好意によって成り立っていると思っています」

「ふむ、好意か。少し違うな」


 神アバルは冷めてしまった茶を一口啜り、改めて俺を見据えた。


「違うのですか?」

「ああ、だがだけだ。おぬし、自分の魂が神界からどう評価されているのかを考えた事があるか?」

「……ありません」

「然もあろう」


 神アバルがサングラスを外し、真剣な眼差しで言葉を続ける。


「神野威、おぬしの魂は特級の更に上、特二級じゃ」

「俺が……特二級?」

「そう驚く事もあるまい。元は特級であったのだがな、この世界を救うにあたり著しく昇華し、特二級へと昇格した。現段階の人間界に、特二級の魂を持ってる生物の個体数は千に満たない」


 四方田くんよりも上質な魂が俺の身体に宿っているという事か。

 俺は何故か、自然と胸に手を当てた。だが、言葉は出てこない。


「勘違いするなよ? 特級まではおぬしの努力ではない。数百年の時を経て巡り巡ったそれが、たまたまおぬしを形成しているというだけじゃ。おぬしの努力によって特二級にはなったが、それとて、そもそも特級であったが故にこの世界の勇者に選ばれたのじゃ」


 神アバルの言葉を聞きながら、会話のペースが掴まれつつあることに気付く。


「その事と、女神ヘステルの件に何の関係が?」

「そう焦るな。まずは己の魂がそういう物だという事を理解せよ」

「はい。それを疑う必要はありません。理解します」


 満足そうに頷いた神アバルは、俺の胸のあたりを指さした。


「その魂に魅かれておるのだ。神野威、女神連中からやたらとモテると思った事はないか?」

「え? ……いやあ」

「とぼけるな。女神とて女であり、そして同時に神でもある。奴らは皆、おぬしのその魂を無意識のうちの欲しておる。あの不出来な者のように、上質な魂を喰らえば己の力を著しく昇華させる事が出来る。皆、それを本能的に感じ取っておるのじゃ」

「魂を喰らう? では、女神たちはそれが目的で俺に協力的なのですか?」


 美しい女神たちのあの笑顔の下に、そんな事実が隠れていたのだろうか。


「はっはっは。いや、そうではない。元より実体を持って存在した神々には、魂を喰らうという文化がないからな、そのような事は夢にも思っておらんじゃろう。だが潜在的に魂を喰らう能力を持っておる。故に、おぬしの魂に魅かれるのだ。無意識のうちにな」


 笑い声をあげて破顔してみせた神アバルであったが、直ぐに険しい顔に戻って言葉を続けた。


「儂は女神ヘステルの本当の狙いが気がかりなのだ。よもや、己の管理する世界で神野威を死なせるつもりではないのかと、そう思ってな」


 俺は自分の胸のあたりを強く握って答える。


「この魂を奪うために?」

「ああそうじゃ。バッドエンドを打ち砕くだいてハッピーエンドへと導く。そうするにあたり最も手っ取り早い方法が、己が強大な力を得てしまう事だ。神野威の魂を喰らえば申し分ない」


 女神ヘステルの俺に対する執着の裏に、そんな目的が隠れていても不思議ではない。

 だが、もしそうだとするならば、俺はとっくに女神ヘステルに殺されていただろう。


「あまり実感の沸く話ではありませんね」

「そうかの。神が自ら手にかけた者の魂を、自ら喰らう事は出来ん。そして、神が喰らえる魂は一つだけ。それを踏まえればな、欲する魂であればある程、慎重に事を運ばねばならん。己の手の届く範囲で間接的に死を与え、その魂を喰らうだけの環境を用意せねばならん」


 神が魂を喰らうという発想は、正直なところ実感が沸かない。

 神アバルの言う事を信じるとしても、実体を持って存在している女神ヘステルに魂を喰らうという発想はあるのだろうか。


「神アバル、貴方は魂を喰らったのですか?」

「いや、儂は喰らっておらん。これからもそうしたいと思わん。実体を持つ神にとって質の高い魂を喰らう事は、現在の実体を手放すに等しい。その魂が抱えていた想像力を吸収してしまう事になるからな」


 ヒナがそうであったように、その魂が質の高い想像力を有していればいる程、得られる力が大きい分、受ける影響も大きいという事か。


「ではもし、神アバルの言うように女神ヘステルが私の魂を喰らうつもりであるとすれば、それなりのリスクを承知の上でそうしようとしている。という事になりますね」

「そうじゃな。儂だったら御免だな。己で言うのもなんじゃが、儂は女好きじゃからなぁ。自分自身が幼女にでも変体した日には目も当てられん」


 言葉の選択が妙な気もするが、それは触れないでおこう。

 だが今の台詞は大きなヒントになった。女神ヘステルは神界でも話題になる程の男好き。それは俺も良く知っている。そんな彼女が今の美貌を手放すつもりでいるとは考えにくい。

 あの涙は本物だった。

 純粋に、俺に助けを求めに来たのだ。


「そうですか。ですが、私は女神ヘステルと対峙している破壊者に活路を見出したいと考えています。私を名指しで襲ってきた連中が、何者であるかは早急に把握したい」

「まあそれは正論じゃな」

「はい。いつ襲われるか分からないような状況では、うちの里琴ちゃんにも危険が及びます」

「っ!? それはイカンぞ。よし神野威、おぬしの覚悟が本物であるならば止めはせん。その異世界の調査を認めよう。メカマニア駄女神も連れていくといい」


 なんだ、里琴ちゃんの名前を出したら一発で許可が出た。

 なんとちょろい神だろうか。


「有難う御座います。例え女神ヘステルに裏の意図があろうとも、俺は負けません。無論、退く気もありません」

「神野威らしい。あい分かった」


 神アバルは一つ大きく頷くと、両手を合わせるようにして目を閉じた。

 次の瞬間、神アバルの手の中に光り輝く何かが出現する。


「ふう。疲れたわい。こいつは選別じゃ、受け取れ」


 金色の細いチェーンにぶら下がる、卵型の虹色に光る宝石。

 俺はそれを掌で受けた。


「これは?」

「その中にな、この世界を入れておいた」

「この世界?」


 俺は虹色のそれを覗き込む。


「使えるのは一度きり。使い方はな、地面にでも叩きつけて破壊するだけじゃ」

「何が起こるのです?」

「その地面を中心に、この世界が広がる。範囲はせいぜい十メートルもあればいいほうじゃろう。だが、その範囲内だけはこの世界になる。分かるな?」

「……はい。私が存分に力を発揮できる空間を、簡易的に作り出すわけですね」

「そうじゃ。だが効果時間は短いぞ。三分持てばいいほうじゃ」

「特撮ヒーローみたいな話ですね」


 俺はその宝石を握りしめる。

 意識を集中してみても、特別な何かを感じる事はない。


「特撮ヒーローか、まあ然もあろう。儂自身、少々時代遅れの想像力の塊だからな。出来る事も年代物じゃ」


 笑顔でそう言う神アバルは、徐にサングラスを装着した。


「有難う御座います、神アバル」

「気にするな。だが死ぬなよ? そして、リコを守れ」

「ええ。言われるまでもありません」

「けっ、生意気な」


 口元をニヤリと緩め、サングラス越しの瞳が優しく微笑んだ。


「んじゃ儂は行くぞ」

「はい」

「そうじゃ神野威、おぬしアスナの娘には会ったか?」

「え? アスナの……」


 アスナとは、俺と共にこの世界を救った女剣士である。

 伝説の剣士の血を引く存在で、一子相伝で受け継がれてきた見事な技の数々を用い、多くの敵を一瞬で切り伏せていた。


「なんじゃ。知らんのか」

「ええ。人間界に戻ってからは、この世界の住人とはあまり接点を持たないようにしていますので」


 そうしている理由は、俺がこの世界に戻りたくなってしまうだろうと、俺自身がそう思っているからだ。


「ストイックな男じゃのう。まあよい。アスナの娘は今年で十七になるがな、そりゃもう十七とは思えんむっちむちのないすばでーなんじゃ!」

「はぁ……」


 まったくこのエロ爺、人間の女にはとことん目が無い。


「どことなーく、な。おぬしに似ている気がしなくもないんじゃが……」

「え? ……は!?」


 なんだそれ。

 怖い、凄く怖い事を言う。


「儂ゃこれからボルードまで足を延ばしてアスナの手料理でも馳走になるとしよう。アスナはアスナでな、年を増すごとにイイ女になっていく気がするわい。むっちむちのな、大人の色気は今がピークじゃろう」


 この社のある村の村長を務めているガライさんの年齢から計算するに、当時十七歳だったアスナも今は俺よりも年上だろう。

 俺が人間界で過ごした時間は十二年。その間に、この世界では二十年近くが経過しているように見える。


 そうなると、アスナの娘が俺に似ているという話も――


「か、神アバル、私は戻ります」

「なんじゃ急に青い顔しおって。分かりやすい男じゃのう」


 神アバルは一人で楽しそうに笑うと、破顔して言葉を続けた。


「冗談じゃ。アスナはレモントリーと結婚したぞ。似合いの夫婦だ」


 俺はどっと溜息を洩らした。


「神アバル……まあ、いいです。そうでしたか、それは良かった」


 俺やアスナと共に、この世界で魔王討伐に尽力してくれた元盗賊の男。

 当時は若干年上だったが、今の俺が思い返せばまだまだガキだったと思う。二十歳そこそこだった気がする。

 そのレモントリーと結婚したという事であれば、娘もレモントリーとの子供なのだろう。少し複雑な気もするが、嫉妬心は沸いてこない。幸せになってくれているのであれば、それ以上の事はない。


「そいじゃあな神野威。上手くやれよ」

「はい!」


 アロハシャツのマッチョな老人の背を見送り、クイとも軽く挨拶を交わし、俺は虹色の卵を片手に事務所へと戻った。

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