第35話 女神ヒナVS龍殺しガライ

 神アバルとの交渉を終えた翌朝。


 里琴ちゃんも含めて四人でテーブルを囲み、女神ヘステルの世界を救うためのミーティングが開催された。

 テーブルの上に乗るサイズのホワイトボードを自分の横に置き、女の子たち三人に向けて図解を示しながら説明していく。


「――まあそんな感じで、神アバルからの承認が得られた。俺、ヒナ、そしてルココも、女神ヘステルのいる世界へ行く大義名分を獲得したわけで、神界に気を遣う事なく胸を張って行く事が出来る」

「分かったわ」

「おおお、やりましたなカミノイ様。これでボクに破壊者討伐の実績が付けば、ついに見習い卒業も夢ではありませんぞ」


 少し心配そうな表情を見せる里琴ちゃんは、メモを取る手を休めて質問を投げかける。


「必要な準備は、数日分の食糧、クイちゃんへのお土産、あとはルコちゃんのバズーカ砲の充電ですね。他に必要な物はありますか?」


 俺たちの準備はそれで問題ないだろう。

 だが、現地の神々と折衝するにあたり、武器が欲しい。


「里琴ちゃん、菓子折りを大量に用意できないかな。なるべくお洒落な物がいいと思う。あと、これが大事なんだけど」


 俺が準備してもいいのだが、このあとクイのいる世界に出向いて準備したい事がある。里琴ちゃんに頼んでしまうしかないだろう。


「遠慮なくいって下さい。私は準備くらいしか出来ませんから!」

「そうか、有難う。じゃあ頼むよ」


 俺は意を決して頼みたい物を述べる。


「男性向けのグラビア雑誌を十冊くらい。それから、所謂エロ本と呼ばれる種類の物も数冊欲しい。女性向けのも欲しいな。イケメン満載の写真集とか、BL系の漫画とかでいい」

「……やっぱりそう来ますか。ちょっと恥ずかしいんでネットで買います」


 少し頬を赤らめつつメモを取る里琴ちゃんに、俺は言葉を続ける。


「それから、名作と言われるような絵本を沢山用意して欲しいんだ。バッドエンドを迎える直前の荒んだ世の中だ。人々の暮らしも明るい物じゃないと思う」


 女神ヘステルが力を失った要因。

 それは単一創造主によって作られた世界である事と、その世界に住む人間たちが想像力を失いかけている事だ。


「子供向けのを特に重点的に。人々に想像力を取り戻してもらわないと、俺たちが救った所でまたバッドエンドに向かってしまうからね」

「分かりました! がっつり買い込んでおきますね!」


 メモを取る里琴ちゃんの横で、ルココが鼻息荒く身を乗り出す。 


「何やら甘美な響きが聞こえてきましたが、そそそそ、それはボクも拝見したりできますか?」

「そんな物、いくらでも手に入るんだから今は我慢しなさい」


 俺は小さくため息を漏らし、ヒナに窘められているルココに告げる。


「用意した物を見るにしても、自分で手に入れるにしても、どちらを選択しても俺はそれを神アバルに報告するからな」

「ぎょ、いや、聞かなかった事にしてくだされ」


 こちらのやり取りを聞こえない振りで、里琴ちゃんはタブレット端末を使って買い物を始めている。

 後の事は里琴ちゃんに任せ、俺は俺の準備を始めるとしよう。


「ルココ、バズーカ砲のエネルギーは満タンにしておけよ。それから、俺は数日留守にするから、その間、里琴ちゃんの事を頼む」

「畏まりまして。リコ様をお守りする役目、しっかりと努めますです。ああそれからバズーカ砲などと粗雑な呼び方をされている哀れな『エリオラたん改』にはですね、替えのエネルギーパックが二つほどありますから、全部満タンにしていけばざっと十五発はぶっ放せますぞ」


 その情報は有り難い。


「そうか、頼もしいな。ヒナは俺と一緒に来てほしい」

「いいわ。何処へ?」


 席を立った俺に続き、ヒナもゆっくりと立ち上がる。


「俺が救った世界だ。流石になまっちまってるからな、ちょっと鍛え直したい。付け焼刃にはなるだろうがやらないよりましだろう」

「そう。カミノイの修行の相手って事ね。いいわ」

「それもあるが、ヒナには別の世界で戦うという現実を体験してもらいたいんだ。どの異世界であれ、人間界とはあらゆる法則が異なる。俺なんかこの人間界じゃ全く力を使えないくらいだからな」


 人間界で存分に力を発揮できるヒナが、異世界でどの程度やれるかを知っておく必要もある。そして、狙いはもう一つある。


「わかった。行きましょう」

「里琴ちゃん、三日くらい留守にするから宜しくね」

「はい。業務は滞りなくやっておきます」

「いってらっしゃいませなのだ」



 里琴ちゃんとルココに見送られ、俺とヒナは扉を通過してクイの治める世界へと足を踏み入れた。

 社で待っていてくれたクイが、明るい笑顔で迎えてくれる。


「待ってたよケータ。お願いされた連絡はしておいた!」

「手を煩わせて済まない。早速行くとしよう」


 俺とヒナ、そしてクイの三人は村の外れにある広場へと足を運んだ。

 そこで待っていてくれたのは、あのガライさんだ。


「お待ちしておりました」


 ガライさんの年齢は五十五歳。

 俺と戦った時はまだ若々しさを見せていたが、既に見た目は初老を迎えている男性である。

 体力的には全盛期よりも衰えているだろうが、本人曰く『あの日から必死に鍛え直したので、まだまだ若い者には負けない』との事だ。あの日とは、すき焼きの一件で誤解した女神ウルイナスが、あろう事か村を襲撃してクイを誘拐した、あの日である。


「ヒナ、彼と戦ってみてくれ」

「……いいわ。殺さない程度には気を付ける」


 歩を進めるヒナを見つめるガライさんの表情は、普段の温和な物から、戦士のそれに変わっていく。


「見た目は随分と可愛らしいお嬢さんだが、どうやら人ではありませんね」

「へえ……なかなかね。気が変わった。遠慮はしない」

「そうして下さい。でないと、私もやりづらい。油断している少女に大怪我させるなど、気のいい事ではありませんからね」

「言うわね。後悔しても知らない」


 俺と横並びになりヒナとガライさんの様子を見つめるクイは、俺の顔を覗き込んで確認を求める。


「ああ、始めてくれ」


 クイはしっかりと頷き、笑顔で言葉を発した。


「二人とも、お怪我してもこの中なら大丈夫だよ。練習ゾーンを開設します」


 クイが両手を広げた。


「練習ゾーン開設、ぴっかり~ん!」


 広げられたクイの両手が光り輝き、広場が薄いブルーのドームに覆われる。


「出来た! この中でお怪我をしても、直ぐ元通りだから心配ないよ。それじゃ、特訓開始!」


 クイの合図に、先に動いたのはヒナだ。

 身を低くした姿勢から、最短距離でガライさんとの距離を詰める。そのスピードは並大抵の武術家でも敵わぬ速度であろう。


「早いが、正面か。実戦経験に乏しいな」


 ヒナの動きを冷静に見定めつつ、ガライさんは手にしていた短い棒の束を直線状に伸ばす。

 そして、長い一本の棒になったそれを構えた。

 そこにヒナが飛び込んでいく。


「沈める」


 一気に距離を詰めた勢いを乗せ、真正面から正拳突きが見舞う。ガライさんはその正拳を器用に棒で受け止めた。

 多少の衝撃波が駆け抜けるが、事務所で女神ヘステルと戦った時と比較するとかなり見劣りする。


「その程度ですか。ではこちらから」


 棒を薙ぐようにしてヒナを退かせたガライさんが、ヒナを追う様にして棒を回転させて接近する。


「そんな物、当たらないわ」


 突き入れられ、薙ぎ払われる棒を躱しつつ、ヒナは次の一手を打ち込む機会を窺っている。そして僅かな隙をついてガライさんの懐に飛び込む。

 だが次の瞬間、ヒナの足がガライさんの棒に弾かれる。


「――っ!?」


 バランスを崩したヒナに、ガライさんの攻撃が襲い掛かった。


「終わりです!」

「この程度でっ」


 仕方なくといったところか、ヒナは頭上に振り下ろされた棒を両手を盾にして受ける。腕が折れやしないか心配になるが、頭をカチ割られるよりはましか。


 頭上で交差させた腕で、どうにかガライさんの一撃を凌ぐ。

 だがそれと同時に、ヒナの後頭部を凄まじい衝撃が襲った。


 ガライさんの得物、六節棍。


 六つの短い棒が魔力を帯びたチェーンで繋がれており、それらはガライさんによって自在に動く。

 主に遠心力を利用して操られる各部位は、まるで其々が意思を持ったかのように動き、六節に分かれたり、一本に繋がったり、正しく変幻自在であると言えよう。


 ヒナたまらず地に身体を投げ出しながらも、咄嗟にガライさんとの距離を取る。

 そして後頭部をさすりながら立ち上がった。


「イタタ……やるわね」

「おやおや、タフですね。今ので倒れてくれないと困るんですが」


 ダメージを受けながら何事も無かったように立ち上がったヒナであるが、おそらく後頭部には大きなたんこぶが出来ているだろう。


「面白い武器ね。驚いたわ」

「いえいえ。面白いのはこれからですし、驚かれるのもこれからですよ」


 互いに隙を伺う二人。


「ヒナさん、でしたね。大切な神野威様からの依頼に、なぜ私のような萎れた男が立っているか分かりますか? 村には若い衆もいますし、武術や剣術を体得している者も少なくないのに、です」

「そんな事、どうでもいいわ」


 ヒナが腰を落として仕掛ける体勢に入る。


「そうですか。ですが一応、お伝えしておきます。私、こう見えて強いんですよ。これでも若い頃は『龍殺し』なんて呼ばれていた時期もありましてね」

「そう、けれど私は神」

「成程。ですが、龍という存在は時に神をも上回る。ましてやヒナさんのように、不完全であり、別の世界から来たとあっては尚更です」

「気に障る。今度こそ、沈める」


 大地を蹴って一歩で距離を詰め、そこから蹴りと拳の連打。

 ガライさんはその全てを見事に棒で受け、余裕さえ見せた。


「では、私が実際に龍を討った技をお見せしますよ。だいぶ衰えたとは思いますけどね」


 乾いた衝撃音が走り、ヒナが大きく弾かれる。

 空中で体勢を直して着地したヒナに対し、ガライさんは既に次の攻撃に移っていた。


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