第19話 神を侮ると恐ろしい

 神アルバからの依頼により、俺は探偵の真似事をする事になった。


「社長、こっちこっち」


 地図アプリを開いて俺を手招きする里琴ちゃんは、この探偵の真似事が楽しくて仕方ないらしい。


「ここか……」


 東京都某所。

 交通量の多くない裏通りではあるが、抜け道になっているらしく時折トラックが通る。ナンバーからしてどれもこの近隣の車ではない。


 コンビニが一件ある程度で、ほかに何かがある訳ではない住宅街。

 つい数日前、この場所でトラックと歩行者の事故が発生し、二十歳になったばかりの男子大学生が亡くなった。四方田くんである。


 俺は彼と何度か面識がある。

 異世界帰りという共通点だけで、他に特異的な何かで繋がりのあった人物ではないのだが、それでも知人が亡くなったという事実は気持ちが沈む。


「犯人は現場に戻って来るって言いますからね、ここで張り込みしてたら見つけられるかもしれません!」

「いやいや里琴ちゃん、もう四日前の話だからね?」


 神界や異世界からこの人間界に来るルートは、そう多くない。そのうち一つが、うちの事務所にあるクイが作った扉だ。


「この辺に車止めて監視しましょ? ね? ね?」

「まあいつまでもコンビニに止めといたら悪いしな。とりあえずそうしようか」


 神によって作られた神界と人間界を繋ぐルートは、全てが神界の承認を受けて利用されているらしい。いつ誰が通ったのか、全て記録されている。

 だが稀に自然現象で発生してしまうルートが存在するようで、そういった種類のルートは見つけ次第封鎖するのだとか。問題は、見つけられるかどうかだ。


 俺は車を移動させると、ぎりぎり外を見れる程度まで背もたれを倒し、外から目立たないようにした。

 里琴ちゃんもそれに倣うように、同じく背もたれを倒して横並びになる。


 今更ながら、この探偵ごっこはかなり楽しい。

 なんせ里琴ちゃんとドライブデートでここまで来たわけだし、今もこうして他愛もない会話に花を咲かせながら外を眺めているだけだ。

 斜めになった状態で横並びになっていると、なんだか妙に緊張する。


「――だから私言ってやったんです。その前に気の利いたプレゼントの一つでもよこせって」

「ははは、そりゃパンチ効いてるね。で、その彼はプレゼントくれたの?」

「もう毎年の事なんで期待してなかったんですけどね? やっぱり期待外れでした」


 里琴ちゃんの軽快なトークに丁度いい塩梅程度の返事をしつつ、俺は神アバルから提供された情報を整理している。

 神アバルが言うには、自然的に発生した独自ルートを使い、神がこの人間界に入り込んでいる可能性があるらしい。いかに神とは言えこの人間界で力を使うのは相当に困難で、例え偶然鉢合わせたところで焦るほどの事はないのだとか。

 俺の任務は、神と思しき人物を特定し、その人物の行動範囲を把握する事にある。


「――女二人じゃないですか、そりゃもう次から次へとチャラいのが声かけてくるんですよ。そしたら彼女、それはそれで満更でもないような顔しちゃって、私の立場がないじゃないですか」

「へぇ、里琴ちゃんの彼女も男女どっちでもいい感じなの?」

「私の彼女って言ったら二人いるんで語弊ありますけどね? まあ正直なところ、どっちも異性のほうが好きみたいです。当然ですけどね」

「あらそうなんだ」


 俺が範囲を絞り込むと、後は神界のほうでその範囲を探索する。そこで見つかれば封鎖するし、見つからなければまた別の人物に目星をつける。この繰り返しで地道にやるしかないそうだ。


 神というともう少し万能な存在をイメージするかもしれないが、実のところそうでもない。そもそも、神という存在の発生が何によるのかを知れば納得の事実であるわけだが、一般的に万能なイメージがあるのは仕方のない事だろう。


「――でね、結局普通のホテルが見つからなくて、ラブホに……社長、社長」


 里琴ちゃんが俺の肩を突く。


「ん? ラブホテルがどうしたって?」


 里琴ちゃんを見ると、窓の外を指差している。


「ラブホの話はどうでもいいです。ほら、あの子」

「ん、どの子?」

「今電柱のとこにいる、赤いフードの子ですよ」


 見ると、電柱の下で空を見上げるようにしながら、右手にぬいぐるみをぶら下げている中学生くらいの子が目に留まった。赤いパーカーのフードを被り、表情の判別は付かない。黒いハーフパンツから覗く足は華奢で、どことなく女の子を連想させた。


「ぬいぐるみ持ってる子だよね? あの子がどうかした?」


 里琴ちゃんに尋ねるのと同時に、俺はその子の異常性に気が付いた。


「分かりません?」

「いや、分かった」


 右手にぶら下げているのは、ぬいぐるみなんかじゃない。


「あれ……猫ですよね、本物の」

「そうぽいね。見ているのは電柱じゃなく、電線に止まっているカラスだ」


 その子が手にぶら下げている猫に気付いたのだろう。十羽程度のカラスが電線からその子を見下ろし、やけに騒がしくわめきたてている。


「魂、まだ持っていくつもりか」


 俺がそう独り言ちた瞬間、フードの中の両目が赤く光る。

 それに恐れおののくように、カラスの群れは大げさに叫びながら飛び去ったのだが、一羽だけ糸が切れた操り人形のように落下。思い切り地面に激突した。


「……あの子、カラスも持っていくつもりでしょうか」

「そうだろうな。猫もカラスもまだ生きてるんじゃないかと思う。魂が体に縛り付けられているうちに、運んでしまうつもりなんだろう」

「じゃあ、四方田さんの御遺体も?」

「いや、四方田くんは事故現場で即死だったらしい。その場で体の呪縛から解き放たれた魂だけを、あの子が掻っ攫ったんだと思う」


 子供が歩いていて、そこにぐったりとした猫とカラスがいるだけ。そうであるにも関わらず、何故かこの世の物とは思えない光景だ。

 緊張の所為か、里琴ちゃんが俺の服を掴んだ。


「ちょっと……怖いんでこれくらい許してください」

「いいよ全然、寧ろ大歓迎」


 車内から監視するこちらに気付いている様子はない。

 だが気付かれた場合、あの紅く光る両目は人間にも効果があるのだろうか。いや、あると思っていたほうがいいだろう。あの目で四方田くんの意識を奪い、事故に合わせた可能性を否定しきれない。


「里琴ちゃん、あまり見ない方がいいかも」

「そう……ですよね」


 まさかの調査初日、しかも現場についてから三十分足らずでの発見である。

 神アバルは真面に調査したのだろうか。これじゃあ手抜きだと思われて仕方のない状況である。あの子は今も現場近くにいて、人目も憚らず神の力を使っている。


 その時、フードの中に隠れていたその子の顔がこちらへ向いた。

 フードの中には真っ白な髪、そして青と緑のオッドアイ。幼さの残る顔立ちが妙に大人びて見えるのは、その表情があまりにも無機質だからだろうか。


「オッドアイの女の子だ……」


 そう呟いた瞬間、その子の口元が小さく蠢く。

 そして、青と緑の両目の奥底に赤い光がともる。


 刹那、俺は里琴ちゃんに押し倒されるようにして倒れ込んだ。

 里琴ちゃんは俺の体に覆いかぶさるようにしつつ、リクライニングのレバーを思い切り引いて背もたれを限界まで倒す。そして耳元で囁くように文句を述べた。


「何やってるんですか、見ない方がいいって言ったの社長ですよ」

「いや……悪い、つい」


 里琴ちゃんに押し倒されている状況に少々の興奮を覚えつつも、フードの子のその後の行動が気になって仕方ない。


「里琴ちゃん、そろそろ」

「だめ!」


 起き上がろうとする俺を、里琴ちゃんは全力で押さえ込む。


「社長に何かあったら、私はどうしたらいいんですか? 絶対ダメ、そんなの許しません」


 そうまで言われてようやく気付く。

 俺に危険が及ぶ可能性があるという事は、里琴ちゃんにも同様にその危険があるという事だ。里琴ちゃんがその事まで気にしているかどうかは別だが、俺としてはそれは絶対に避けねばならない。


「ごめん、悪かった」


 俺はその体勢のままで里琴ちゃんのおっぱいを胸板で存分に堪能しながら、時間が過ぎ去るのをただ只管に待つ。

 あの子がこの車に近づいてきたらどうするべきか。

 もし、窓から覗き込んでくるような事態になったらどうすべきか。


 恐怖と緊張で高鳴る二人の心臓が、衣服とおっぱいを挟んでお互いにノックしあう。


「なんか色々と妙な状況だけど」


 俺は車内の天井を見上げながら、視線を巡らせて窓を確認する。

 里琴ちゃんの柔らかい髪がくすぐったく顔に纏わりつき、いい香りを存分に伝えてくる。


「窓を覗き込んではいないね……もう行ったかな」

「本当ですか? もうちょっと待ちましょう? あの目はヤバイですよ」


 平静を装っている風な里琴ちゃんだが、これは本気で怖がっているのだろう。

 俺は身動きが取れない状況でもぞもぞと右手を動かし、スマホを掴んでカメラを起動。動画撮影モードにして車外の様子を撮影した。


「これで見てみようか」


 流石に気になったようで、里琴ちゃんも顔を向けて画面をのぞき込む。

 二人して頬を寄せ合って画面に食い入るこの体勢も、やたらと妙な感じだ。


「何も映ってないですね」

「そうだね」


 ひとつ大きなため息をつき、里琴ちゃんがゆっくりと起き上がる。

 そうなったらなったで、もう少しこのままでいたかったような気がしないでもないが、安全には代えられない。


 自席に戻った里琴ちゃんがリクライニングを戻し、また一つ大きく深呼吸する。


「あー怖かった!」


 怖かったと言いながらもどこか楽し気な里琴ちゃんに、俺は苦笑いを返した。何はともあれ、一先ず無事にやり過ごせた事に胸を撫で下ろす。


「さて、戻ろうか」

「そうですね。今から戻ればギリギリ定時に間に合いますね」


 エンジンをかけ、事務所までのナビをセット。


「社長、神アバル様からの報酬、たっぷり貰ってくださいね?」

「ははは、それは里琴ちゃんが言ったほうが効果ありそうだよ」


「アバルの手先だったのね」


 心臓が破裂しそうなくらいに撥ねた。

 つい今さっきまで何も映っていなかったルームミラーに、赤いフードが写り込んでいる。

 無機質な表情から放たれた言葉にはまるで起伏がなく、少女の声音には間違いないのだが、奇異なまでの異質さを持ち合わせていた。


「いいわ。案内して」


 恐る恐る振り向いて後部座席を確認した里琴ちゃんが、たまらず悲鳴を上げた。

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