Episode6 白い髪の少女
第18話 神界からの依頼
女神ヌレニスへ紹介する予定の候補者面接を終えた今日、里琴ちゃんが問答無用で帰宅する定時直前になって一本の連絡が入った。
「社長、神アバル様からお電話です」
「お? 珍しいね」
神アバル。
神界と呼ばれる場所に住まう、異世界の統括管理者である。
我が社のサービスを利用する女神とは違う立場の神様で、問題の発生した世界への担当女神を割り振る管理職の役割と、神界での摂理に背く神を罰したりする監査官の役割まであるらしい。
そんな神アバルとの出会いは三年前。
唐突に訪問してきては、摂理に反して人間界から成熟した魂を持ち去った神がいるから、その神を探すのを手伝ってほしいと頼まれた時である。
その時は俺が何をするでもなく、翌日には神界のほうでその悪さをした神が拘束されたとの事だった。
よって俺は、その捜索には一切参加していない。
そうであるにも関わらず、こちらのお願いを快く引き受けてくれた優しい神であり、我が社にとって借りのある存在だ。
「お電話代わりました。神野威です」
『神野威、久しいな。元気にしておるかね』
実に温和で、気のいい爺さんといった感じである。
若干小柄ではあるがその肉体は筋骨隆々で、見事につるっつるの禿げ頭だ。
「ええ、お陰様で。この度はどうかなさいましたか?」
『うむ、少々込み入った話があってな。そちらへ出向いてもよいかな? もう既に見習い女神クイの所におるのだよ』
前述の通りの見た目ではあるが、ファッションセンスは神らしくない。
理由は全く不明なのだが、派手なアロハシャツにサングラスという妙なスタイルを好む。流石に亀に乗って現れるような事はないが、亀に乗っていたら絵になりそうだ。
そして、性格もそれっぽい。
「構いませんが、里琴ちゃんはもう間もなく帰宅しますよ?」
『何? それでは神野威一人なのか? うーむ、どうしようかのう』
込み入った話があると言いながらも、この神は里琴ちゃんがいない時に来る事はない。たぶん、絶対にない。
「明日から週末ですので、里琴ちゃんに会いたければ三日後ですね」
『そうか、では三日後にそちらへ行くとしようかの』
言うなればただのエロ爺なわけだが、どういうわけか女神には興味を向けないのだ。神アバルの好みと言えば、人間の女性に限定される。
「畏まりました。なるべく午前中でお願いしますね……と、里琴ちゃんが言ってます」
『おおそうか、ではそうしよう』
別に里琴ちゃんは何も言ってない。むしろ俺の目の前で首を横に振っている。
「では、三日後の午前に。来る前に一度連絡をください」
『相分かった、そうしよう』
受話器を置くのと同時に、事務所の時計が十七時を指して音楽を鳴らす。
「定時ですね、お先に失礼します。神アバル様の件は月曜日に!」
「はいはい、お疲れ様」
颯爽と事務所を後にする里琴ちゃんの背を眺めながら、俺は無意識に手に取った女神ヌレニスへ紹介予定の候補者の情報に視線を落とす。
「やっぱりこの人だよな」
異世界転移回数二回。
特に前回の経歴が華々しく、難易度Aの世界で女神ウルイナスと共に評価Aを獲得した逸材である。バトル物の異世界で己の武勇もさることながら、権謀術数を用いて魔王を欺き、人間の軍の率いて魔王城を陥落させたという実績を持つ。
知識チートで異世界を切り開くのに十分な様々な雑学に通じ、何と言っても実家が農家である。現在も実家の手伝いで農業に従事する事も多く、通っている大学でも農業を専攻しているのだ。
そして本人も、今回の誘いにかなり前向きな返答をくれている。
難易度Sに挑む事に関するリスクについても、十分に理解を示してくれたのだ。
女神ヌレニスへの推薦理由を文章に纏め、あまり遅くならない程度に俺も仕事を切り上げる事にした。
週末は日頃の運動不足を解消するためにジムに通い、心身共にリフレッシュして月曜日がやってきた。
世間では妖怪月曜日などと嫌われがちな曜日ではあるが、俺にはむしろ歓迎すべき月曜日である。二日間顔を見なかった里琴ちゃんが、朝から笑顔で迎えてくれる曜日なのだ。
業務開始から程なくして事務所の電話機が鳴り響き、ディスプレイに異世界の文字が浮かび上がる。
俺は里琴ちゃんに目配せしながら席を立つと、そのまま応接室へと向かった。
ソファーで待つ事数十秒。
カーテンが閉まった扉の中に光が差し込み、そこからアロハシャツの爺さんが姿を見せる。
「アローハ!」
無駄に陽気な爺さんだ。
「神アバル、お久しぶりです」
俺は目いっぱいの作り笑顔で迎える。これも大事な営業である。
お茶を提供する里琴ちゃんに対し、こちらも目いっぱい鼻の下を伸ばす神アバル。
神様の年齢はどうにもよく分からないが、この見た目であるから相応の年齢なのだろう。だとすれば本当にただの変態クソジジイである。
そうではあるが、折角の人間界での楽しみを妨害するのも悪いので、里琴ちゃんが退室するまで口を出さないでおいた。
「相変わらずびゅーてほーじゃな。あの尻、触ったか?」
「ははは、まさか」
「そうなのか? あの立派なおっぱいは触ったか?」
「神アバル、込み入ったお話があるのでは?」
「分かりやすい男じゃな。尻は触っとらんのにおっぱいは触ったのか、どんな状況じゃそれは。まさかおぬし、ベッドの上でおっぱいは触るが尻は触らんのか?」
だめだこの神。
いや、おっぱいで口封じされた経験のある俺が、今の質問に若干の隙を見せたのかもしれない。
「神アバル、俺と里琴ちゃんはそういう関係ではありませんよ」
「ふむ。どうじゃかな……まあよいわ」
言いながらサングラスを外し真剣な表情を見せた神アバルは、一枚の紙をそっとテーブルに置いた。
「
その紙には、俺もよく知る人物の写真と、その人物のプロフィールが掲載されている。
「ええ。四方田くんがどうかしましたか?」
我が社の顧客ではないが、彼も異世界への転移を経験している人物である。
どちらかと言えば俺と同じような存在で、異世界で生活した時の記憶も全て持ち合わせている。現実世界に戻ってから、こちらの生活への順応に苦労したタイプだ。
「こやつ、つい最近だが二度目の転移をしてな」
「そうでしたか。彼を気に入った神がいるのですか?」
神によっては、同じ人物をもう一度使う事も珍しくはない。
「そんなところじゃ。まあそれも終わって既にこの世界に戻したのじゃが……」
「何か問題でも?」
俺の問いに、神アバルは間髪入れずに答える。
「死んだ」
「え?」
現実世界に戻ってから死んだ、という事だ。
「何故です?」
俺の質問の意図は、彼の死因についてではない。
無論その意味もあるが、その事を態々神アバルが俺の所に知らせに来ているという事実。これがどうにも普通じゃない。
「ふむ、流石じゃな神野威。実はな」
神アバルは腕組みをしながら語り出す。
「四日前に事故死した。それだけならばどうと言う事もない。だがな、四方田の魂がその場で姿を消したのじゃ。行方不明というやつじゃな。どこか別の世界に持ち出された可能性を否定できん」
神がこの人間界の死者を別の世界に転生させる場合、必ず神界で正式な手続きを踏んで許可を取っている。
その許可には二種類があり、一つは転生させる魂を指定しない『一般転生』である。
もう一つは、この世界で優良な輪廻転生を経験し、ある程度成熟した魂を別世界へ転生させる場合に必要になる『優良転生』である。
優良転生の手続きをしなければ転生させる事が出来ない魂については、一般転生の手続きでは選択する事が出来ない。即ち神界とやらは、優良な輪廻転生を経験した『成熟した魂』のリストを持っているという事である。
「持ち出された可能性、それは勿論……神という存在によって、ですよね」
「ああそうじゃ。特に四方田は今回の転移で魂の昇華が著しくてな、つい先日特級に認定されたばかりなのだ。持ち出した者は、四方田の魂が特級に昇華した事を何らかの方法で知りえていた事になる。そうなれば無論、神以外にあり得ぬ」
魂という存在は実に曖昧でありながら、それを語るのは意外と単純である。
人間界以外の異世界では、魂が新たに作られることはない。
異世界において魂とは、その絶対数が決まっている限りある資源なのだ。
逆に人間界では、魂とは新たに生産される豊富な資源である。新たに生み出された未熟な魂がそれこそ無限に存在し、様々な生物に宿っている。
更に、使い古されて疲弊した魂はしばらくの休息を得て浄化され、また新たな生命に宿る。その休息を得られる状況を作り出しているのが、新たに生み出される魂なのだ。
「その特級とやらに昇華した四方田くんの魂は、何が出来る魂になりそうなのですか?」
「様々じゃ。善良に使おうと思えば、人々を導く賢者を。悪意を持って使おうと思えば、世界の
魂の絶対数が決まっている異世界では、使い古された魂であっても休息を得る事が難しい。常にフル回転している魂は疲弊し、時に間違いを起こす。そうして魔物が作られるわけだが、稀にその世界の
その魔王を意図的に作り出すには、相応の魂を用意しなくてはならない。
「ではその何者かが何をしようとしているのか。それを知る手がかりを探すため、四方田くんの魂が奪い去られたこの人間界で調査をしようという事ですね」
「そうじゃ。それをおぬしに頼みたい」
三年前と全く同じ依頼だ。
だが違うのは、今回は持ち去られた魂の持ち主が、俺の知り合いだったという事である。
そしてこの依頼が、俺と里琴ちゃんに大きな影響を及ぼす事になる。
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