第3話 女神の色香と候補者探し

 ひとつ大きく息を吐いて、気を取り直して応接室を後にする。

 早速だが、女神エルミーアの希望に沿う人材を探さなければならない。


「社長、ちょっとちょっと」

「ん?」


 どこかぼっーとした頭で里琴ちゃんの呼びかけに応じ、里琴ちゃんが指さした書類に視線を落とした。

 次の瞬間。


「天誅っ!」


 ――バシッ


「いてっ」


 里琴ちゃんが手にしたハリセンで、俺の頭を思い切り引っ叩いたのだ。


「まったくもう。エルミーア様に会う時は気を付けてくださいね!」

「いやあ悪い、助かったよ。すぐ分かった?」


 女神という存在は女神エルミーアに限らず、時に強烈な色香を放っている場合がある。

 その色香に、この世界で人間の男が抗う事は難しく、異世界という場所を経験してきた俺でさえ油断すると惑わされてしまうし、油断していなくてもこの様である。


「そりゃ分かりましたよ。頬をぽーって染めちゃって。それと、社長からエルミーア様の残り香がぷんぷん漂ってきますから。応接室で何してたんですか? まさか女神様とやっちゃったとかないですよね?」

「ははは、それはないない。女神エルミーアも別にそうしようと思ってやってるわけじゃないだろうからさ」


 そう、色香を振り撒く女神に悪気はない。

 俺を篭絡しようと思ってそうしている訳ではなく、素でそんな感じなのである。


「分かってます。だからこそ余計にタチが悪いんですよ。社長が虜にされちゃったら、私が路頭に迷うんですからね?」

「はいはい、有難うね。気を付けます」


 女神に篭絡されきってしまえば、恐らくビジネスなど放置で女神一筋になってしまうだろう。

 そうなってしまわないよう、里琴ちゃんには俺の監視役という役割もある。

 ハリセンで殴られた事も、一度や二度ではない。


 いや、正直に言うと数えきれないほど叩かれている。


 俺はいつもの席、言わば社長席にどかりと座り、女神エルミーアから聞き取った希望を記したカルテを渡す。


「はいこれ。女神エルミーアの希望」

「どれどれ……わ、これは大変そうですね」

「そうなんだよね。でも初注文だから応えてあげたくてさ」

「それ、篭絡されたからじゃないですよね?」


 悪戯な笑みでそう言う里琴ちゃんは、たぶん本気でそう思っているわけではない。


「おいおい、そんな事言われると、里琴ちゃんに篭絡されて女神の注文断っちゃいそうだよ」

「え、私……社長のこと、篭絡しようとしてます?」

「あ、ごめん間違えた。篭絡じゃなくて威圧だった」


 ――バシッ


 二度目のハリセンが飛び、二人揃ってひとしきり笑うと仕事にとりかかる。


「料理が出来る若い子なんて、そもそもいるんですかね?」

「どうだろうな。いたとしても、その子が転生にチェック入れてるとは思えないんだよね」

「転生を希望してない子に転生を奨めるとか、私は許しませんよ?」

「もちろん。そんな事は絶対にしない。笑顔を創造するのが仕事だからね」


 二人揃ってキーボードを叩きながら、画面と睨めっこが続く。

 数秒後、思い出したように里琴ちゃんが口を開いた。


「家族の笑顔を損なわないよう、真摯に勤める事も仕事です」

「うん。そうだね。しかし里琴ちゃんはほんと偉いよ。俺の代わりに社長やらない?」

「嫌です。経営者なんて絶対むり」


 マウスのホイールがかりかりと動く音が響き、目線ではソートをかけたリストを追っている。


「経営者だなんて言うような規模じゃないでしょ。それに――って、いたな」


 俺は一人の希望者に目星を付け、ピックアップリストへと追加する。


「こっちもいました。結構いるもんですね。不思議だなあ……私が十代の頃、死にたいなんて思った事ないですよ」

「死にたいのかな、違う気がするな。今の世界よりも異世界という場所に強い憧れを抱いちゃってるって事だと思うんだよね。……またいた。ホント以外といるもんだな」


 異世界渡航希望カードを発行するにあたり、希望者には幾つかの項目でレ点チェック方式で希望を聞き取っている。


 その最たるものが、異世界への行き方だ。

 異世界転生、異世界転移、異世界召喚。


 我が社の策定した其々の定義は、以下の通りである。


 転生とは、現世において何等かの原因で死亡し、別の世界で新たな生を受けるという事である。一から体が作られ、新たな人生を歩む事になるわけなので、神々からすればこれ程扱いやすい方法はない。

 言語や文化は成長過程で学ぶ事ができるため、それ以外の能力に神々の力を反映させやすく、所謂『俺Tueeeeeeee』を作りやすい環境と言えるだろう。

 だがリスクもある。一度死んでしまうわけであるから、本人が転生しようがしまいが、こちらの世界では葬儀が執り行われ、遺体は火葬されてしまう。当然ながら、戻って来る事などできはしない。


 転移とは、基本的には今の姿のままで異世界という場所に移る事である。稀に性別が変わってしまう事などもあるのだが、多くの場合はそのままである。行く先の世界の言語や文化に適応する能力を有していない場合、それを補完する事から始めねばならず、付帯できるチート能力に限界がある場合も多い。

 神々からすれば多少扱いにくいと言えるだろう。

 だが利点もあり、目的を果たした後は元の世界に戻る事が出来るというのが最大の特徴だ。


 召喚とは、転移同様に今の姿のままで異世界に移る事である。何よりも特徴的なのは、この形式だけ団体の取扱が可能であるという事だ。例えばクラスや、会社や、部活等、我が社と団体契約が結べるのはこの召喚だけである。

 しかしながら召喚には神々だけではなく、その異世界に住む何者かの協力が必要となる場合が多く、神々にとっては実にコントロールが難しという特徴もある。

 更に団体を召喚させる場合、同時に何人もの能力に手を加えなければならないため、稀に全く無能な者であったり、想定外の能力を付帯してしまうなど、異世界の運営上ミスが発生しやすいという難点がある。




 性別と年齢だけでソートをかけ、更に転生希望にチェックが入った候補者の中から、特技に『料理』と書いた子だけを抜き出し終わった。


「ふう。全部で何人?」

「えっと、十七人ですね」


 八千の分母に対して十七であるから、確率的には一パーセントにも遠く及ばない。


「んじゃ、一人ひとり細かく見ておくかな」

「そうしてください。私は定時なのであがります」


 里琴ちゃんは絶対に残業しない。

 だがそれは、彼女が優秀である証拠だろう。頼んでいる業務量からすれば、残業があっても何ら不思議ではないのだ。いや、むしろ残業してしまいそうな量であり、俺なら絶対残業しないと終わらない自信がある。


「はいよ、お疲れさま」

「お先に失礼しますっ!」


 笑顔での挨拶を終え、俺はピックアップされた十七人の詳細情報を確認する。


 そもそも異世界転生にチェックを入れる人間には、顕著な傾向がある。


 まず多い特徴として、老若男女問わず独身者が圧倒的だ。

 配偶者がいて子供までいるようなリア充であれば、転生を望むような事はまずないのだろう。それでもゼロじゃないところが恐ろしかったりもするのだが。


「この子はなぁ……やめておいた方がいい」


 幸せそうな家庭環境であればある程、転生させる側としては気が引ける。


 独身者に続いて多いのが、その身の上にある。

 両親からの虐待など、一般的に幸せな家庭と呼ばれる環境下で育っていない子達が、今の人生に悲観して転生希望にチェックを入れるのだ。


「うーん……厳しいな」


 どうせ転生させてしまうのであれば、若い女の子に絞る必要はない。

 それに、料理も新たに得た人生の中で思い切り学べばいい。

 そうではあるのだが、エルミーアの構想の中でその二つは初めから備えているという条件であり、どうにか探すしかない。


「転生ってのは毎度毎度、気が重いね」


 独り言を漏らしながら、候補者の詳細ページを捲る。


 家庭環境や身の上に次いで多いのが、生まれ持った容姿に対するコンプレックスである。

 もっとイケメンに生まれたかった、もっと美人に生まれたかった。

 本当は男に、もしくは女に生まれたかった、などなど。

 いっそのこと新しい人生にしてしまえば解決すると、本気で思うほどに強いコンプレックスを抱いている人が多いのだ。


「転生希望か……」


 俺は当初、転生の希望者を明確にする事に消極的だった。

 だが、一人の顧客に言われたのだ。


『神野威さんがこのカードを発行してくれたお蔭で、無意味に死にたいと思わなくなりました。神様に選んでもらえるまで、待とうと思えるようになりました。神様に選んでもらえるように、頑張って生きようと思えるようになりました。異世界転生を希望して、私は頑張って生きていきます!』


 我が社の個人顧客第一号、今ではカワカド文庫の編集者になっている滝山さんに言われた言葉だ。

 あの頃はまだ十七歳だった。

 そしてあの頃は、今のように明るく我儘を言うような子じゃなかった。常に沈み込み、暗く、下ばかり見て、会話をすれば二言目には死にたいと漏らすような、そんな女子高生だったのだ。


 そして顧客が増えていくにあたり、いつしか転生希望を明確に表記してもらうようになり、今では全員が転生希望か否かを明確にしてもらっている。


「やっぱりこの子がいいかな……よし。この子しかいないな」


 俺は一人の女の子に目星をつけ、受話器を手に取った。

 それが彼女との出会いとなる。

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