Episode8 転生、その後で
第26話 事務所も自宅もお引越し
この週末から二人の女神と同居する事になった俺は、自分の生活環境を確保するため思い切って引越しをする事にした。
同時に、やや危険な存在でもある二人から目を離さずに済むよう、どうせなので事務所も兼用できるような物件を選定。週明け早々、里琴ちゃんも伴って四人で内覧中である。
「いい眺めですね。スカイツリーが見える」
「景色がよろしいですなー。ボクこんな場所がいいです!」
「私は別にどこでもいいわ。布団と屋根さえあれば」
なんだか急に
個人的にはもう少し静かな環境がよかったのだが、流石に女の子が三人もいたらそうもいかないだろう。
「5LDKに広めの納戸と書斎付。この間取りでこの景色だからな。少々値は張るけど、今の事務所を引き払えば……まあ、いけなくもないか」
一部屋は応接室になるだろう。
リビングはパーテーションでも置けば事務所っぽくなるだろうし、ヒナとルココの部屋を確保して、俺は二部屋を使うつもりだ。間仕切りをぶち抜いて広めのスペースを確保しようと思う。
即入居可能であると案内を受けたこの物件は、オフィス利用も出来る高層マンションの二十二階。家賃はそこそこするが、今の秋葉原の事務所と俺の住まいを解約すれば追加支出はそれほど大きくならない見込みである。
「一番広い部屋は社長のお部屋ですね。で、こっちはヒナちゃん。こっちがルコちゃん。私はこのお部屋がいいな」
「わお、ボクにこの壮大な景色の部屋を?」
「私は布団さえあればいいわ」
勝手に話を進めているが、まだこの物件に決めたわけではない。
いや、それよりも重要な間違いがある。
「ちょっと待って。里琴ちゃんの更衣室は納戸なり書斎なりを……」
俺は言いかけたが、頬っぺたを膨らませて睨んでくる里琴ちゃんの威圧に敗北して言葉を飲み込む。
「社長、いいですか? ここに決めた場合、私の通勤時間が十五分も伸びるんです。往復三十分、週五日で百五十分、四週間で六百分。年間五十二週として七千八百分、時間にすると百三十時間ですよ? 人間の活動時間を一日十二時間として計算した場合、約十日。社長は私の人生から、年間十日を搾取するつもりですか?」
これを暗算でやってのける里琴ちゃんは凄い。正解なのかどうなのか、それを考える余裕がこちらにあるはずもなく、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「まあ……それは確かにそうだけど」
「それに! 社長覚えてます? 私、採用の条件だった親孝行もしっかりやってますし、その間に成人しましたし、もう立派な大人なんですよ?」
確かに、里琴ちゃんは本当に素敵な女性に成長した。
「そうだなぁ……」
「そうですよ。だから、私が家を出る事に反対したりしませんよね?」
ご両親と同居して、しっかり親孝行するように。
俺が採用時に課した里琴ちゃんへの宿題である。
「うん、しない。しないけどね? それとこれとは別じゃない?」
「酷い……ヒナちゃんとルコちゃんとは一緒に住むのに、私とは住めないって言うんですか? そうですかそうですか、社長は十代前半にしか興味が無いという事ですか」
俺と里琴ちゃんのやり取りに興味が無かったのか、ヒナとルココは大はしゃぎで室内を探検中である。
「うわー、お風呂ひっろーい! 海みたい!」
「あなた、海を見た事があるの?」
「いや、御座いません!」
「馬鹿ね」
里琴ちゃんの言葉には半ば冗談も交じっているであろうが、どうにもその目が冗談を言っている風ではない。
確かにこの四年間、本当にしっかりと親孝行に励んできたと思う。聞いている限りは色恋沙汰が乱れているような気もするが、彼氏の内ひとりは家で飼ってるチワワだったし、家庭を大事にしてきたのは間違いないだろう。
「ねえ里琴ちゃん、ここに住んじゃうと不便だよ? いつも誰かと一緒じゃないといけないんだよ? 俺なんて特にさ、男だし、上司だし、私生活まで一緒に過ごさないといけないんだよ?」
里琴ちゃんは「う~ん」と腕を組んだが、然程悩まずに切り返してきた。
「誰かと一緒なのは慣れてますよ。うち三姉弟ですから。それに、それって言い方を変えれば、社長と四六時中一緒にいられるって事ですよね?」
そう言って上目使いに俺を見やる。
心臓がドキリとした。
「広いわね。この蔵には何を入れるのかしら」
「ヒナたんここはね、蔵じゃないよ。納戸、もしくはウォークインクローゼットだよ?」
しばし見つめ合うが、無言のままでどうにも気まずい。
納戸ではしゃいでいる二人がこちらへ来る気配もないし、ここはどうにか自分で乗り切るしかなさそうである。
「里琴ちゃん、あのさ」
「もう、冗談ですっ。別に一人暮らししてもいいんですけど、寂しいじゃないですか。それに、こんな可愛い乙女が一人暮らしなんてして、ストーカー被害とかにあってもいいんですか? 社長はそれでも人の子ですか?」
参ったな、これは敵いそうもない。
「分かった分かった。その代わり、ご両親にはちゃんと説明するようにね。必要なら俺も行くから」
「あら、もしかして『里琴を私に下さい!』とか?」
「馬鹿者。実家を出るなら出るで構わないけど、俺が君のご両親と約束した事について、今後も変わらない事を伝えておかないと駄目だろう」
「ふふ、社長ってほんと真面目ですよね。うちの両親もそんな社長が大好きなんですよ? 心配しなくても大丈夫ですけど、来てくれたらきっと喜ぶと思います」
あれから四年になる。
ここらで付き合い方の形に変化があってもいい時期かもしれない。
「どわー、このキッチン凄い! 広々シンクで泳げそうです!」
「こんな狭い所で泳ぐとか正気?」
「冗談ですよヒナたん。いや、冗談というか比喩表現というやつですよ」
「ほんと、無駄によく喋るわね」
キッチンではしゃいでいる女神二人に視線を向けると、里琴ちゃんも体の向きをキッチンへと向けた。そして、里琴ちゃんがぽつりとつぶやく。
「大変そうですけど、楽しそうじゃないですか。あの子達との生活」
「そう……だな。それを考えるなら、里琴ちゃんがいてくれたほうが助かるよ。本当は、こっちからお願いしなきゃいけなかったかな」
俺は改めて、里琴ちゃんにペコリと頭を下げた。
「これ以上ないほど公私混同になっちゃうけど……ここでの共同生活、一緒にお願いできないかな」
その言葉に、里琴ちゃんはにっこりと微笑んだ。本物の女神かと思うほど、美しい笑顔だった。
そしてゆっくりと頷いたかと思うと、表情を一変させて少し残念そうに口をへの字に曲げる。
「ふー、緊張した……。本当はもうちょっと期待してましたけど、今はそれで手を打ちましょう。じゃ、この物件で決まりでいいですね?」
「ん? ああ、そうしよう」
俺の反応を確認すると、携帯を耳に当てて不動産屋さんに連絡を取る。
そして、里琴ちゃんが不動産屋さんにこの物件で決まりである旨を伝えると、後方で聞いていた女神二人も喜んでいる様子である。
俺は窓からスカイツリーを見つめながら、誰にも聞こえないように小さく独りごちる。
「皆が喜んでくれてるし、これでいいか」
善は急げ。
早々に引越しの準備に取り掛かろうと思う。
その日のうちに引越し業者に連絡し、今週末からのゴールデンウィークで引っ越しが完了する手筈となった。急な予定ながらも対応してくれる業者さんには感謝である。
その他、インターネット回線やら電話回線の準備もあるのだが、実のところそれ等は然程重要ではない。
個人ユーザーからの問い合わせについてはタブレット端末があれば対応できるようになっているし、入電についても携帯に転送をかけてしまえばクリア出来る。
こうして、数日かけて引越しの準備に追われた。
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