第53話 幸せ者だという自信あり

 まず最初に言いたいのは『間の悪さ』である。

 女神ヘステルの世界を救い、この事務所に戻った今日。


 里琴ちゃんとの感動の再会で、涙ながらに熱い抱擁があったりするんじゃないかと邪な期待を抱いていたわけなのだが、全くもって空振りであった。


「しっかしこの間の悪さは日ごろの行いですな」

「少し調べればわかった事を調べなかったのだから、カミノイが悪いわ」

「しゃーないだろ。分かったよ分かった。何食べたい?」


 人間界、今日は土曜日。

 俺達が異世界へ行く事が決まった段階で、当然ながら里琴ちゃんのお引越しは延期になっており、土曜日の昼間に里琴ちゃんがいるはずもなかった。

 流石に戻った報告を月曜まで順延するわけにもいかず、先ほど電話で済ませたわけなのだが、そりゃまあ大喜びしたくれた程度で、特に何もない。


「しかも友人様の結婚式にご出席中とか、つくづく間の悪い話ですよね」

「そうね。別に戻ってくるのは昨日でも明日でもよかったのに」


 女神二人がその事についてやけに突っかかってくるのは、食糧事情にある。


「リコ様の手料理を頂けないのであれば、ボクはシースーがいいかな。ヒナたんは何が食べたいですか?」

「こんな事ならあのドラゴン持って帰ってくればよかったわ。私は肉がいいから」


 まあここまで来たら仕方なし。


「よし、んじゃ今日は寿司! 明日はステーキだ!」

「おおやりました! カミノイ様、太っ腹!」

「魚の死骸を短冊状に切り刻んだものを米に載せて食べるやつね? あれも嫌いじゃないからそれでいい」


 異世界から戻ったその足で、三人そろってお出かけだ。

 マンションのエレベーターで横並びになると、ルココが上目遣いで俺の顔を覗き込み、改まった表情で問いかけてきた。


「しかしカミノイ様、本当によかったのですか? ボクのために……」

「いいんだよ。ルココの笑顔も、俺にとっては立派な幸福だ」


 笑顔でそう返すと、ルココの頬があからさまに朱に染まる。


「ぐわああ、そ、そ、そんな事を言ってボクを篭絡するつもりですか!?」

「何言ってんのさ。あのね、どんなにお金を稼げたとしても、その影でルココが悲しい想いをしてたんじゃ意味が無いでしょ」


 頬を朱に染めたルココの瞳に、じんわり涙が滲む。


「くー。これだからもう、カミノイ様大好き! ご無礼つかまつる!」


 刹那、俺に飛びついてきて離れなくなった。

 当然のようにヒナが眉を吊り上げる。


「離れなさい。リコに言うわよ」

「そこは無礼講で宜しくお願いしましょう? ね? ね?」


 両目一杯に涙を浮かべて俺に抱き着くルココに対し、ヒナは呆れたように小さな笑みを漏らした。


「まったく……一階につくまでよ?」


 女神ヘステルから持ち掛けられた報酬は、俺の幸運だった。

 本人曰く、宝くじが当たるレベルの幸運だったそうだが、俺はそれを断って違う報酬を要求した。


「ヒナたん……」


 ルココは俺の腰に絡まっていた腕を緩め、今度はヒナに飛びついた。


「ちょっ、やめなさいよ」

「やめませんとも! ヒナたんもカミノイ様と同じくらいラブなんですから!」


 俺が女神ヘステルに要求したのは、壊れてしまったルココの宝玉の復元である。

 流石に女神エリオラの神力を元通りにする事までは叶わなかったが、女神ヘステルは大きな力を消費して壊れた宝玉を復元。少しばかり小さくはなってしまったが、六つに割れた宝玉は一つに纏められた。


 じゃれ付く二人に目を細め、今回の件を振り返る。

 どう考えても俺一人ではなし得なかった、今回の依頼達成。それは当然、この二人との関係に絡む全ての人、全ての神々の影響がもたらした結果である。

 今後、ヒナやルココはどんな物語を描いていくのだろうか。そこに俺や里琴ちゃんは存在しているのだろうか。神アバルや見習い女神クイは関与していくのだろうか。


 そしてイセカイ・ソリューションズ株式会社は、この二人の女神とどんな付き合い方をしていくのだろうか。

 

「ヒナ、ルココ、今回はお疲れ様。本当に有難う」


 俺の言葉に二人が返答するよりも前に、エレベーターが一階に到着。

 そしてゆっくりと扉が開くと、照れ隠しのつもりかルココが勢いよく飛び出そうとした。


「うへへ照れますな。さあシースーを……おわっ!?」


 そんなルココの行く手を阻んだ存在がある。


「え?」


 俺も思わず驚きの声をあげた。


「へへ……来ちゃいました。だってご飯食べに行くんですよね?」

「リコ様ああああ、ただいまなのです!」

「リコ? 今日は随分と、美しいわ」


 友人の結婚式に出席していたその足で、途中で抜けて来たのだろうか。

 普段の事務員としての服装でもなく、ラフな私服でもなく、淡いブルーで統一された大胆でいながらも落ち着いたデザインの大人なドレス。チョーカーに光るダイヤが目を引く。

 髪も高い位置でセットされており、普段の雰囲気とは全く違う里琴ちゃんがそこにいた。


「里琴ちゃん、結婚式はよかったの?」


 俺はどうにも照れくさいような、何とも言えない感情を抑えながらそんな心配をするふりをした。


「んー、優先順位ってあるじゃないですか。新婦からも『いってこい!』って後押ししてもらったので問題ないですよ」


 そう言ってウインクをひとつ。

 これは心が揺らぐ強烈な一撃である。


「さあさあ行きましょうシースーですよ!」

「明日は肉よ。本当はドラゴンの肉を持ち帰ってリコに焼いてもらおうと思ったのだけれど、カミノイに全力で止められて諦めたわ」


 両脇に纏わりつく美しい女神二人より、その二人を優しい笑顔で迎える里琴ちゃんのほうが圧倒的な神々しさである。正に天女様。今このエレベーターの目の前は、ちょっとした異世界である。


 そしてそんな彼女を見つめる俺の心に、色々な感情が沸き起こる。

 このまま抱きしめたいのか、そんな事をしたらセクハラと言われるか、それとも社長として帰還の報告が先か、いやいやそれとも。


 一度目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。


「あーっ!」


 ルココがそう叫んだので慌てて両目を開いた。


「あれ……」


 俺の視界いっぱいに広がるのは、先ほどの華やかな映像とは比較しようもない、味気ない鉄の扉。


「ちょっ!」


 慌てて『開』のボタンを押したが時遅し。

 上の階から呼び出されて動き出したエレベーターの中で、俺は小さく項垂れた。


 ――まあ、こんな感じか。


 何とも締まらないこの雰囲気が、俺にとって大切な日常である。里琴ちゃんの、ヒナの、ルココの、みんなの笑顔が溢れる、いまいちピシっとしない俺の日常。

 それこそが大切であり、それを大事に思い続ける事。

 それが俺の存在意義。

 それが俺の存在価値。


 二階のボタンを押して、改めて深呼吸をひとつ。

 俺はかなりの幸せ者だという自信がある。


 取り敢えず二階でエレベーターを降り、階段で一階へ向かおう。



Episode10 バッドエンドを覆せ ~Fin~


第二章

 想う事の価値  ~Fin~

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スーツに着替えた異世界帰りの勇者さま 犬のニャン太 @inunonyanta

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