第16話 とんだサプライズ

 涙目の滝山さんに肩を掴まれ、まるで狐につままれた様な表情を見せる里琴ちゃん。女の子二人のやり取りに、俺はしばし傍観を決め込む。


「滝山さん……なんで私に?」

「まったくとぼけちゃって」


 軽く涙を拭った滝山さんは、掴んでいた肩を解放して里琴ちゃんの頭を撫でた。


「ま、見学会の間だけだから。ねっ」


 そう小さくウインクすると、くるりと振り向いて俺と向き合った。


「せっかくのプレゼントなので、受け取らせていただきます。そして我儘を言います」


 甘ったるい声に戻った滝山さんは、俺に向かって笑顔で右手を差し出した。


「神野威社長が手を引いて連れて行って下さい。そして、戻る時もそうして下さい。長い付き合いなんですから、それくらいいいですよね?」


 この状況で断れる程、俺の神経は図太くない。


「仕方ない。今回だけだぞ」


 俺は滝山さんの右手に、自分の左手を添えた。

 痛い程に握られた左手から、彼女の緊張が伝わってくる。異世界という場所を経験してしまった自分が、この現実世界でこれからも上手く生きられるかどうか、本気で心配しているのだろう。


「滝山さん、大丈夫。君はとても成長したよ。よし、行こうか」

「はいっ」


 鏡に向かって歩き出した俺たちへ、里琴ちゃんから声がかかる。


「いってらっしゃいませ~」

「ああ、行ってくる」


 俺は返事をしながらも、何故か里琴ちゃんの顔をしっかり見ることが出来なかった。


 水面に入るように鏡の向こう側へと移動する。

 社はすっかり元通りになっており、この様子なら村の方もしっかり元通りになっているだろう。


「はい、到着」

「なんだか全然実感ありませんけど、ここが……」


 社の中を見渡しながら、滝山さんは俺の左手を握る力を弱めた。

 その様子に俺はそっと離そうとしたのだが、それに気づいた滝山さんの右手が更に強く握られる。


「帰りも、約束ですよ?」

「ああ。大丈夫、心配しないで」


 ゆっくりと離れた滝山さんの右手。

 二人でにっこりと微笑み合い、そのまま少し歩く。

 

 社側の鏡がある部屋を出ると、少し先でクイと作家さんたちが集まっていた。


「サオりん遅かったねこっちこっち~。あれれ、ケータも来たんだ」

「うん。まあな」


 ここは社の中央。

 円形の祭壇があり、この場所だけは天井がない。

 その中心地点には魔法陣が設置されており、光の柱が天を貫いている。


「この魔法陣から別の異世界に移動しまーす」


 クイが旗をパタパタさせ、今だ落ち着かない様子の作家さんたちがどうにか頷く。


「わわ、わ、わかりました」

「おお……更に転移ゲートか!」

「脇のスリットが……チラ見せロリ、いい」

「ここから更に移動? 一体どんな仕組みで……」


 光の柱にクイが飛び込むと、その体は蒸発するかのようにして消え去った。


「い、いっきまーす!」

「待っていろ異世界、今行く! って、ここも異世界か。とうっ!」

「一瞬服が脱げたような、そうではないような……」

「なんだよこれ、ああもう。こうなりゃ自棄だ!」


 其々に自分を奮い立たせる台詞を叫びながら、作家さん達は光の柱へと消えた。


「さあ行こうか」

「あ、そうだ神野威社長」


 光の柱の手前で滝山さんが振り向く。


「ん? どうした?」

「別に『沙織』って呼んでくれてもいいんですよ?」


 こんな時に何を言い出すのやら。


「はいはい、沙織ちゃん、おでかけの時間でちゅよ~」

「む~。そうじゃないのに~。もういいですっ」


 光の柱に飛び込んで、ぶわっと消えていく。


「参ったな……最近なんでこんな感じなんだろ」


 モテ期の到来であろうか。

 それとも神々がくれた小さな幸福の影響なのだろうか。


「よいしょっと」


 俺も光の柱に身を投じ、女神ウルイナスが待つ世界へと転移する。



 転移した先は、薄暗い世界であった。

 転移ゲートの柱が放つ光に照らされて、その場所が石造りの巨大な建造物であろう事は察しが付く。


 もう一つ、無数の何者かに囲まれている事を察した。そしてその何者かに敵意がない事も分かる。


 次の瞬間、暗闇だったその場所が強烈な光に照らされた。


「うあっ……神様助けて」

「おおお、これが魔法か!」

「獣人、亜人、おにゃの子だらけじゃないか……いい」

「なんだよここ、まるで闘技場じゃねーか」


 そして大音声が響いた。

 声の主は女神ウルイナスである。


「異界より訪れし人間よ。今宵は、我の恩人であるカミノイ・ケイタの客人として存分にもてなそう。この世界に住まう我が子たちよ、己が能力を全力でぶつけ合う演武にて、客人たちを大いに歓待せよ!」


 言葉が終わるのと同時に、どっと歓声が沸いた。

 石造りの巨大なコロシアム。俺たちはその観客席の中でも、特に高い位置に作られた特別な観覧席にいる。転移魔法陣をわざわざこの場所に設置するのに、どれだけの準備が必要だったであろうか。それを考えると女神ウルイナスには感謝せねばならない。


 声の主の姿は闘技場の真ん中にある。

 少し遠いが、女神ウルイナスがこちらに向かって微笑んだのが分かった。

 俺は右手を高く上げて応えると、女神ウルイナスもまた、トレードマークである巨大な斧を高く掲げ、俺に応えてくれた。


「凄い、ここが異世界」

「能力を全力でぶつけ合う演武か、凄い物が見れそうだ!」

「おっぱい。小麦色に焼けた巨乳女神様……いい」

「コスプレか? いや、これだけの人数を集めたらいくら金があっても足りないぞ」


 食い入るようにコロシアムを見つめる作家さんたちを他所に、滝山さん――もとい、沙織ちゃんは俺の隣で静かに世界を見渡していた。


「凄いですね。私、感動で泣きそうです」

「なら今のうちに泣いておいたほうがいいよ。これから凄い物が見られるだろうから、泣く暇ないよ?」


 俺と沙織ちゃんの会話に、クイもひょっこり混ざり込む。


「こっちに何か飛んで来たらクイが守ってあげるからねっ!」


 こうして始まったコロシアムでの異能バトル演武は、作家さんたちの度肝を抜く凄い物になった。

 元々が難易度Aの異世界である。

 その中でも強者たちが集められたのだろう。演武――と言うよりもバトルの方が近い。そのレベルはかなり高いものがあった。今回の作家さんたちはラッキーだと言っていい。


 作家さんたちはメモを取るのも忘れるくらいに圧倒されている。


「ちょっとちょっと、メモとかとってます? 戻ったらしっかり書いてもらいますからね!」

「ああそうか。携帯は……ないんだった。メモしないと」

「メモなどいらぬ! 心に刻みつけるのだ!」

「服が裂けて……ああ、あんな姿に! いい、いいぞもっとやれ!」

「これは夢か? 俺は一体どこにいるんだ?」


 何組かのバトルが行われ、小休止が告げられるのと同時に、俺たちのいる席に豪勢な料理の数々が運び込まれてくる。


「わあ美味しそう。って、ほらほら、メモ! 食べる前にメモして下さいね!」

「ああそうか。デジカメは……ないんだった。メモしないと」

「メモなどいらぬ! 舌に刻みつけるのだ!」

「獣人メイド……完璧じゃないか。エルフのメイドまで……くぅ、涙が」

「ほう。料理はまとも……いや、これは何の肉だ? なぜこんな色を」


 沙織ちゃんは編集者として大忙しだ。

 この分なら、現実世界に戻ったとて、今まで通り編集者としてやっていけるだろう。いや、今まで以上の編集者になるかもしれない。


「田中さん、食べる前にメモを……って、下山さんそれ私のお肉ですよ~!」

「え? あ、ご、ごめん」

「ええい煩い! 食ったもの勝ちだ!」

「エルフのメイドさんが作った料理……もう悔いはない、死んでもいい」

「ふむふむ。そこの獣人コスプレの君、これは何のスープだ?」


 無論、俺もクイもご馳走になったわけだが、彼らの賑やかさには圧倒されている。

 一同がひとしきり料理を楽しみ終わった頃、コロシアムの方から再び女神ウルイナスの大音声が響き渡る。


「我が子たちよ、見事な演武であった。客人たちよ、楽しんで頂けているだろうか。だが宴は今からがクライマックス! 我が子も客人も、存分に堪能して頂きたい!」


 そう叫んだ女神ウルイナスは、その巨大な斧の先端をこちらへと向けた。


「今宵、最後の演武をご覧いただこう。演者はこの私、女神ウルイナス。そして、我が恩人、カミノイ・ケイタである!」


 今日一番の歓声が沸き立ち、作家さんは勿論、沙織ちゃんやクイの視線も俺に釘付けになる。


「はあああああああああ!?」


 思わず叫んでしまった。

 完全に、全く、何も聞いてない。

 とんだサプライズだ。

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