第48話 ヤジマ作戦、開始!
順調に準備が進む中、相変わらず上空から敵の警戒が回ってくる事はない。
俺とヒナは一つの木の天辺付近まで登り、互いに別方向を監視しながら背を預け合う。
背中と背中が触れ合う。
小さな背だと改めて思う。
「拍子抜けね」
「ああ。だが油断は出来ない」
一見すると平和そのもの。緑豊かな無人島の周囲を、美しい海が囲う。
ただ異様なのは、三キロ先の島から天を貫くようにそびえ立つ真っ黒い塔と、その塔の天辺から溢れだす禍々しい瘴気。そしてその瘴気により、塔の上空が紫色に染まっている事だ。
「あの塔から、東の国の暗雲と西の国の業火が発せられたのか」
俺は目を細めて塔を凝視する。
「そうは見えないわね。けれどただの塔じゃないのは分かる」
耳をすませば、小鳥の囀りに波の音。それから時折、金属音が響いていた。準備が順調に進んでいる証だろう。
「静かね」
「ああ」
背を預けるこの華奢な女神。
ガライさんの特訓を受けてどれだけ成長したのか楽しみである。
「ねえカミノイ。一つ聞いてもいい?」
「ん?」
心なしか、ヒナの背から心臓の鼓動が伝わって来た気がする。
「私は……いつまで貴方の側にいられるのかしら」
その問に、直ぐに言葉が出てこない。
神アバルに神界へ連れていくように依頼し、一応は了承を得てしまっている。何かと理由を付けて人間界に留まるように仕向けられているが、それがいつまでなのか明確な期限は存在しない。
「そうだな……」
言い淀む俺に、ヒナはいつものように淡々と言葉を発する。
「私はずっと側にいたい」
ヒナの背が俺にぐっともたれ掛かってくる。
「そうか。けれど俺はそう長生きしないぞ」
人間として長生きしそうな気もしなければ、そもそも神からしたら短命な事この上ないだろう。
「ふふ、それもそうね」
ヒナが珍しく、小さく笑った。
そして少しばかり身体を起こしたのか、背にかかっていた重みが軽くなる。
「私はヒナ。何も知らない雛鳥。けれど雛鳥はいつか親元を離れるもの。私がヒナでなくなったら、貴方の側にはいられない」
妙に神妙な空気になっても宜しくない。
「なあヒナ、そんな話はやめておこう」
これから挑む一大決戦を前に、それは無しだ。
「そういうのな、フラグって言うんだぜ」
「フラグ? それは何? 食べられるの?」
俺は背中合わせのまま、見えやしないだろうに笑顔を作って言葉を発する。
「あの塔をへし折ったらいっぱい話そう。ルココや里琴ちゃんがいたら話しづらい事もあるだろうから、二人で何か美味しい物でも食べながら、いっぱい話そう」
「そうね、いいわ。けれど、折角ならベッドの中で肌を合わせながら語らうのも悪くないわ」
俺は思わず噴き出した。
「ヒナ?」
「ふふ、女神ヘステルの真似よ。似てた?」
神アバルの言っていた『情緒面の成長』は、確実に、そして順調に進んでいる。このままだと、本当に神界へ移り住む日がそう遠くないように思えてしまう。
「ああ、似てた。それにちょっとだけドキっとしたよ」
こうなってくると、神界へ送り出す前に一度くらい、などと邪な発想が出てこなくもない。
その時、足元から声が響いた。
「おーいお二人さん。なんだかラブラブな雰囲気なところ大変誠に恐縮なのですが、こちとら命がけですぞ! 準備完了なのです!」
木の根元で、ルココが両手を広げて存在をアピールしている。
「だそうよ。カミノイ」
「ああ、ちょっとここを頼む」
俺は木の天辺から飛び降りた。
「うわお。凄いですねあの高さから飛び降りて全然大丈夫なんですかこれは驚き。ボクなんて一応は女神ですけど美少女なだけあって骨折する自信がありますぞ」
「元勇者だからな。さて、始めるか」
ルココの表情が引き締まる。
「あいあいさ! ヤジマ作戦、開始なのです!」
いつの間にか、どこかで聞いた事のあるような作戦名が付帯されていた。
それはそれとしてそこには触れず、駆けていくルココを追って狙撃第一ポイントへと足を運ぶ。そこには、土台の上に作られた機械仕掛けの砲座。
そしてその砲座に、俺の身体よりも大きいであろう砲身がどかりと乗せられている。
「カミノイ様、お初にお目に入れますこちらの新兵器。名付けて『エリオラたん改ポジトロンスペシャル』です! 別に電力を使っているわけじゃあ御座いませんが、何となく雰囲気を重視して名付けてみたらこうなりました!」
ルココが『じゃじゃーん』と効果音が付きそうなくらいに自信満々で紹介してくれたそれは、今までのバズーカ砲とは比べ物にならない。簡潔に言うならば大砲である。
「こいつは凄そうだな」
「無論勿論ざっつらいと! 現在は神力エネルギーパックの直列充填でその神力を砲身にぎゅぎゅぎゅぎゅ~っと詰め込んでいるところですぞ」
第一班としてこの場にいる西の神と人の混成技術者が忙しく駆け回る。
彼らの足元に、いくつもの配線でくくり付けられた見慣れたエネルギーパックと、それらを守るようにして固定している大袈裟な機器。
「砲身への充填が完了しましたら、発射可能なエネルギー量を元に気象条件やらなにやらかにやらを測定して狙いを定め、ドッカーンとやらせてもらいます!」
俺はしっかりと頷いて答える。
「ああ頼む。この世界に希望を与える一発だ」
「おおういいですねその響き。そうですボクは『この世界に希望を与える一発』を撃ち込む、天才美少女神、兼、天才美少女科学者、兼、今日からは天才美少女狙撃手となるのです!」
栗色のボブが水平展開するほどに勢いよく振り向くと、そのまますたすたと足早に砲座へと進む。
そしてこちらを見る事なく、いつになくしっかりとした口調で言った。
「見ていて下されカミノイさま。ボクはやってみせますぞ」
緊張しているのだろう。
「任せた。大丈夫、ルココなら出来るさ」
俺の言葉を遮るように、西の神が叫ぶ。
「充填量、限界です!」
ルココが頷いて砲座に着いた。
「充填完了を確認。エリオラたん……ボクに力を貸してください! これより標的を補足するでござるよ!」
砲身に付けられたスコープを覗き込む。
「視界は全くありませんがノープロブレム。標的の禍々しい姿はこの特殊スコープがばっちりがっちり補足しておりますぞ。距離三千と飛んで八十二、気象条件に合わせて修正開始!」
巨大な砲身のパーツが所々回転し、光が漏れる。
「想定していたより光が漏れますな……けれどここで躊躇は出来ません。ヤラレル前にヤル! 着弾予想地点の修正完了! 目標は完全にとらえました! カミノイさま! いきますぞ!」
現場を緊張が包む。
「ああ、いけルココ!」
俺の声に、ルココがぐっと頷いた。
「合点承知! ここで合ったが千年目、一億年と二千年前からお前はもう破壊されているのだ! 乾坤一擲、四捨五入! エリオラたん改ポジトロンスペシャル、いっけーーーーー!!」
意味不明な言動で精神統一。
ルココが大砲と化したバズーカ砲の引き金を引いた。
一瞬、地面が揺れる。
砲身から放たれた七色の光は、一直線に木々を突き抜けていった。土台の土が盛り上がり、砲身が随分と上を向いている。
「当たったか?」
視界はゼロと言って良い。
全く見えない。
静寂に包まれる。
俺は木に登り標的の状況を確認しようと上を見た、その瞬間だった。
断末魔。
そう表現しても過言ではない、この世の物とは思えない音。
まるで巨大なクジラが世界を揺らす遠吠え。
空気が太く振動し、鼓膜が大いに揺さぶられている。木々がざわめき、驚いた鳥たちが慌てて上空へと飛び立つ。
俺は急いで木を駆け上がり、ヒナのいる所へと戻った。
「カミノイ! 当たったわ!」
そう叫ぶヒナと共に、俺は木の天辺から塔を凝視した。
「傾いている……」
先ほどの断末魔は、塔が軋んで傾いた時の音のようだ。
「倒れろ……!」
俺は心の底からそう願う。
だが俺達の視界が捉えたのは、塔の倒れる姿ではない。
「あれ何かしら」
「火の玉……三つ、それもデカい!」
塔が倒れるかどうかは分からない。
作戦を失敗と判断するにはまだ早いだろうが、それはそれとして敵からの反撃に対応する必要性に迫られた。
「一つはここに来るわ」
「あれを喰らったらきついな」
俺やヒナであれば耐えれなくもないが、ルココや西の技術者たちは無事では済まないだろう。
「来るわ」
「守るしかない」
空中で巨大な火の玉をどうにかする。
それしか手はない。
「カミノイ、ルココとバズーカを守って。あれは私がどうにかする!」
そう言ったヒナの両足に神力が集まった。
「ヒナ、待て!」
俺の静止は届かず。
ヒナは飛び立つ鳥のように、木の天辺から青い空へ、迫りくる巨大な火の玉へ、一直線に飛び込んでいった。
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