第47話 出動、バッドエンドバスターズ

 東西南北の神々が結束した事により、全ての準備が急ピッチで進められた。

 住んでいた地域を追われた人々で賑わっていた、山中をくり貫いて作られた女神ヘステルの空間も、ついに無人の空間となる。


 耳が痛い程の静寂に包まれた神秘的な空間を前に、堪り兼ねたルココがその口を開く。


「それにしてもあっという間でしたな。こう忙しい日々を過ごしたのも初体験ですが、文明の成り立ちが違う世界の科学者とみっちりがっちり意見交換したのも初体験でしたよ。ボクにとってこの一ヵ月は正に驚きの連続でした」


 全ての準備が完了している。


「さあ出よう」


 俺はルココとヒナを伴ってその空間を後にした。

 山の斜面に作られた砦の上空を、それこそ無数の熱気球が北を目指して航行を開始している。


「すんごい数ですな」

「圧巻ね」


 空を覆い尽くすかのような熱気球の数。

 東の国の女神が率いる、東の国の人間による航空戦力が北の国の旧首都、第七十七島を目指して進軍を開始しているのだ。彼らがナトナジマの上空で魔族との戦闘を開始すれば、この戦争の幕開けである。


「俺達は三日後の出発だ。港付近で準備を整えよう」

「あいあいさー」

「了解」


 東の国の気球戦団に遅れる事一日。

 その後を追うようにして北の国の大船団が帆を膨らませた。


 目指すは北の国の旧城塞、第六十五島。

 この大船団に乗船している南の国の大兵団により、ムトゴシマ城塞の奪還が行われる。そして、その作戦開始とほぼ同時に俺達の出港である。


 其々の作戦が上手く行っているかどうか、お互いにそれを共有できるだけの連絡手段は持ち合わせていない。

 仮にそのような物があったとしても、敵に傍受される危険を冒してまで連絡を取り合う事はないだろう。

 互いに背を預ける気持ちで、其々に与えられた役割に全力を注ぐ。

 後は信じるしかない。


 そして出撃の日。

 中型漁船を連想させる帆船に乗り込み、俺達は北西へと舵を取る。

 目指すは魔族の塔が聳え立つ第十四島、通称トヨジマの南西に位置する小さな無人島だ。


 その無人島は正式名称を第八島。

 通称名をヤジマ。


 北の神から派遣された一人の女神により、俺達は実に快適に船旅を過ごす事が出来た。

 決して大きな船ではないため寝る場所には難儀したのだが、それ以外の事では何一つ不自由が無かったと言っても過言ではないだろう。

 魔族の塔の影響下に入ると海は多少の荒れ模様とはなったが、船はまるでコンクリートの上を走る車のように安定し、船酔いとは無縁の時間を過ごす事が出来た。


 そして出港してから六日目の未明。

 ついに北の国の島々が浮かぶ海域へと入った。


「朝日が昇れば、フタトヨジマへの総攻撃が開始されるはずだ」


 そしてそれによって塔の東側へ敵の警戒が集まった隙に、俺達は大きく迂回して西側からの接近を試みる。


 塔の東側で何が起きているのかを知る術はない。

 全てを信じ、この世界の神々に託す。


 煌めく朝日が高くなる。


「よし行こう、目指すはヤジマだ!」


 俺の言葉に、一同が一斉に頷いた。

 そしてルココが立ち上がる。


「出動、バッドエンドバスターズ!」


 北の海域での航行は想定以上に順調であった。

 上空をガーゴイルやら何やらが哨戒活動に巡回している事を予想していたのだが、東の気球戦団が好戦しているのだろうか。この辺りには全く見受けられない。


 そして北の神が海を操り、俺達の船は目的の地、第八島へと到着した。


「全て打ち合わせ通りにお願いします」


 俺の言葉に、先ずはヒナが動く。


「任せて」


 右肩に大量の縄の束を担ぎ、その重量を気にも留めずに断崖絶壁を登っていく。

 その姿を眺めながら、ルココが感嘆の声を上げた。


「流石はヒナたん。まるでカモシカさんですねぴょんぴょん飛んでいきますよ」


 そうして上陸地点を確保したヒナは、崖の上から縄を投げる。


「先ずはルココと技術者、次いでバズーカ砲を。焦って落とさないように慎重に!」


 縄を投げおろしたヒナは、戻りも崖を器用に駆け降りる。

 そして新たな縄を担いでまた駆け上がる。


 合計三本の縄が絶壁にかけられ、俺達はそこから島内へと侵入した。

 最後に登った俺と北の神が到着した頃には、既に西の技術者によって狙撃ポイントの選定が開始されている。


「やはりこの北の丘が最適でしょう。そして第二ポイントはそこから林を抜けたこのあたり」

「実測した結果、レールの距離は三百二十二メートルになります。準備した資材で十分いけますね」

「では一班は第一ポイントの狙撃台設置、第二班はレール設置、三班は第二ポイントの狙撃台設置、四班は女神ルココ様と共に狙撃準備を。全て予定通り、やりましょう」


 実に頼もしい。

 ルココのバズーカ砲――エリオラたん改――は、改良の結果その姿を大変貌させた。

 ルココが一人で担いで発射できるような砲身ではなくなってしまったのだ。

 そのため、砲身を固定する台座が必要となる。


「でわでわカミノイさま。ボクはどちらのポイントも見ておかないといけないのでここらで失礼しますぞ」

「ああ頼む」


 そんな大掛かりな仕掛けを万が一発見されてしまった場合、狙撃ポイントを変更するのもそう簡単な事ではなくなってしまう。そのため、組み上げた砲身は人力ではなく機械仕掛けのトロッコで運ぶ策を考え出したらしい。

 最初のポイントが敵に露呈した場合、緊急的にトロッコで場所を移す。それを時間を掛けずに瞬時に行い、第二ポイントから狙撃する。


 ルココが大きなバッグを担ぐと、西の神と人とで混成された技術者部隊が行動を開始する。

 其々が搬入してきた機材はかなりの量である。


「私達はどうする?」


 ヒナの言葉に、俺はゆっくりと周囲を見回した。

 この場に残っているのは三人。

 俺とヒナと、北の神。


「そう言えば君、名前は?」


 北の女神に名を問う。


「ひえっ!? 名前っ!? そ、そ、そんな、予定外すぎます!」


 どうやらこのままモブでやり過す予定だったらしい。


「この島に来ている味方は数が少ない。全員が戦力なんだ。ここまでの航海で疲れているだろうけど、もう少し力を貸してほしい」


 見た目は他の女神と区別が難しい。

 整った容姿は幼さを残すが、とても美しいぱっちり二重の女神である。

 そして勿論、容姿に見合わぬ巨乳。

 緋色のふんわりロングヘアを恥ずかしそうに手で弄りながら、同じく緋色の瞳をおどおどさせ、女神は小声で名前を告げた。


「い、い、今考えました。私の名前はアカネでお願いします」


 そう言ってペコリと頭を下げる。

 緋色の女神がアカネである。

 全く雑な設定この上ない。


「女神アカネだね、有難う。じゃあ行こう。先ずは第一ポイントの防衛をどうするか、現地を見よう」


 北の神は『戦力になりそうもないやつ』と言っていたが、それでも北の神々は水の魔法を使う筈だ。現にこの女神アカネも、道中では見事に海を操って見せた。


 狙撃を行う第一ポイントは、上陸地点から北。

 この島では比較的高い位置の丘の上である。


 無人島であるが故、道など存在しない。

 草木をかき分けるように進むと、木々の合間の空間で整地作業が行われていた。


「水平の確保は必須ではないが、女神ルココ様が狙撃しやすい状況を作るのは大切だ。尚、標的までの物理的な障害物を気にする必要はない。分かっているとは思うが、必要なのは発射の衝撃を押さえ込む土台だけだ」

「第二班です! レールの設置を開始しています。この場所で決定でいいですね?」

「ああここだ。これから土台の設置作業に入る!」

「はい!」


 慌ただしい現場を遠巻きに見ながら、上空を確認する。


「上空から発見される可能性は低いな」


 俺のつぶやきにヒナが同意する。


「ええ。けれど上空からの攻撃を認知するのも難しいわ」


 鬱蒼とした木々に覆われ、周囲は夜のように暗い。

 ヒナの言葉は続く。


「敵に発見されたか否かを、私達が早い段階で判断しなければいけない。この場所で護衛するのは難しいわね」

「ああ。木の上に登るか、もしくはもう少し見通しのいい場所に出るしかない」


 自分で言っておきながら、なんと単純な解決案だろうと思い可笑しくなる。


「そうね。登ってしまうのがいいわ」

「そうだな」


 ヒナは崖を軽々と登るだけの跳躍力を有している。そして俺も、ヒナ程ではないが木に登る程度は余裕だろう。


 普段は殆ど身体を動かしていない所為もあり、ここが人間界なら木登りなんて出来る自信は全くない。

 だがここは異世界である。

 全ての実力を発揮する事が難しい別の異世界とは言え、そこは元勇者だ。


「ええええ、ここ、この木を登るんですか?」


 北の女神アカネが目を丸くした。


「んー。そしたら君は狙撃ポイントで待機してもらいたい。まあ出番が無いに越したことはないけど、万が一の時は最善を尽くしてほしい」


 女神アカネの水の魔法に何処まで期待できるかは未知数。けれど、限られた戦力として出来る限りの事はやってもらいたい。

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