Episode4 変態女神の真面目な注文
第13話 ちょっと危ない女神様
一波乱あった女神ウルイナスとの交渉事も無事に終わり、見学会が終わったら事務所ですき焼きパーティーをする事になった。
まあ、それはそれで良しとしよう。
滝山さんの誕生日プレゼントは里琴ちゃんのセレクトで決まった。里琴ちゃんがお気に入りの、表参道にある香水屋さんの香水だ。
そんなこんなで順調に準備が進み、見学会が明日に迫った今日。
何事も無く平和な一日で、ひたすら更新案内の送付に勤しんでいた。
だがその平穏も、異世界からの入電でぶち壊しである。
「お電話ありがとう御座います。イセカイ・ソリューションズ、西村が――
受話器を取った里琴ちゃんの言葉が途中で停止。
そして、受話器を耳から離して苦笑いした。
その受話器から漏れ聞こえてくるのは、一方的にしゃべり続ける元気の良い声。
その入電が誰からのものであるか察知した俺は、全力で首を横に振って「無理!」をアピールする。
里琴ちゃんは受話器を耳へ宛て直すと、社交辞令から始める会話を開始した。
そして徐に受話器を置く。
「社長、今から来るそうです」
「え? だめだめ。俺いないよ」
「もう『いる』って言っちゃいまた」
「なんでよ! だめだめ、だめっていうか嫌だ。『やっぱりいませんでした』って言ってよ!」
「無理ですよ。神様に嘘はつけません」
「そこをどうにか! 頼むよ里琴ちゃん、この通り!」
俺は里琴ちゃんを拝むようにして懇願した。
だが次の瞬間、応接室に光が差し込む。
「うげ、もう来た! 窓開ける、換気お願い!」
「は~い」
俺は自席の後ろにある窓を全開にし、里琴ちゃんはキッチンへ行くと換気扇をフルパワーで稼働させた。
応接室の扉が開いたのはその直後である。
「ケイタ!」
応接室の戸を勢いよく開けて姿を見せたのは、紛れもなく女神ヌレニスだ。
現在の見た目は完全に幼女。
床まで届く長い青髪で、服装はまるでミイラ男。紺色の帯――包帯くらいの太さ――をぐるぐると身体に巻き付けており、それでほぼ全身を覆っている妙なスタイルである。
露出しているのは顔と、手足の先と、肘や膝などの関節部分だけ。その帯が全てつながった一本で出来ているというから、お代官様をやるのであれば相当な時間のあーれーを楽しめそうである。
身長はドアノブよりも低く、まるでぶら下がるようにドアノブを握っている様子はどうにも滑稽で可愛いのだが、女神ヌレニスという存在はそんな可愛いものではない。
「め、女神ヌレニス、お久しぶりですね」
「久しいのぅ、来てやったぞ!」
俗にいうロリババア属性で、身体能力も見た目以上の物がある。
そのまま軽く跳躍すると、まるで兎のようにぴょんと里琴ちゃんの机を蹴り、そのまま俺の身体の上に着地した。
満面の笑みで飛び込んできた女神ヌレニスは、とても嬉しそうに俺の首に抱き着いてくる。
倒れるように着座した椅子の背もたれがぐっと傾き、俺はどうにかバランスを取って女神ヌレニスを抱えた。
「ケイタじゃあ。この臭い、いいのう。ケイタケイタ」
抱き着くなりすりすりし始めた女神ヌレニスを、キッチンから戻った里琴ちゃんが苦笑いで見つめている。
この様子だけなら、可愛い女の子から好かれているオジサンの絵に過ぎない。
俺にその気さえなければ、なんとも微笑ましい情景であろう。
だが大いに問題があるのだ。
無論、俺に幼女をどうにかする気があるというわけではない。断じてそうではない。
「ああそうじゃった。ケイタはこっちの姿のほうが好きなのだったな」
「いや、だめ、女神ヌレニス、それは――
俺の言葉の途中で、女神ヌレニスはぼわっと煙に包まれた。
そして、俺の膝の上に乗っていた女神ヌレニスが、急激にその重さを増す。椅子はギシリと音をたて、背もたれは更に限界点まで傾いた。
そして空気がピンク色に染まったのではないかと疑う程、甘ったるい色香に包み込まれる。
煙が収まるのと同時に現れたのは、ただの変態エロ女神だ。
ドアノブよりも小さかった身長は倍以上になり、つるぺったんだったお胸はかなりの巨乳に化けている。足まで伸びていた髪はそのままの長さで、今は女神ヌレニスの腰くらいであろう。
程よく柔らかい肢体を絡みつかせるようにしながら、その巨乳をぐいぐい俺に押し付けてくる。
「のうケイタ、いつになったらこの儂を抱いてくれるのじゃ?」
「だ、ちょ、女神ヌレニス……重い」
そして変態っぷりは、その衣服にまで及ぶ。
幼女体系では全身を覆っていた帯も、大人でしかも巨乳の姿では長さが足りるはずも無く、もはや大事な部分を申し訳程度に隠す事しかできてないのだ。
「重いとはなんじゃ失敬な。のうケイタ、今からでも構わんぞ?」
言いながら、俺の胸に指をぐりぐりと押し付けてくる。
「女神ヌレニス、お仕事の依頼でしょう?」
俺の精神状態は崩壊寸前である。
視界の隅に映る里琴ちゃんが鬼の形相でハリセンを持っていなければ、俺は完全に篭絡されているだろう。
「あ、そうじゃった。忘れておった。よしケイタ、仕事の話が終わったらゆっくり楽しもうぞ」
「ゆっくり楽しむかどうかは別にして、取り敢えず仕事の話からしましょう。応接室へどうぞ」
俺は巨乳にもみくちゃにされながらもどうにか煩悩を振り切って、女神ヌレニスを応接室へと押し込む事に成功した。
そして俺は駆けた。
窓に向かって飛び込むように上半身を外へ出す。
「ぶはー! はぁはぁはぁ」
ここまで呼吸を最小限に抑え、息を吸うのを極力我慢していたのである。
どれだけ気を張ろうとも、あの色香を真面に吸い続けたら間違いなく篭絡されてしまうからだ。
上半身を窓から投げ出し、深く深く息を吸い、思い切り吐く。深呼吸を繰り返しながらどうにか息を整えた。
「ふう……よし」
体を起こして振り返る。
次の瞬間、俺の顔面は凄まじい衝撃に襲われた。
――ズバシュン!
「ぐおっ!」
「ふぅ……。あ、天誅って言うの忘れました」
可愛く舌を出してウィンクしてみせる里琴ちゃん。
里琴ちゃんが思い切り振りぬいたハリセンが俺の顔面にさく裂したのだが、そうだと気付くのに数秒を要するほどの完全なる不意打ちである。
「イテテ……強烈だなぁ」
「そりゃそうですよ。女神ヌレニス様の色香は、他の女神様とは比較になりませんからね」
「いや、それもそうだけど、そうじゃなくて……」
里琴ちゃんのハリセンがいつになく強烈だったわけだが、それはまあ職務としての事だから文句を言うのも違う気がする。
「まあ、篭絡されないでよかった」
「ですよね! 私もなんだかスッキリしました」
何故か一人で楽しそうな里琴ちゃんは、対女神ヌレニス専用のアイテムを準備し始める。
「さてと、これを召し上がっていただいて来ますね」
「ああ。待ってるよ」
里琴ちゃんが用意したのはお神酒である。
そしてそれはただのお神酒ではない。女神ヌレニスの対策のため、別の女神に用意してもらった色香封じの魔法がかけられたお神酒だ。
これを飲ませると女神ヌレニスは若干酔っ払う。
酔っ払うと多少面倒ではあるが、こちらに及ぼす色香がほぼ完全に封じられるため、後は俺が男としてその誘惑に打ち勝ちさえすればどうにかなる。
里琴ちゃんが応接室から出てきた。
「ふう……、私、女ですけど、ね? あそこまで魅力的だと篭絡されてもいいかな、なんて思いますよね」
その言葉に、俺はニヤリと笑った。
そして里琴ちゃんの机にあったハリセンを手に素早く駆け寄る。
「天誅!」
「否! 天誅返し!」
だいぶ手加減してハリセンを打ち込んだわけだが、里琴ちゃんはそれを素早く避けると手にしていたお盆で俺の頭をパコリと叩く。
「イテ、おい避けるなってば」
「えっへん。まだまだで御座るよ社長どの。精進なされるがよい」
何故か武士語になった里琴ちゃんを見て、この様子なら篭絡されているわけでもなさそうだと安心する。
俺はハリセンを里琴ちゃんへ放り投げると、気合いを入れて応接室へと向かった。
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