Episode3 真夜中の呼び出し
第10話 見学会の下準備
瑞井彰吾くんの近況報告を終え、女神ウルイナスとの交渉が成立した。
かつて女神ウルイナスが担当していた異能バトルがメインの異世界へ、カワカド文庫の滝山さんが推薦する四名の作家さんが見学に向かう日程が決まったのだ。
その日程の記したメールを作成中、右斜め前の席で更新案内と格闘していた里琴ちゃんが俺に向けるようにして独り言を漏らす。
「あ、滝山さん今月お誕生日だ。もう一年経つのか……早いなぁ」
俺は本文を作成していたメールを打つ手を止めた。
「四月二十五日だよね? プレゼント何にしよう」
そのままショッピングサイトを開き、滝山さんが喜びそうな何かを探すべく画面と睨めっこを開始する。
俺のその様子に気付いたのだろう。里琴ちゃんが過去のプレゼントを思い出してくれる。
「ちなみに去年はティーセット。一昨年はアロマセット。三年前は……ああそうだ、私とお揃いの抱き枕でした」
「ありがとう、よく覚えてるね」
そうは言うが俺もしっかり記憶している。四年前は出版社への就職祝として万年筆をプレゼントしているし、その前はディズニーランドのペアチケットをあげた。
「社長、私に何くれたか覚えてます?」
「そりゃあ勿論」
里琴ちゃんの誕生日は七月十八日。
去年はユニバーサルスタジオと大阪旅行をペアでプレゼントした。誰と行ったのかは知らないが、お土産を沢山買って来てくれた。
一昨年は里琴ちゃんが二十歳になったという事もあり、里琴ちゃんがご両親と行けるように親子三人分の旅行券をプレゼントした。親孝行のお手伝いをしたのだ。
その前の年は里琴ちゃんが好きなブランドの香水をセットで。さらにその前の年はその年に流行した安眠抱き枕をあげた。
「じゃあ、私が社長に何をあげたか覚えてます?」
「そりゃあ当たり前でしょ」
俺の返答に気を良くしたのか、里琴ちゃんの頭の上に音符がルンと踊っている。
それはさておき、滝山さんのプレゼントをどうするか。
「今年はどうしようかな」
滝山さんは本当に特別な存在である。無論、女性として、という意味ではない。
今から十二年前、俺は異世界から戻り高校を卒業すると、それまでの怠惰な生活に別れを告げて必死に働いた。五年間、殆ど休みなく働いた。
そして七年前、稼いだ資金を元手に今の仕事を始めた。
当初は全くの鳴かず飛ばずで、誰も『異世界渡航希望カード』なんて怪しげなジョークグッズを買う人はおらず、サイトを立ち上げたはいいが全くと言っていいほどに問い合わせすら無かった。
極まれに入る問い合わせと言えば、迷惑メールか営業メールだけだった。
そんな状況が一年、また一年と続き、日に日に目減りしていく口座残高に胃を痛め、もうダメかと思いは始めた頃だった。
ついに一人の女子高生から問い合わせメールが入ったのだ。それが今から五年前の事である。
元いた異世界の女神を通じて可能な限り様々な神と接触し、稼いだ資金を惜しげも無く投入して貢物を積み上げ、そうして作った人脈をようやく使えそうな気配がした事に、俺は飛び上がって喜んだものである。
だが、その女子高生を異世界へ送る機会は無く、五年が経った今でもその機会を与えるつもりはない。
それは、彼女が異世界への転生だけを希望したからである。転移も召喚も希望しない、転生だけの希望者なのだ。
過去の想い出に浸っていた俺に、里琴ちゃんが声をかけた。
「滝山さんってもう五回目の更新なんですね。そっかー、私より付き合い長いのか」
「そうだな。渡航希望カードのシリアルも一番だからね」
滝山沙織、会員番号000001番。
このビジネスの第一歩を導いてくれた、最初の顧客である。
彼女による口コミやSNSでの拡散が切っ掛けとなり、会員数は徐々に増加。翌年には会員数が千人を超えていた。
一口に千人と言うが、それぞれから一人三千円を頂戴すると、それだけで三百万円である。当然ながら年間千件以上の更新手続きが必要になるし、更に追加の手続き等、仕事が山積となった事で人を雇う決意をした。
「社長、異世界見学に滝山さんも連れて行ってあげたらいいじゃないですか」
里琴ちゃんの提案に、俺も同じことを考えていた。
「同じこと考えてたよ。行きたがってるし、サプライズで同行させてあげようか」
「いいですねサプライズ!」
里琴ちゃんも目をキラキラさせて同意してくれる。
この場所に事務所を構えて法人化してから四年。当時十七歳だった里琴ちゃんも、今ではすっかり大人になって二十一歳である。
「じゃあ里琴ちゃんさ、プレゼントのほうは任せていい? 俺は女神ウルイナスに日程の変更と一人多く連れて行く事を交渉しないと」
「分かりました、了解です!」
そんな里琴ちゃんを事務所に残し、俺は応接室へと踏み入れる。
女神がこの場所へやって来る際に使う扉――見た目はだだの試着室――は、元はと言えば俺の滞在していた異世界を司る女神が作り出した、唯一無二の魔法アイテムである。
どうやっているのか知らないが、神々から連絡が入る場合には何故か事務所の電話が鳴る。ナンバーディスプレイの表示は『異世界』という文字。
逆にこちらから連絡を取りたい場合、この扉の横に設置されている受話器から行う。
俺は試着室へ入るのと同じ要領でカーテンを寄せ、中に入ってカーテンを閉める。
すると、鏡になっている壁面の横、木製の壁に備え付けてある骨董品のような受話器のランプが、赤から青へと変わるのだ。
俺はそれを手にし、耳に当てる。
――プルルルル
異世界に連絡を取る手段が受話器で、ご丁寧に呼び出し音まで鳴るのだから面白い。
程なくして、受話器の向こう側から元気のいい女の子の声が響いた。
『やっほー! ケータ久しぶり元気!?』
「ああ。クイも変わりないか?」
『うん! クイはいつでも元気いっぱいだよ!』
「そうか良かった。ちょっと女神ウルイナスと話したくてな。もし女神ウルイナスの都合が付きそうなら、アポイントをお願いしたいんだ。俺がそっちに行っても構わない」
『ホント!? ケータ来てくれるの!? じゃあ絶対ぜったいウルイナス様を呼んでおくよ! いつ来る?』
受話器の向こう側にいる元気のいい女の子は、俺が救った異世界を担当する女神である。
基準はよく分からないが異世界毎に設定されている『難易度』とやらがあり、俺が救った世界は『難易度B』に該当するらしい。
「そうだな……女神ウルイナスの都合がつくなら今日でも構わないし、明日でもいい。まあ別に来てくれても構わない。そこら辺はクイに任せるよ」
『了解だよケータ。そしたらクイからケータに連絡するね!』
難易度は一番下がDで、その上にC、B、A、S、SSと続く高難易度の異世界が存在する。
そして難易度Bの異世界を担当し、そこへ俺を転移させたのが女神クイ。正確に言うならば見習い女神クイである。
難易度Bの異世界を見習いの女神が担当する事になり、そっち方面――神界というらしい――ではそこそこ話題になったのだとか。
そして俺と共にその世界でハッピーエンドな物語を描き、平和な世界へと導く事に成功したのだが、何故か未だに担当なら外れる事はなく本人も見習いのままらしい。
「ああ、有難う。そうだクイ」
俺は見習い女神クイを喜ばせてやろうと思い、一つの提案を持ちかける。
「女神ウルイナスのアポイントをしっかり取り付けてくれたら、こっちに遊びにこいよ。すき焼きをご馳走するからさ」
『スキヤキ!? いくいく絶対いく! やった、スキヤキだー!』
「だから女神ウルイナスの件、頼むぞ」
『うんっ、まっかせといて!』
見習い女神クイの大好物といえば、ずばり、すき焼きである。
色々と未熟なクイに頼み事をするのは実に不安定なもので、より確実性を高めるにはこの方法が一番なのだ。その事を、俺は十二年前の異世界転移で学んでいた。
神様を餌で釣ろうとは罰当たりもいいところだが、そんな事を言えば女神エルミーアもそうであるし、そこは大目に見てもらおう。
「じゃあクイ、連絡まってるぞ」
『はーい!』
これでこちらは良しである。
ここから先は女神ウルイナスに会ってからとなるが、滝山さんの誕生日に見学会をセッティングしなおして、サプライズを仕掛けておく事が出来れば万全である。
そう思っていた。
だが、何の気なしにクイに頼んだこの件が、予想外の事件に発展していくことになる。
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