第六幕『能鷹爪隠』

 人狼、魔女、魔法、狂人、多重人格、薬、精神支配、妖狐、洗脳、復讐、希望、切望、救済、絶望、狂気、殺し合い、やり直し、繰り返し、暗殺、加護、呪い、殺意、死――、


 この館に来るまでは全く身近になんてなかったそれらの単語は俺の理解をはるかに超えていて、少しばかり予備知識があるだけの俺では到底理解しきれない。


 確かに地獄のような6日間を1079回――およそ17年近く繰り返しをしてきた。

 ただし、その17年は記憶を共有したものではない。試行錯誤をするどころか初日に終わってしまったり、ほぼ同じ過程をなぞるように終わった6日間もある。


 だが、そんな一見役に立たない経験でも俺にとっては一つ一つがかけがえの無いものだ。


「だから忘れない。だから諦めない。だからこそ、これで終わらせる」


 自らの決心を確かめるように繰り返し、俺は長々と腰を据えていた木製のベンチから立ち上がった。凍えるほどではないが、吹き付ける風は十分に冷たく、体を抱いて身震いする。


「取り敢えず。次はマルコスだな……」


 思惑を阻止されたマルコスの動向が気になる。全てのループでのアルバートさん殺しの犯人である彼は恐らくその殺害を阻止した人物を探している。

 それにバレレンの事も、あれで解決したとはどうしても思えない。ガルディの多重人格の事やシャルルの呪い、そして黒幕の特定とやらなければならないことは山積みで休んでる暇はない。


 そんな所にクローズさんの新情報だ。正直手が追いつかない。


「おい、貴様――少し聞きたいことがある。いいな?」


 だが、そんなものはこちらの事情だ。時間と悲劇は待っていてなどくれない。着々と日常を蝕み、気付けば最悪の結末となってはぞっとしない。だから、一瞬すら気を抜かない。むしろ引き締めろ。目の前の絶望は片手間で対処できるほど優しくはないのだから。


「ああ、いいぜ。マルコス。時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり話をしよう」


「ああ、ただし話はその目障りな作り笑いをやめてからだ。平民」


「いや、お前が話があるっつったんだろうが……なんで上からなんだよ……?」


 シニカルを気取って少し動揺させようとした、ちっぽけな反抗心による画策はあっさりと看破され、ついでに清々しいまでの侮蔑と共にやや懐かしい呼び名が飛び出した。

 それに対し仏頂面で苦言を呈すると、気位の高い騎士様は鼻を鳴らしてつまらなそうに目を逸らす。


「あー、そうだ。その平民ってのやめた方がいいんじゃないか? それ言い出したらお前以外みんな平民じゃないか。なんかややこしいだろ?」


 彼の高慢な態度に最早慣れた俺は、話題を変えることでそれを華麗に躱し、そう肩をすくめて提案してみる。

 その俺の態度に鼻白んだ様子の彼は、再び不機嫌そうに鼻を鳴らして何やら考え込む様な態度をとる。

 いや、実際に考え込んでいるのだろう。何と言うか、こいつはそういう奴だ。


「――いいのが思いついた」


「お! なんだなんだ?」


「――愚物だ。」


「……ッ! っははははは!!!」


 まるで起死回生の妙案を披露する様な、いかにもなしたり顔でそういった彼に今度は本心から吹き出す。


「おい貴様、何が可笑しい?」


「そりゃあ可笑しいだろ! ははは!! そうだな、そうだ。お前はそういう奴だったよ。本当、変わんないな!」


「……?」


 突然笑い出し、訳のわからない事を宣う俺にマルコスは怪訝に首を捻る。だが、それすらも可笑しくて俺は更に声を弾けさせる。

 過呼吸になりそうなほど笑い続けベンチに寄りかかって荒い息をつく。


「あー、笑った笑った……」


「おい、気は済んだか? 愚物」


「ああ、気は済んだよ、マルコス。悪かったな、いきなり」


 気分良く伸びをし、目尻に浮かんだ涙を拭う俺にマルコスが苛立ちげにそう投げかける。それに対してひらひら手を振りながら謝罪して、その間に息を整える。


「じゃあ、まあ――、」


 そうしてやっと心の準備ができた俺は逸る気持ちを抑えて口を開く。


「取り敢えず、なんで俺を探してたのか聞いていいか?」


「ほう、なぜ俺が貴様を探していたと?」


「質問に質問で……はあ、まあいいか。そうだな、取り敢えずお前には何か目的があった。で、それをなんらかの形で阻止されてそいつを探すために今動いてる。――っと、ここまではほぼ勘なんだけど……あってるか?」


「ああ、間違ってはいないな」


 説明に少し無理があるが、本当のことを言うわけにもいかずそう俺はそう嘯く。釈然としない感じではあるが形では頷くマルコスに、密かに胸を撫で下ろし、濡れた掌を拭う。


「だが、そう考えた根拠はなんだ?」


「目的があるって方か?それとも俺を探してたって確定してた事か?」


「――両方だ」


「まあ、だよな。じゃあまず目的があるって思った理由から」


 指を立てて目を瞑り得意げに話しだす俺にマルコスは何も言及せず黙り込む。その珍しい寛大さに感謝しつつ、しかし内心を読まれない様最大限に気を引き締めながら言葉を選んでいく。


「まず、目的があるって考えたのだが……別に大したことじゃない。普通にこの屋敷の人に聞いたんだよ。それで、みんなそれぞれ何か目的があったからお前もあるんじゃないかなと。――なんだよ、本当だよ。やめろよその目」


「気にするな。生まれつきだ」


「適当な嘘つくなよ!」


 マルコスは、思い切り怪しいものを見る目を向けられた不快感に唾を飛ばす俺を適当にあしらい、その反応に更に激昂すると今度は手を振って話を急かす。

 俺はそんな一連の動作に納得いかないものを感じつつ、しかし、このままでは話が進まないとその文句を飲み込んで語りだす。


「――で、だ。……因縁があったなら最初の顔合わせで噛み付く。だからこの屋敷の住人に元からの因縁は無いとして、探し人だったとしてもやっぱりその場でって事になる筈だ。隠密に会いたいってのもここまで大っぴらに探し回っといてって話だしな。

 そんなお前に人を探す理由が出来たとしたなら、それは昨日の自己紹介の後だ。それこそ躍起になって探し回る様な事となればなんか重要な事――ここに来た目的なんじゃないかってな。それなら気付かれて逃げられたとしてもその相手が特定できる。だからわざと分かりやすく探し回った。ここまであってるか?」


「長々と容量を得んが……その通りだ。」


 何処か不満げに腕を組み、舌打ちと共にそう吐き捨てる。それを閉じていた片目を開いて捉え俺は再び口を開く。


「でも、そんな中でお前は俺を最有力候補に選んだんだろ?」


「ああ――その理由も分かっているのか?」


「これが当たってんならな」


 ここまでの推理という名の理由のこじつけはこれまでの予備知識――今までの繰り返しで得たものを根拠の大半としている。


 だが、ここからは憶測を交えての本当の意味での探り合いだ。


「――まず、お前らは館に集められた全員の目的と素性を、大まかになら知っているんじゃ無いか? ……ああ、そう思った理由もちゃんとあるぞ」


「ほう、なんだ……?言ってみろ。」


 もう少しは動揺するものと思っていたのだが、マルコスは微動だにせず、更には余裕があるを感じさせる口調でその理由を問いただす。

 しかしそれに動揺しているのを悟られたら終わりだ。だから、俺は努めて無表情を意識して俺はそれに答える。


「……まず、お前らはこの館に手紙か何かによってまとめて集められたんじゃないか? 叶えたい願いや、弱みを使ってな。――でも、それだけじゃあ顔も素性も名前すら知らない人間と共同生活を強いられる事になるよな? だから、その招待状と共に事前に情報を貰ってるんじゃって……俺は考えた。違うか……?」


「なんだそれは、やや過剰に発想が飛躍していないか?」


「――でも、あってる。そうだろ?」


「……………」


「ありがとう。これで確信が持てたぜ」


「ハッタリか……それで俺の反応を――」


「お、怒るなよ! 悪かったって。ほら、な? この通り! ゆるしてくださ――ぐふっ!?」


 忌々しげに舌打ちするマルコスに拝む様に手を合わせ、俺は必死に平謝りを敢行する。

 しかし、それが小馬鹿にしている様に見えたのか、脇腹に重い一撃を喰らい、俺は柔らかい芝生にもんどり打って転がる。


 そのまましばらく脇腹を抑えてゴロゴロ転がって悶絶していた俺は涙目で呻きながら顔を上げ、何事もなかった様に会話を再会する。だだ、声は諸所詰まってしまったが。


「――そこで……っ! お前は俺を疑った……俺の名は、そのリストになかったからな。まあ、安直っちゃ安直だが、当然っちゃ当然だな」


「…………」


 それに忌々しげな視線で応じ、しかし肝心の話の内容には応じず沈黙を貫く。

 その様子に確信を覚えた俺は口元を歪める。ここは先輩として駆け引きの心得というものを教示してやろう。


「言葉だけが答えじゃ無い。沈黙も時には答えになるって知ってるか? お前、剣術はあんなに凄いのにな。もしかして人と話すの下手くそかよ?」


 立てた膝に置いた手を支えにして立ち上がり、服についた芝を払う。そうして全ての芝を落としきったのを確認すると同時に肩を竦めて純粋な疑問を口にする。

 煽っている様に聞こえるかもしれないが、まぎれもない本心だ。クローズさんばりに完璧人間だと思っていたマルコスの意外な欠点に俺は心底驚愕していた。


「フン……剣で黙らせてしまえば不要な技術だ。」


「ははは、だろうな! お前ならやりかねない……――もちろん冗談だよな?」


「…………」


「早速駆け引きすんなよ! 怖いわ!」


 無いと思っていたマルコスに対する勝っている点を見つけ、先輩面で天狗になっていたその鼻は、皮肉にもその勝っていると思っていた点によって呆気なく叩き折られた。


「御託はいい、早くしろ」


「お前がそれを言うか……」


 そうしてがなり立てる俺を虫でも払うように手振りで払い、続きを急かす彼に歯軋りしながらも再び中断された会話を再会する。


「いや、流石に何回途切れてんだよ……」


「大概は貴様の所為だろう」


「はあ……じゃあ続けるけど――ん? まだ話してない事なんかあったか?」


 あらかた出し尽くした話題を絞りだそうと頭を捻って、その話題が最早出てこないことに気づく。

 まさか、マルコスが忘れているわけでは無いだろうから俺が忘れているのだろう。


「ああ、本題が残っている」


「本題……?」


 そんな根拠の無い卑屈な予想は――、


「アルバートの件だ。――あれは……貴様か?」


 最悪の形で当たっていた。


「――っ!!」


 まさか、ここまでストレートに突っ込んだ話をしてくるとは予想していなかった。

 首尾よく情報を聞き出した事で俺の気も抜けていたし、なによりマルコスはこの瞬間を狙っていた。それは、発した一言のタイミングと、一瞬吊り上がった口角からわかった。


 ――まずい。


 思わず息を飲み、すぐさま後悔するがもう遅い。吐いた唾は飲み込めない。


「その反応、やはり貴様か……」


 僅かな機微をずっと待ち望んでいたマルコスは、当然それを見逃さない。

 能ある鷹は爪を隠すとは言うが、これはあまりにも――、


「は、話を聞けマルコス!!!」


 マルコスの表情に一気に影が差し、声のトーンが一つ下がる。

 空気が目に見えて重たくなり刺す様な殺気に押し潰されそうだ。話の雲行きが怪しいどころでは無い。


 まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。まずい――、


 脳内で警鐘が鳴り響き、吹き出る冷や汗に服がじっとりと湿る。手足は痺れたように動かず、冷えた水につけているかのような寒気に襲われる。


「話か……」


「そ、そうだ、話だ! 話し合おう! そしたら絶対に分かり合えるはずだ! だ、だから……っ!!」


「必要無い――貴様が言ったことだ。言葉だけが答えでは……無い」


「マル――、」


 上ずった声でな及ぶ俺の言葉を遮るように閃いた銀色の光。


 ――それを知覚した瞬間、首を冷ややかな熱が駆け抜けた。

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