第三幕『招かれざる客人』

 ――屋敷にいた男女は6人だ。


 俺の正面に足を組んで座る男はクレラ・マルコスという剣士だ。

 手足が長く身長は少し高い方だろう。また、バランスの整った端正な顔立ちに、印象的な銀髪。やや吊り目気味の瞳は髪と同じ銀色で、全体的に鋭く輝く剣を思わせる。


 本人やその他の数名曰くどうやら有名な貴族の家系で、かなりの腕前をもつ剣士らしい。と言っても、俺自身がそちらにはあまり明るく無いので正直よくわからない。



 そこから少し距離を開けて座るのは、バレレン・アッチェンテとう少年だ。歳は俺の二つ下の十五で細身で身長は低め。肌は農作業によるものか、薄く日焼けしている。


 また、幼さの残る童顔を際立たせる少しねじれた栗色の髪に瞳の色は暗めの緑と全体的に少年然とした印象を受ける。

 近くの町で農業を営む両親の家に住んでいるらしい。



 さらにそのバレレンの隣。膝に肘を乗せた状態で手袋をはめた手を組み、やや険しい表情でソファーに腰掛けるのは、クローズ・ディフィカリーという白髪の老人だ。

 ただ、一概に老人と言ってもその立ち振る舞いから老いは感じず、体つきもかなりがっしりしているのがわかる。

 それも、農作業や力仕事でついたものでは無い、絶え間無い鍛錬により身につく引き締まったのものだ。


 また、その身なりや立ち振る舞いから執事かと思っていたが、ここら一帯で荷物や人を乗せ、運ぶ馬車使い――御者というものらしい。



 そして、そのクローズさんの手前に座るのがガルディ・ガーナスと言う大男だ。

 二メートル越えの長身に見合った筋骨隆々な肉体。色黒の肌にスキンヘッド。体の見た目に負けない厳つい顔と頰に大きな傷――というなんとも見ただけで気の弱い子供なんかは卒倒しそうな強面だ。


 実際、職業の方も明確な居住場所はなく、依頼次第で様々な戦場へ出向く流れの傭兵だそうだ。

 人を見た目で判断するのは良く無いというが、これは例外だと思わずにはいられない。


 下手なことを言って怒りを買えば、その岩みたいな拳で身体中に風穴をあげられそうだ。



 そんな恐ろしい見た目の大男と俺とシャルルの二人を挟んだ向こう側き座るのは、アンチェンタ・シュールという女性だ。


 こちらも長身で細身ではあるが痩せすぎといった印象は受けない。むしろ、出るところは出て出過ぎず出無さ過ぎずの理想的な体型をしている。

 また、あまり露出をしていない肌色は少し白めでそれを引き立たせるような黒ずくめと黒に薄く青みがかった長髪。それが、どこか妖艶で艶美な雰囲気を生んでいる。


 こちらも明確な居住場所はなく、気ままに旅する放浪商人で、それ以外にも副業として占いをやっているらしい。


 そして最後。アンチェンタの奥に座るのはリナ・サヤダというか少女だ。

 身長は低めで、中肉中背。こちらも肌はやや白いが、アンチェンタに比べれば日焼けはしている。


 また、この国出身でなく、海の向こうの島国から来たという。それが由来で、肩に掛かる程度の長さの髪は混じり気の無いオニキスのような黒で、瞳も同色。


 アンチェンタの知り合いで、彼女と共に旅をしていたらしい。




「……個性が強いな」



 ――と、以上が館にいた6人のまとめだ。



*******************


「――でまあ、あとは話すことは……ないかな」


 曖昧に途切れた言葉尻を最後に一通りの自己紹介を終え、俺は弾力性に富んだ柔らかなソファに腰掛ける。

 ここは玄関を入ってすぐの場所に位置するだだっ広い大広間だ。


 上がり込んだ屋敷の内装は驚くほど豪勢で、古いながらもきらびやかな雰囲気に包まれている。中でも目を見張るのは広間の奥手にある大きな階段を挟むように置かれた甲冑騎士の像だ。

 古びた甲冑と刃を削られて本来の性能を発揮しない黒々とした分厚い剣はそれでも尚ただならぬ雰囲気を放っていた。


 俺たちはその異彩を放つ甲冑騎士が鎮座する広間の、丁度真ん中に敷かれた深紅の絨毯の上で少し大きめの机をソファで囲み話し合っていた。

 だが、その話し合いも俺の一言を最後に終了し、誰も言葉を発しない居心地の悪い雰囲気になる。探り合いというか沈黙というか。初対面同士特有のなんとも言えない居心地の悪さだ。


 そんな居た堪れない雰囲気に耐えかね、俺が口を開こうとした時――


「今日は、もう寝ましょう」


 静寂は白髪の混じった髪を丁寧に整えた初老の男性――屋敷の主人アルバート・センレスの一言により打ち破られた。


 話を聞くに、どうやら彼は国定の学者らしい。詳しい素性はわからないが、かなり名高い高位の貴族階級だとか。まあ、そう言われたところで正直あまりに別世界すぎて実感がわかないが……それは理解できないほどに住む世界が違うという事だろう。

 そんな彼は俺が雨宿りを頼むと快く了承してくれた。なんでもこの広大な屋敷に1人で住んでいたらしい。いや、別荘は住んでいるとは言わないのだろうか。


「――アルバートと言ったか? 部屋はどこを使えばいい?」


 そんな彼に向け、やや図々しい質問をしたのは銀髪の剣士、クレラ・マルコスだ。

 彼も、アルバートさんと同様上位の貴族級の人物らしく立ち振る舞いや言動からやや他者を見下すような雰囲気を感じる。


 そうした人を自然と下に見る高圧的な眼光。その色に、何か異質な輝きを感じた。不安のような、期待のような、憎しみのような、そんな感情がまとめてぐちゃぐちゃに混ざって一つになり切れていない様な、そんな輝きだ。


「くはは、それもそうだ。すまない、気がきかなかったね」


 そんなマルコスの即物的な質問に、アルバートさんは柔和な笑顔で答える。


「昔はここは大勢の使用人が住み込みで働いていたからね。3階にある部屋は全て個室になっている。そこを使ってくれるかな?」


 続いた内容は一介の平民には到底理解の及ばないもので俺は密かに戦慄するが、他の面々はさして驚きもしないのでここは見栄を張って黙っておく。


「そうか……分かった。好意、感謝する」


 どこか借り物っぽい台詞で無感情に礼を言うマルコスに続き、皆でアルバートさんに礼を言うと、俺たちは3階の部屋へと向かった。


 それぞれ軽く挨拶を交わし、バラバラに分かれる頃には、マルコスの目にはもうあの感情は見えなくなっていた。やはりただの気のせいだったのかもしれない。

 いいや、むしろただの気のせいだったのなら、それが一番いいのだ。



********************



 これまた高価そうな絨毯の敷かれた廊下の先、ちょうど奥から二番目くらいに位置する俺に割り振られた部屋は、広間と比べればやや簡素ながらも、十分に優美な雰囲気を漂わせていた。

 高級感の漂う机やら椅子やらタンスが平然と並び、その奥に柔らかそうなシルクベッドが2つ見える。確か使用人の部屋と言っていたはずだが――やはり世界が違う様だ。本当に同じ人間なのだろうか。


 それに、飛び込みで雨宿りさせてもらった上、部屋まであてがわれて、挙げ句の果てにはこんないかにも高級そうなベッドを借りる事になるとは、正直気がひける。


「……でも、今日ばかりは好意に甘えてゆっくり休もう。もう……限界だ」


 森での一件を思い起こして弱音を吐きながら、疲労困憊の体をぎこちなく動かして俺は部屋に入る。そして、中に入るなり鍵もかけずベッドに飛び込む。

 うつ伏せに倒れこんだ俺を出迎えた心地よい反発と柔らかさに吐息を吐きつつ、安堵と生存を噛み締める。そのまま目を閉じると、すぐに心地よい闇の中に吸い込まれた。


 実際は少し横になるだけのつもりだったのだが、本当に疲れていたらしく俺は気付けば1分と経たずに寝てしまっていた。




 だが、その眠りは中断される。


「――ゔっ……!!」


 打ち付けた頰に発生した痛烈な痛みと木がひしゃげる様な破壊音に、眠っていた意識が覚醒する。

 どうやら寝返りによりベッドから転げ落ちたようだ。我ながら情けない。睡眠すらまともに取れないのだろうか。


「いってぇ……うわっ、さむっ……ベッド、ベッド……」


 突然訪れた身を刺す様な寒さに体温を一気に奪われた体をさすりながら、目をこすり、温もりの残るベッドを探す。


 ――いや、まて。


「さっきの音は一体何の……」


 まとまらない思考に生じた疑念。その真意を確かめるべく、ゆっくりと重たい瞼を持ち上げ目の前の光景を網膜に焼き付ける。


 ベッドからの落下で睡眠を中断された俺の意識はなかなか覚醒しない。

 しかし、それでも、重い瞼を持ち上げて現状を知覚したところで、俺は目を見開いた。


 目の前の光景の衝撃によって。


 そして、俺はその落下によって命を救われる形になったことを知る。なにせ、さっきまで俺が寝ていたベッドはまるでアルファベットのVの様に、無残に叩き折られていたのだから。


「グルルルル……」


 暗闇と静寂に包まれる部屋の中、獣の唸りが小さく――それでも確かに空気を震わせる。


 破れた布団から飛び出た羽毛が舞い上がる見通しの悪い部屋の奥に、月に照らされた大きな影が浮かんでいる。

 それをしっかりと認識した瞬間、全身が恐怖と驚愕に粟立つ。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 全身を支配した痺れるような緊張感に呼吸が困難になり、不足した酸素を求めて懸命に喘ぐ。

 しかし、そんな事も気にならないほど、俺は目の前の光景に戦慄していた。


「何で……っ! 何でこんな所に……お前がいるんだよッ!!」


 焦燥感に駆られて喉を震わせ、睨みつける視界の先。そこにいたのは、森であった“化物”そのものだった。


 化物はその目でしっかりと、俺を――獲物を捉える。


 絶対的な捕食者に品定めするような眼光で見据えられた“獲物”は、それを恐怖に鳴る歯を噛み締めて見返す。


「グルルルル……」


 それに呼応する様に発せられた唸り声が、再び静寂に包まれる空気を震わせた瞬間、広間に置かれた大時計が零時を指し示した。

 そうして、俺は屋敷での生活の2日目を迎えた。


 これから2度と忘れることはできなくなる、6日間の内の――その2日目を。

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