第四幕『偽善的欺瞞』
「――で、結局何の用だよ?」
「ああ……えっとですね」
相変わらずの人見知りを発揮し、しかしそれを一切顔に出さず出て行ったシャルルを見送ると、俺はバレレンと2人になった。
しかし、肝心の彼が居心地悪そうに身じろぎしては黙りこくっているので、痺れを切らした俺は要件を問いただす。
「ただ昼食の用意ができたそうなので呼びに来ただけです」
「ああ、なるほどな」
だが前回までは呼びに来るのは大抵クローズさんだったはずだ。それが今回は一体どうしたと言うのだろう。
「それは、リナさんに頼まれたのか?」
「い、いえ、リナは、僕と口も聞いてくれないので……」
「あ、そうなのか……――悪い」
どうやらまだこのバレレンは黒幕の手に落ちていないらしい。その事実と、ちょっとした物珍しさを感じる。
なにせ、本当の意味でバレレンと話すのはこれがやっと二回目言っていいくらいだ。
「リナさんとはどういう関係なんだ?」
この際だ。聞ける事は聞いておこう。
「えっと、リナは僕の恩人なんです。た、滝に落ちてしまった僕を、彼女が助け出してくれたんです」
話の筋はだいたいあの時聞いたものと同じだ。
だが、あの時とは違い露骨に表情を強張らせたバレレンに胸が痛くなる。
「それに、彼女は僕と少しの間一緒に住んでくれたんです。彼女も身寄りのない身だったらしくて……あの時は楽しかったな――、」
だが、そんな表情の強張りは一瞬にして消え失せ、淡い恋に浮かされたような惚けた顔になる。
だが、そんな微笑ましさと同時に、俺は拭いきれない疑念を感じていた。
「じゃあ、なんで口も利いてくれないんだ? 今は別に住んでるって事は別れる時に何かしたのか?」
「い、いえ、何もしていないですよ。いなくなってしまったのも突然でしたし……」
「突然いなくなった?」
「――はい。その前の日までは普通に過ごしていたのに、いつの間にか」
「本当に何か変わった事とかなかったのかよ?」
「いや、特には無かったはず――」
「ん、何か心当たりがあったのか?」
「い、いえ、関係はないかもしれないんですが……」
「いいから早く言えよ! 何かあるかもしれないだろ!」
「えっと――性格が変わってるんですよ」
「……は?」
なんともバツが悪そうに、申し訳なさげに言ったバレレンの内容は、しかし確実に関係がありそうな事柄だった。
「いや、絶対それだろ! 逆にそれじゃなきゃなんなんだってぐらいだろ!」
「さ、最後まで聞いてくださいよ! ――変わったのは昔のリナと今のリナですよ! いなくなる前とまた出会った時!」
「はあ……? それって、結局別人だったとかじゃなくてか?」
「いえ、そういう事は……半年過ごした相手ですよ? 見間違えません」
「そうか――、」
性格が変わった? 双子――というのはさすがにあるまい。名前は違うだろうし何より身寄りがないと本人が言っているらしい。
「まあ、それは今度ゆっくり本人に聞いてみろよ。嫌われてるわけじゃないんだろう?」
「嫌われているというか怖がられているって感じですね……」
「そりゃあ、見ず知らずの男が呼び捨てで親しげにしてきたら引くだろうよ」
「うわ、身も蓋もない」
「うるせえ、誠意と善意があるだけ感謝しとけ」
適当な軽口を交わし、俺は少し黙り込む。突然静かになった俺を怪訝に見つめるバレレンに、クレアのことを伝えるかを悩む。
失敗すればすべて台無しだ。一番最初の難関をクリアしたが、次も失敗していいわけではない。
事は重大。細心の注意を払う――、
「――時間は、ない……」
「何か言いました――?」
内心の優柔不断な言い訳にきっぱりとした言い訳で折り合いをつけ、聞き返すバレレンに真実を話すため口を開く。
「バレレン、俺は今からとんでもない事を言う。だけど、たのむから落ち着いて聞いてくれ――、」
耳の奥で、うるさいくらいに心臓が鳴っていた。
*******************
前回同様説明を終え、バレレンの納得を得た俺は広間にて朝食に手をつけていた。
まあ同様と言っても前回バレレンから聞いた村で起きた出来事などをクレアから聞いたと嘘をついてのものだが。
「相変わらずうまいな……」
「え? 今何か言いました?」
そんな罪悪感に苛まれながら口に運んだスープの味に思わず感想が漏れ、それにシャルルが目敏く反応する。いや、この場合なら耳聡くか?
「いや、このスープ本当にうまいなって」
そんなシャルルに内心で戦慄しつつ俺は適当に誤魔化す。
「そ、そう言っていただけると嬉しいです」
そんな俺のつぶやきを聞いていた少女――リナさんは不安の色の濃かった顔を一気に輝かせて喜ぶ。
「リナさんはなんで料理人になったんだ?」
その眩しい純粋さに苦笑いしながら、俺は今までのループで聞けなかったそんな事を聞いてみた。
「あ、えーっと……」
すると突然、歯切れの悪い言葉を繰り返すリナさんは更に頰を掻き目を泳がせる。
――しまった、明らかに困ってしまっている。
「いや、別に話したくなければいいんだけど――!」
「あ! い、いえ、別にそういうわけじゃないんです。ただ……」
「ただ……?」
何か含みのある言い方をするリナさんに俺は不安とそれ以上の興味を感じ、真剣な表情で問いただす。
それを見たリナさんは何か最悪な結末を予期したかの様に顔を強張らせしばしの巡回を経て口を開く。
「そ、その……み、皆が…お腹いっぱいで笑顔になれたらいいなーって……そう……オモッタデス」
最後、自身の発言の小っ恥ずかしさに負けてカタコトになってしまったリナさんは未だ顔を真っ赤にして悶えている。
それを見た俺は、真っ赤になった手に持ったお盆で顔を隠しなが小さく震える少女の名を呼ぶ。
「リ、リナさ――」
「ち、違うんですよ! こ、これは小さい頃に考えていたものでしてね? い、今はもっと立派な理由が――!!」
「いやいや、凄くいいと思う! 人間極限まで空腹じゃ普通、幸せは感じられないからな!」
口早に捲したてるリナさんを遮って俺はそんな事を口にする。
いささか嘘っぽい言葉になってしまったが仕方ない。居た堪れないにもほどがあるだろう。
「そ、そうですかね……?」
「ああ、間違いない!」
この質問で恥をかくことになったリナさんは、最初の質問で見栄を張り嘘の動機を言って仕舞えばよかったのだ。
しかし、彼女はそれをしなかった。
――素直なのだ。驚くほどに。
こんな少女にこの惨劇の記憶は重すぎる。それは分かっていた事ではあったがいざ目の当たりにすると心が切り裂かれる様だった。
だから、この少女にはもうかなしい思いは絶対にさせない。
「だよな、バレレン?」
「え!? あ――はい!」
突然声をかけられた少年はどうやら何か考えごとをしていた様で飛び上がって驚く。
それを見たリナさんは最初、唖然とした様子で固まっていたがその言葉の意味が呑み込めると一気に表情が綻び興奮した様子で身を乗り出す。
今まで認められる事のなかった彼女は、人から賞賛される事へ特に反応する様だ。
「本当ですか!? 私、あまりその料理には自信がなくて……」
「そんな事ないよ! 久しぶ……いや、初めて食べたよ! こんな美味しいスープ!」
「あ、ありがとうございます! あ、えっと……」
「――バレレンでいいよ。……これ、どうやって作ったの?」
「じゃあ、バレレンさん。その料理はですね――、」
そんな微笑ましいやり取りを横目に俺はソファに深々と腰掛ける。
彼と彼女は今まで、殺そうとする側と殺される側というどう足掻いたところで相容れない関係性を築いてきていた。
だが、今回はその前に打ち解けさせてやりたいのだ。
――そして、もう一度打ち解ける事を不可能にしまう出来事は、俺が無くしてやる。
「いつから貴方は恋のキューピットなったんですか?」
そんな微笑ましい光景に自然と緩んだ口元を隠そうともせず生暖かい視線を送っていると、シャルルが横から口を挟んできた。
そちら側を向けばこちらを見る閉じられた瞼によって上半分の隠れた大きな青い瞳と目があう。
見返す俺の表情がその大きな瞳に映ってくれるのでこちらとしても好都合だ。
俺は努めて気軽に見えるよう振る舞い気の抜けた声を出す。
「さあ、そんなものになった覚えがまずないからわかんないな」
「無自覚なら更にタチが悪いですね……」
「タチ悪いとか言うなよ! 人聞きが悪いだろうが!!」
「すいません。悪いのは貴方の頭でしたね」
「――いや、お前の口のがよっぽど悪い!」
適当に誤魔化そうとする俺にシャルルが食って掛かりいつもの軽口の応酬が始まる。
「……何か、貴方はあの2人について知っているんですか?」
――かに思えたがそんな小気味のいいやり取りは一つトーンの落ちた静かながらも力強い一言で中断される。
それに応じ俺の心もみずをかけられた様に冷静になっていく。
この場面で一つでも大きな失言があれば、これからの全てがすぐに詰んでしまう気がしたのだ。
――今までの繰り返しからから培った直感だろうか?
「いや、知らない。うん、あの2人の関係性の深いことは何も知らない」
「嘘は……言ってないようですね」
――正解だ。
不用意に嘘をついて言いくるめようとするよりは既存の事実をうまく使って誤魔化そうとした。そして、それは吉と出たようだ。
しかし、何故わかった? 偶然……それともこれも呪いの影響だろうか。
いや、考えても仕方がない。
しかし、彼女の前では迂闊に嘘をつけなくなってしまったな。今まで以上に頭を回さなくては――、
「それならいいんです……でも、何かあっても――勝手に抱え込んだりしないでください」
「…………」
俺の言い方に目敏く何かを勘付いたシャルルはそれでも深くは追求せず心配事だけを口にする。
その少女の気遣いと優しさに胸を締め付けられながらも――俺は答えられない。
どう答えても嘘になってしまいそうだったからだ。
俯いたままソファから体を離す。体を支えていた心地よい柔らかさが消失し、代わりにやってくる重力と靴底から伝わる硬いタイルの質感。
その感覚を踏みしめて不安げにこちらを見上げる少女の前を横切り階段へ向かう。
どうしようもなく偽物。偽善と欺瞞で塗り固められた存在。
今の俺はまさにそれだ。
何一つ先程の質問に答えられる答えを持ち合わせていない。
でも、それでも、
いや、だからこそ――、
「――ありがとう」
せめてそう呟いて、俺の数少ない嘘偽りのない言葉を置き去りにして、俺は広間を後にした。
「はあ……」
その後ろから『全く、仕方ないひとですね。』と言わんばかりの溜息が、聞こえた気がした。
*******************
「――あ、クローズさん」
「おや、ギルさん……でしたかな? 私はクローズ・ディフィカリーと申します。とは言ってもご存知のようですが改めて――以後お見知り置きを」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。俺の名前はギル・ルーズです。って昨日自己紹介しましたけどね。……何してるんです?こんなところで」
そう言って辺りを見渡す。視線を滑らせれば青々と生い茂る一定の高さで整えられた芝と花壇に咲き誇る色とりどりの花々、丁寧に整えられた垣根が見えた。
そして、それらを区切る道と花壇の枠には明るい赤と暗い赤との2色のレンガが使われている。
広間から廊下へ出た後、手持ち無沙汰になった俺は特に意味も無く裏口から庭園に出ていたのだ。
それも、あるいはこうして誰かと出会うことを望んでいたのかもしれないが――、
「いえ、特に深い意味はございません。ふと、外の空気を吸おうと思いまして」
「ああ、そういうことでしたか。実を言えば俺もそんな理由でして……」
「おお、そうでしたか。では、よければこの老僕めの雑談にでも付き合っていただけませんかな?」
「いいですよ。俺も丁度暇ですし」
笑顔でそう言って俺は近くの木造りのベンチへ腰掛ける。その横に紳士服に身を包んだ老紳士が腰を下ろしゆっくりと息を吐く。
落ちかけた日に橙色に照らされる庭園を、刺すような冷気を持った風が吹き抜けた。
「さて、何から話しますか?」
そう言って話題を振るとクローズさんは顎に手を当てて少し考えるように眉を潜める。
そう言えば、彼とこうしてゆっくり話すのは初めてだったかもしれない。
こうやって新しいことを積み重ねていけばあるいは――、
そんな希望を持ってしまうくらいには、うまくいっていた。
――少なくとも、俺はそう思っていた。
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