第六幕『疑問と推理』
据えた腰に伝わる程よい反発と包み込む様な柔らかさを同時に味わいながら、俺は1人低回する思考を稼働させていた。
一部険悪な場面のあった会議を終え、1人自室にこもった俺は、あれから約1時間くらいは考え込んでいる。
俺を執拗に狙う
そして、今もこうして新たにあてがわれた部屋の中、さも平然と熟考している異常な状況についてだ。
「――にしても、ここまでデザインが一緒だと、ある種のこだわりを感じるな」
当然人狼によって破壊された部屋では過ごせるわけもなく、更に1日では修復不可能ということで俺は隣の部屋を使っている。
だが、隣の部屋と言っても内装はほぼ変わらず、最初見た時は人狼の襲撃を夢かと疑ったほどだ。
もちろん今俺が腰掛けているベッドもあの破壊されたベッドと全く同じ見た目だ。そんなベッドのもたらす温もりに誘われる睡魔から逃れるため、俺は必死で考える。
――まず、疑問1だ。
俺は人狼との数少ない遭遇者と言うことで、解散後同様に化物に襲われ殺害されたとされるアルバートさんの部屋を見に行くことになった。
そうして向かった先、むせ返るような血の匂いが充満する薄暗い寝室で、彼は寝台に横たわりその身を鮮血に染めていた。医師の経験があったというクローズさんの検死の結果、死因は刃物で全身を滅多刺しにされてのショック死で、他にも数カ所の刺し傷があった。
だか、抵抗した様子は無く、出血量の違いから心臓を刺した一刺しと、その他の刺し傷はある程度時間をおいたものと考えられる。具体的には先に心臓を刺されて殺され、その後傷を追加された形だ。
しかし、血染めの寝台に横たわり、眠る様に息絶えた彼には、それ以外の外傷は見られなかった。
恐らく枕元に置かれていた瓶の中身である睡眠薬を服用し眠っている間に殺害され、その後に無数の刺し傷を負ったという寸法だろう。と言うのが今の所の推論だ。
「今思い出しても吐き気がするな……」
考えるためとはいえ、あの凄惨な現場を――その残忍な殺人方法と無残な死体を思い出し、込み上げる吐き気に思わず呻く。
しかし、おかげで気になることがわかった。人狼は俺を殺そうとした時、思い切り俺のいたベッドを殴りつけて破壊していた。
だが、アルバートさんの部屋は全く荒らされてはいなかった。それどころか足跡はおろか毛の一本も落ちておらず、一種の手慣れた犯行の様な、計画性すら窺える。
なぜ一回目と二回目でそうまで殺し方を変えるのか。あの人間に対して地力は遥かに勝る化物に、人を殺す事に気を使う理由なんてあるのだろうか。
それがもしあるとしても、ではなぜ俺の時ああも暴れまわって見せたのかという疑問にぶち当たる。抜け出せないジレンマの様な不可解の螺旋は――しかし、別の誰かの犯行という事ですんなりと抜け出せるのだ。
そこで必然的に生まれるのが、この屋敷の中に殺人鬼が隠れている可能性。最早人狼という圧倒的脅威が存在するこの切迫した状況で、疑心暗鬼になりかねない最悪の可能性だ。
「でも、それだって屋敷の外から侵入してきた殺人鬼っていうことだってあり得るはずだ。それこそ人狼みたいに……」
だからこの考えは間違っているのかもしれない。これについては、まだ検討の余地ありといった感じだ。信用できそうで襲われても対抗できそうなガルディあたりに、今度内密に話しておくか。
――それと、疑問2だ。
これは昨日、部屋で人狼に襲われた時を思い出しての疑問だ。
『なぜ奴は俺を狙うのか』――そもそも、それが分からない。もし、それがただ食料を得るための捕食行為だとするならば、考えたくはないが一番奥の部屋にいた俺より、反対側の人々を襲うはずだ。なにせ、奥側は二階で登れるような場所はどこにも無いが、手前側は大きな木が近くにあって、簡単に乗り移ることができるのだ。
にも関わらず、奴は俺の隣の部屋にいたシャルルでも、その向こうにいたバレレンでも、逆に俺の奥側にいたリナさんでも無く、中途半端な位置にある俺の部屋を狙った。
ただの偶然と言ってしまえばそれまでだが、やはりどこか引っかかる。
「化物に狙われる理由と言えば……仕留め損ねたから? それとも……銀って弱点を知ったからか?」
考えても答えなど出るはずも無く、雲をつかむような徒労感に苛まれる。
だからと言って考えないという訳にもいかず、俺は往生際悪く考えてしまう。
――加えて疑問3だ。
奴はどうやって部屋に侵入したかだ。
迂闊と罵られても反論できないくらいの失態だが、俺が鍵を開けていたということもある。が、しかしそれはドアの方だ。当然一度も開いていない窓はすべて鍵がかかっていた。もちろん奴が割って飛び出ていった窓にもだ。
ならば人狼は最初から屋敷に潜んでいたとでも言うのだろうか。だが……いつ、どうやって? なぜ、なんのため?
理由も方法も、何もかもが不明で現実味がない。そんな曖昧な推察だが、それ以外には考えられない。
それとも、人狼はどこにでも現れることができるのか?
「もしそうなら……手の打ちようがねぇぞ……」
それに、疑問はまだある。
――最後の疑問だ。
その後のゴタゴタでうやむやになってしまったが占い師(というのも素直に信じられないが)アンチェンタはこう言った。
『屋敷の主人を殺した人はまだ、すぐ近くにいる』
人と――そういった。だが、奴は『人狼』というらしい。
獣じみたあの仰々しい見た目は全く人とは思えないにしろ、一応大まかな形は人型である。
それにもしかすると高度な知能を持っていて他の誰かと――ともすれば件の殺人鬼と協力して俺達を襲っているのかもしれない。
だが、目的はなんだ?偶然集まっただけの俺たちを殺そうとする理由だ。それも自らの弱点が露見している分危険度は高い。それでも尚執拗に狙う理由。
明確な殺意や強烈な憎悪といった感じでもない。ならばさらに根本的な生物の本能――、
「『食べるため』か?」
つまり、この屋敷に恨みか何かを持った人間と人狼なる化け物が結託して俺たちを皆殺しにしようとしている?
「この屋敷自体が食い場として機能しているのか? なら、アルバートさんが協力者ってことになるけど……」
だが――彼は殺されている。
仲間割れ、裏切り、事故。理由なんていくらでも考えられてしまうが、明確な答えは出ない。
ならば俺たちはそれにただ巻き込まれただけなのだろうか。
ならばなぜ人狼は俺を狙う? アルバートさんは何故殺された? まだ続くのか? 誰が、何故、何の為に? どうやって?
――疑問は尽きない。
「ダメだ……頭が回らない。今日は、もう寝るか……」
尽きない疑問に弱音を上げ、大きく伸びを一つする。そのまま脱力し倒れこんだ体は柔らかな温もりに受け止めらた。
そのまま心地よい眠りにまっしぐらな俺の意識を――、
「――リナ、さっきはごめん! 謝るから出てきてくれないかな?」
しかし、焦った様なそんな声とドアをノックする軽快な音が引き戻す。
この声は、確かあの小柄なバレレンという少年だ。その彼はどうやら俺の部屋をリナさんの部屋と間違えているようだった。
何と言うか、凄く気まずい。
「あー……部屋、間違えてますよ」
何故か言っているこちらが羞恥心に苛まれながらも中々デリケートな内容を他人に大声で言ってしまった彼にその間違いを恐る恐る教えてやる。
「え!? あれ! ほ、本当だ……すいません! そうだ、人狼に襲われてから部屋を全部変えてたんだった……えっと、その声はギルさんですか?」
すると、彼は裏返った声で確認を取る。そるを痛ましく思い、俺は少しでも気分を紛らわす為、何か他愛の無い話でもしてこの記憶を薄めてしまおうとドアを開ける。
するとバレレンはひどく驚いたように何かを後ろに隠した。お詫びの花でも持ってきたのだろうか?
気になるが、それを詮索して更に恥をかかせるのも忍びない。俺は見なかったものとして好奇心に蓋をし、精一杯自然に微笑みかける。
「え、えっと……すいません! 部屋、変わってたんですね。そ、そうですよね。あんな部屋じゃ普通、寝れないし……!」
それがあまりにもわざとらしかったのか、バレレンはそれを誤魔化す様に、面白い程に汗をかきながら震える声で早口に捲し立てる。
「リナさんと何か……?」
彼が誤魔化した内容に直接触れてしまうのはいささか無神経だっただろうか。
だが、何故か俺はそれを聞いておいたほうが良い気がした。彼のやや不審な態度や言動から何かを感じ取ったのか、それともただの勘か、それは定かではないが、確かにそう感じたのだ。
「じ、実は……少し言い争いをしてしまいまして……」
「リナさんとは知り合いみたいだけど一体どういった関係なんです?」
視線を泳がせ、頰を掻いてごにょごにょ語り出したバレレンの要領の得ない答えに、ついつい質問を重ねてしまう。何か少し事情聴取みたいになってしまった。
しかしバレレンはそれに気を悪くする様子は無く、それどころかどこか嬉しそうにはにかみながら答えを口にした。
「じ、実は……彼女とは、恋仲なんですよぉ……でえへへぇ。」
最後にに気持ち悪い笑い方をするバレレンに少し引きつつも、その情報に納得がいく。どうりで彼女にベッタリなわけだ。
「彼女の可愛さは天使級です! ああ、いやっ! あれは女神だ!! 僕の前に舞い降りた神々しい女神としか思えません!!」
「へ、へぇ……女神なら俺が池に斧落とした時に金の斧とかに交換してくれるのかな」
熱弁に明らかに熱が入り、いきなりテンションが有頂天のバレレンに再度引きつつ、俺は彼に敬語は不要と判断する。
にしてもかなりの溺愛のようだ。
「幸せそうで妬ましいよ」
「えっと……もちろん言い間違いですね?」
「当たり前だろう」
「うわー、信用なんないなぁ……――って、それを言えばギルさんは、アルベルトさんとそういった関係じゃないんですか?」
「……は? い、いやいや、そんなわけないだろ。何言ってんだお前、頭大丈夫か?」
「そ、そこまでですか! えー、でも、彼女怪我したあなたが起きるまでずっと看病してたんですよ? 『これって……まさか――恋!?』ってなりません?」
……なんだろう。彼からは悪気はないのに人を不快にさせる人間の香りがする。
いや、これは先の恥ずかしい出来事から話をそらすための空元気なのかもしれない。確かに、そう思えばしっくりくる。それ程にさっきの事が恥ずかしかったのだろう。
それより気になったのはシャルルが俺を看ていてくれたという話だ。どうやら俺はまた借りを作ってしまったらしい。
「あ、それとリナは胸元にハートの形のホクロがありましてね?」
「あー、その話はいいよ。それよりも――」
そんな俺の心中の苦悩もいざ知らず、バレレンは何の前触れも無くリナさんの話題へ話を変える。
しかし、その入り出しと少年の輝く瞳に長話の気配を感じ取り、俺は強引に話題を切り替えた。
それから俺たちは少しの間他愛も無い世間話や将来の事などを話した。一通り話し終え、さすがに疲れ切ったバレレンはそそくさと自分の部屋へ向かう。
「続きはまた明日話しましょう。今日はありがとうございました! すごく楽しかったです」
「いや、俺の方こそありがとう。こんな事になって気が滅入ってたんだな。久しぶりに笑った。それに……友達と話してるみたいで、楽しかったしな」
感傷的に呟いて、自分の言った言葉が途端に恥ずかしくなる。
だが、それを何とか取り繕うと口を開くより先に、バレレンが当然の様にそう言った。
「え、僕たちまだ友達じゃなかったんですか?」
「え……あ――、」
詰まる言葉。そんな事、言われるとは思わなかった。こんな異常な状況で、協力しなくてはいけないなんて思っていたくせに。むしろ俺が一番その可能性を諦めていたのかもしれない。
そんな事、さも当然の事の様に言い切ってしまえる彼は、きっと強い人間なのだろう。いや、この場合俺が弱いだけか。
なら、せめて今からでも――、
「そ、そうか、友達か。ああ、そうだな」
「そうですよ。何ですか、あんまり友達いないんですか?」
「うるせえよ! ほら、早く行け行け!」
「あははは。じゃあギルさん、また明日!」
「ああ、また……明日な」
ひらひらと手を振って出て行ったバレレンを引きつった笑顔で見送り、俺は一人になった部屋で少し考え事をした。
そして、その内に寝てしまった。
********************
耳を澄ませば、眩しい朝日が薄く漏れているカーテンの向こうで、朝を知らせる様に鳥がしきりに鳴いている。
窓の外から入り込む光と声により、心地いい睡眠から現実へ意識を引き戻され、俺は目を覚ました。
起きる事を引き止める温もりを掛け布団ごと吹き飛ばし、その勢いを利用し、バネのように体を起こす。
「――ん?」
そんな軽快に動く体に違和感を感じ、体を軽く動かしてみる
「おお……」
なんの違和感も無くスムーズに動く。体の傷は、ほぼ治っている。多分、シャルルの薬草が効いたのだろう。
「……あいつ確か花屋じゃなかったか?」
まあ、それで助けて貰える分には問題は無い。何より体は万全とは言えないが十分に動く。
そんなシャルルに礼を言うべく俺はベッドから体を起こす。寝起きということもあってか、白濁とした視界とふらつく体を伸び一つで整える。
朝は来た。なら次は安全を願おう。
――もう物騒な事はごめんだ。
そんな気の抜けた言葉を胸にドアの前まで歩を進める。
ゆったりと、ゆっくりと、平穏で平和な今を噛み締めて、外に出ようとドアに手をかけようと手を伸ばした瞬間、
勢いよくドアが開いた。
ことに、ドアは内開きなのだ。それが勢いよく開けば当然――。
「――がぁっ!?」
「ギルさん! 傷が化膿して高熱が出たって!! 大丈夫なん……あれ?」
珍しく顔を蒼白にして取り乱した少女は、勢いのまま開いたドアに生じた抵抗感と硬い木材に何かが叩きつけられる音に驚く。
そして、その向こうで吹っ飛ぶ俺を見て、気の抜けた声を出した。
さっきの台詞からして、きっとバレレンの奴だろう。あいつは後でぶん殴る。
早速、痛い目にあってしまった。
「……ぐえっ!!」
意外と力の強いシャルルによって開かれたドアにぶち当たり、格好のつかない声を上げて勢いよく背中から床に大の字に倒れ込む。
強く打った額がじんじんと痛み、触れてみれば割れた額が再出血までしていた。その痛みやその痛みを作り出した現状に涙目になった顔を盛大に顰める。
その、友人との悪ふざけが目新しくて、どこか可笑しくて、
疼く額に手を当てる振りをして――俺は口元に浮かんだ笑みを隠した。
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