第一幕『リスタート』
今までの惨劇の全てをゆっくりと思い出す過程なんてものはなく、突然入ってくる情報に翻弄され脳を横殴りにされたような頭痛に苛まれる。
情報量の密度に記憶の整理と処理が追いつかず、真っ赤に弾ける記憶の破片を何とか少しずつ整えていく。
それは、今までの全ての出来事だ。
守りたかった人が死んでしまう記憶。
守りたかった人を殺してしまう記憶。
中でもやはり自分が死んでいく記憶というのは辛いものだ。
気が狂いそうになるほどの激痛と苦痛、どれほど手を伸ばしても届かない事への悲痛と悔恨、抗いようのない絶望と消失。それが1000回程なると冗談にもならない。
――だが、それと同時に守りたいものの記憶も思い出すことができた。
守りたいものを再確認することができた。そのお陰で、気を確かに保つことができたと言っても過言ではないだろう。
あの笑顔を、あの声を、あの温もりを、あの人達を、俺には見捨てる事なんて出来ない。
正直、明確な理由なんて分からない。
――運命も使命も宿命もない。
――理念も因縁も思念もない。
だが、繋がれた命と執念ならある。
それで、もし足りるならば、
今度こそ、俺は――――――。
*******************
「うわぁぁあああっ!!」
「きゃぁぁあああっ!!」
突然叫び声を上げ起き上がった俺に不意を突かれ、隣に座っていた人物が悲鳴をあげる。
悲鳴の上がった方に目を向ければ、そこには驚いて目を白黒させている一人の少女がいた。
光り輝く様な金髪を揺らし、澄んだ碧眼を驚きに揺らす少女。
――シャルル・アルベルトがそこにいた。
「シャルル……ッ」
彼女を目にしてつい名前を口走ってしまいすぐに焦って口を噤むがもう遅い。
どうやら今は最初に彼女に滝から助けられたあの時のようだ。
――つまりこの時の彼女は俺と面識がない。
「や、やばい……」
「え……なんで私の名前を……?」
「いや、あの、そのだな――、」
明らかに不審がって身を引くシャルルから必死に口を動かして俺は時間を稼ぐ。
その内に、意味のない言葉の羅列が場の空気のつなぎ留めに限界をきたした直後、俺の頭に名案が浮かんだ。
「あ、そう! 俺の友達に君とよく似たシャルルって娘が居るんだよ! まさか名前まで一緒だとは、びっくりだなぁ!」
――いや、迷案だった。
不自然に不自然をブレンドした様なその言葉は、なんの奇跡も起こさず普通に不自然な言い訳として、これまた嘘っぽい笑みを浮かべる軽薄そうな男の口から紡がれる。
「そ、そういうことですか……ところで――」
「ん? なんだ?」
そんな、俺の苦しい言い訳に無理矢理に納得した様な少女の言葉。それが中途半端に途切れた事に疑問を覚え、先の焦りなど嘘のように俺はそのまま問いを口にする。
「右腕、大丈夫なんですか?」
そして、応える声になんとなく予想がついた。
「あ、ああ……」
指をさされた先に視線を送るとだらりと力無く垂れ下がる右腕が見える。
そうだ、俺はこの時――!
「いッッてぇぇええええ!!」
「あ、えっと……ちょっと我慢してくださいね」
「い、痛い! 痛い! 痛……あっ、ちょっと……ま――!!」
ゴキリと肩から骨のはまる音が盛大に鳴り響き、目の端に涙が浮かぶ。
どれだけ痛い思いをしようと、何度死んだ記憶があろうと、痛いものは痛いのだ。
「づぁ!? い、痛い痛い痛い!! やばい! やばい! これはひょっとして死ぬかもしれない!!」
「まったく……大袈裟な人ですね……あー、はい、これでも食べておいてください」
「痛い! 痛い! いた――もがっ!」
口の中に幾度となく食べさせられた薬草を突っ込まれ、いつも通りそれを咀嚼しながら突っ伏す。
それの効果かは定かではないが、徐々に和らぎ冷静になっていく。
――ああ、まずはお礼を言わなくては、
「あ、ああ、えっと……」
「名前ならそのままシャルルと呼んでください」
「じゃ、じゃあ、シャルル……」
「はい、なんですか?」
小さく首を傾げ言葉を発する彼女は――当たり前だけど生きていてその事実が嬉しくて頰がだらしなく緩んでしまう。
「ありがとう。助かったよ。シャルル」
「は、はい……」
その名を噛みしめるように口にして、感謝を示す俺に彼女は少し赤面して戸惑う。
だが、そんな彼女にはもう欠片も記憶は残っていないだろう。
当たり前だし覚悟は決めていたが、やはり寂しいし悲しい。
「はあ……」
――だけどそれでもいい。彼女が生きていてくれるなら。
ゼロからのスタート?
「ハッ、上等だぜ」
絶対にこれを最後のやり直しにしてやる。
「――貴方は?」
そうして心の中で意気込む俺は、おずおずといった感じで質問をしてくるシャルルに驚いて顔を上げる。
「あなたの名前は?」
そうだ。ここから――また始めよう。
俺は最初に会った時に言った数多ある自己紹介から一番最近の――一番上手くいっていた時の自己紹介を反芻する。
「俺は……俺はギル・ルーズだ。ギルって呼んでくれ。職業は木こり――人呼んで森の番人だ」
「なんで言い直すんですか……へぇ、でも番人なんて言う割にはずいぶんみすぼらしい格好をしていますね」
「ははは……そうだな。その通りだ。はははは――」
帰ってきた答えがあまりにもそのままで、それが可笑しくて可笑しくて、俺は生まれて初めて『笑泣き』いうものをしてしまった。
随分と涙の量の多い、『笑泣き』を――、
******************
「その荷物持たせてくれよ!!」
相変わらず軽いくせに見た目だけはやけに大きな荷物を持つシャルルに声高らかにそう叫ぶと、初対面に等しい謎の男からの突然の進言に彼女はただただ困惑を口にする。
「え、なんでそんな……?」
「そりゃあ、命の恩人に恩を返すのは当たり前だろう?」
「命の、恩人……」
煮え切らないシャルルの答えを無理矢理な笑みで押し切り、素早く荷物を奪う。
それに困惑した少女は最後には呆れた様に息を吐き、許してくれた。
「ありがとうございます……でもついて来るのは――、」
やはり彼女が拒絶を示していたのは自分の身の上を考えてのことだったのだろう。
でも、その好意を無下にしてでも、俺はあそこへ行かなくてはいけない。
「大概の事なら大丈夫だ。それに俺はこう見えて頼りになるんだぜ?」
「それは……本当に人は見かけによらないんですね」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな!!」
「じゃあ、どういう意味で言ったんですか?」
「うぐ……っ!」
痛いところを突かれ、小さく呻いて黙ると、少女はため息をついて会話をやめてしまう。
そんな、まだどこか素っ気ないシャルルを懐かしく思いつつ、俺も彼女を真似てため息をついた。
「あ、目的地はどこなんだ?」
「この先にある大きな洋館ですよ」
「へぇ……ああ、実は俺も少しそこに用があるんだよ」
「え? そ、そうなんですか!? じゃあ、貴方も……? いや、でもそんなわけが――」
何やらブツブツと呟きだし、思考の海に沈んでいく彼女を、そんな場合ではないのに微笑ましく思い頰が緩むのを感じる。
だから俺は頰を叩いて気を引き締め、前にそびえるであろう黒い屋敷に目を向けた。
そうだ――あの館には用がある。
俺は、何が何でもあの館の悲劇を阻止し、それを生み出した黒幕を探し出さなくてはいけない。
誰も死なせず、誰も傷つかせず、誰にも知られないで、全てを暴いて絶対に引きずり出してやる。
絶対に――、
「ど、どうしたんです……? 物凄く怖い顔になっていますよ?」
「へ? あ、ああ、えっと……お、俺実は目が悪くてさ。だから、目を細めないと遠くが見えないんだよ」
内心ではこれ以上ないくらいに焦りながらも、適当を装って誤魔化し足早に歩を進める。
まさか顔に出てしまうとは。
まずい。少し冷静にならなくては――、
どうやら、前回が一番核心に近づいたループだったようで、俺は1000回分の記憶の中に黒幕の確信的な情報を得ていない。
それにより得られたのは、焦りとトラウマくらいのものだ。
「いいや、違うな」
得たものは他にもある――、
ちらりと後ろを見れば、俺の歩幅に合わせて早歩き気味に歩く少女が見える。
それを見て、歩く速さを遅めながら無言で肩を並べる。
「どうかしましたか……?」
「いいや、なんでもない。何でもないよ」
満面の笑みでそう嘯く俺を見てシャルルは首を傾げた。
それに思わず微笑みながら、ゆるりと視線を滑らせると、木の隙間に焦げ茶色に変色した屋根の一部が覗く。
「あ、ついた……」
「え? ああ、本当ですね」
シャルルは少し歩調を早めて俺の前を歩いていく。
「こんなでかかったか……?」
そう聞こえない程度の声で呟いて屋敷を見る。
この屋敷で起きた出来事を、苦しくて、辛くて、痛くて、悲しくて、虚しくて、
――楽しかった時間を思い出す。
「……もう誰も死なせない、悲しませない」
すると、頰に水滴が当る。
「はは……毎回毎回、変わらないな」
そんなことすら懐かしく感じながら耳を澄ませば、ポツポツという音と共に地面が変色していく。
「この雨、強くなるんだよな……」
一人呟いて歩き出す。
一歩一歩確実に館へ――未来へ足を踏み出す。
「――シャルル!! この雨多分強くなるぞ! 早く入ろう!」
「え? あ、はい!」
そう言って門を潜り階段を上ると、俺は分厚く大きな扉の前に立ちノックした。
「すいません! 雨宿りさせて下さい!!」
「――どうぞ」
ドアを叩き叫ぶ俺に相変わらずすぐ帰ってきた返事に感謝しつつ、やけにデカく重たいドアを押し開け中に入る。
館には6人の男女がいた。
見た顔が幾つもあることに顔が綻びこれからやらなくてはいけないことを思って苦笑する。
――惨劇が、再び幕を上げた。
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