第九幕『欠落者の想い』

 頭の中を埋め尽くす後悔を振り切るように、俺は外傷は幾分かマシになった体で廊下を駆ける。


 今気づかれてしまえば、武器を持たない丸腰の状態で見つかる事になる。

 だから、俺は努めて物音を立てないよう捜索を実行していた。


「――なぁッ!?」


 だが、そんな努力を嘲笑うように真横のドアごと蹴り飛ばされ、俺はタイルの床を転がる。


「ぐぁッ……!!」


「――よォ? なんだ、せっかく逃げられたのにまだ懲りてねえのかよ?」


 見た目は派手だったが、とっさに横へ飛んだ事で大した衝撃は受けていない。

 そう体の調子から確認すると、俺はすぐに立ち上がる。


「懲りたさ! 当たり前だろ!」


 威勢良く叫び、足元に転がる蹴り飛ばされたドアを掴み上げると、俺は欠陥品の頭めがけて振り下ろす。


「でも、その上でこうして足掻いてんだよッ!!」


「そりゃ、いいなァ!!」


 だが、そんな一撃すらも欠陥品は軽々と粉砕して見せた。振り抜いたドアの破片が、本当の残骸へ変わる。


「――チッ!!」


「んだよ! 結局考えなしの特攻か!?」


「な、わけあるかぁッ!!」


 叫ぶ欠陥品に語調を強めると同時にドアの残骸を投げつけるが、それはまたも粉砕される。


「おお、なんだ!? 鬼ごっこでもすんのかよ!!」


 だが、今度のは攻撃ではなく目くらましだ。

 欠陥品が足を止めたその隙に、俺は力強く床を踏みしめながら一直線に駆けていた。


「ふっ……!!」


 飛び上がり、目的のものを甲冑騎士の手から抜き取ると、重たいそれを担ぐようにして俺は着地する。


「これで、少しはマシになった……!」


 ゆったりと立ち上がり、俺はその黒々とした大振りの直剣を構え、欠陥品へ切っ先を向ける。


 奴の様子が今までと違うのは、なにも出現の時間帯やその内容だけではない。


「欠陥品、斧はどうしたよ――?」


 そう、こいつは愛用していたあの大斧を持っていないのだ。

 まあ、何故かは大方の検討はついている。そして、それはどうやら当たっていたらしい。


「ああ、今回は隠密にやれって言われててな――仕方なく、置いてきた」


「……そりゃ助かった。もしお前があれを持ってたら、多分最初ので死んでただろうからな」


「ハッ、そりゃあ買い被り過ぎだろ」


「そうでもねぇさ。実体験だ」


「――はぁ?」


 怪訝に首を傾げる欠陥品にそう言い放って、俺は直剣を振りかぶる。


「気にすんなよ。どうせお前にとっちゃ、ただのつまんねえ事だ」


 目的のものは手に入らなかたが、これならいくらかマシなったはずだ。

 刃渡り15センチ程度のアミーナイフと1メートルはある大振りの直剣。


 ――実力の差は、いくらか埋まったはずだ。


「ラァッ!!」


「うおっ――!!」


 俺は声を上げ、武器の性能上ほぼ丸腰に近い欠陥品に黒剣を振り抜く。


「本当になんだよ!? いきなり元気になりやがって!」


「ハァッ――!!」


 振るわれた刀身を器用にいなし、声を上げる欠陥品を無視して俺は全力の一撃を叩き込む。

 だが、それもまた受け止められた。


「だったらぁッ!!」


「づあ!? いってぇ!」


 鍔迫り合いに持ち込み、身動き出来ないようにしてから、俺は左足で鉄のように硬い向こう脛に、つま先を叩き込む。


「てめっ! 折れた足で……!」


「正確には折れてた・・・・足だ! さすがに油断したか、欠陥品ッ!!」


 俺の服はまだ土や血に汚れたままで、頰や腕の血はあえて拭き取っていない事もあり、見た目的には満身創痍だ。

 加えて、足を引きずるような演技までしておいた。


「くはは、こりゃしくったなァ……」


「の割には楽しそうだなッ!」


 どうやら、こいつには魔法や魔術の予備知識はないらしい。

 これは、紛れも無いチャンスだ。


「――アァッ!!」


 よろめき、バランスを崩して膝をつきつつも、不気味に笑う欠陥品の顔を振り上げた直剣で加減なく打ち上げ、


「まだだッ!!」


 そうして上がった頭を、体重を乗せた振り下ろしで地面に叩きつける。


 ゴツリと鳴る鈍い音が広間にこだまし、転がった欠陥品の頭部からゆっくりと赤い波紋広がる。


「はあっ、はあっ、はあ……っ」


 少しやり過ぎにも思えたが、どうせこのくらいしなければこいつは倒れないだろう。


「……なにか、縛るものを――、」


 結局当初考えてあった策は失敗に終わったが、なんとか倒す事ができた。


「……いや、」


 なんだ、この呆気なさは。


 これでは、あまりにもうまくいきすぎている。


 それはまるで、どこか芝居がかったような――、


「――まさかッ!!」


「オラァッ!!」


 思惑に気付き、すぐに振り返るがもう遅い。手に持った直剣をナイフのポルメで叩き落とされ、腕を滑るようにして迫るナイフを転がって躱す。


「く……っ!!」


「ご名答……そのまさかだよ」


 顔中を染め上げる真っ赤な血を舐めて、欠陥品は笑う。どこまでも至らない俺を、欠陥品は嘲笑う。


「鉄板か……ッ!」


「ああ、そうだぜ。急所ってのは守れるなら守っとかなきゃなァ」


「くそ……っ! どいつもこいつも……!」


「まあ、さすがに剣でぶっ叩かれた時は焦ったぜ。容赦ってもんがねえのかよ、てめえは。」


「お前の頑丈さは、痛いくらいに知ってるからな……」


 そうだ。俺はそれを痛みとともに知っている。痛いほど知っていたはずなのに、俺はそれでも仕損じた。この男を、甘く見た。


「剣を持たれた時、こんな貧相な武器じゃ敵わねえって思ってなァ……不本意だがこうさせてもらった」


「なんだよ……頭、使えんのかよ……」


「くははは、酷えなぁ?」


 べっとりと赤く染まった顔を拭ってゲラゲラと笑う欠陥品はナイフを突きつけ、言う。


「――おら、チェックメイトだ」


「馬鹿か、てめぇは。チェックメイトってのは勝利宣言なんだよ……」


「――ああ? どういう意味だよ、そりゃあ?」


「これはまだ、チェックだって意味だ!!」


 そう叫ぶと、俺は全速力で突進――と見せかけ、その軌道を直角に曲げて階段を駆け上がる。


「――うぉ!?」


 さすがの欠陥品も虚をつかれたらしく、普通に驚愕の声を上げる。


 大仰に息巻いて、盛大に発破をかけて、やることといえばこれなのだからなんとも言えない。

 だが、今は逃げるしかない。今犬死しないためにも。そして、その先に打開策を見つけるためにも。


「おお……なんだよ、次はかくれんぼでもしようってかァ?」


 そう言って、1人になった欠陥品は剣を拾う。

 楽しむための貧弱な武器を捨て、殺傷力とリーチを持ったそれに持ち替える。


 それはつまり、妥協や慢心を捨てるということだ。


「いいぜ、本気で殺してやるよ……」


 欠陥品は滴る己が血を、赤い舌で舐めた。



*******************



「オラァ――ッ!!」


 荒々しい掛け声とともに突き出した足でドアを蹴り破り、中を物色する。


「――チッ……また、ハズレか」


 捜索を開始してから、3つ目の部屋を散策し終え、欠陥品は小さく呟いた。


 慢心も道楽も、驕りも愉悦も捨て、黒々とした直剣を拾い上げた彼は、本気であの得体の知れない少年を殺そうと躍起になっていた。


 ――舐めてかかれば、一矢報いるれるかもしれない。


 そんな根拠のない予感が、彼をそうさせていたのだ。


 腕力も技術も知識も、自分には到底かなわないはずである青年の、その執念と機転に――どこかで期待したのかもしれない。


「だが、これは本当に『期待』なのか……?」


 そう言って、欠陥品は首を傾げる。


 気がかりな事は確かにある。


 なぜか、名乗る前から自分の名を知っていた事や、あの異常なまでの執念。まれで脅迫されるように自らを投げ打つ異常性。


 だが、それらは所詮、自分にとっては道楽の一部でしかないはずだ。


 いつも通りなんともなくて、いつも通りなんの生産性もない、ただの暇つぶし。つまらない、つまらないと口癖のように呟いてしまう自分の、唯一の生きる意味。


「そのはずなんだけどなァ……」


 振り上げた足をそのままに、欠陥品はドアの前で固まった。


 ざわつく胸。落ち着かない心。まとまらない思考。

 そんなものは、自分には無縁なはずだったのに。


 本来ならば、肉体と精神の双方の痛みすら、道楽としか感じないはずなのに。感じられないはずなのに。


 だが、それはどうも違うようだった。


 口元にぎこちない笑みを浮かべ、欠陥品はドアを蹴破った。


「ああ、そうか……なら、こりゃァ――、」


 そして、その中に広がる光景から今まで感じた事のない感情が沸き上がる。


「チェックメイトだ、欠陥品」


 ――喜びでも、悦びでも、慶びでもない。


 蹴り破ったドアの先で銃口をこちらへ向ける青年の、その冷え切った冷たい視線に一瞥をくれて、欠陥品は薄く微笑んだ。


「『恐怖』……だったか」


 誰にも届かぬ呟きの果てに、長い廊下に爆音と鮮血が弾けた。

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