第二幕『反撃の火蓋』
「――で、まあ……もう話す事はないかな」
そんな歯切れの悪い一言で、俺にとっては1000回目の初対面が終わる。
俺たちは、広間の真ん中でテーブルを囲み、高級感漂う黒々とした柔らかいソファに腰掛け自己紹介をしていた。
そして、それも最後に話し出した俺のそんな一言で終了。
「…………」
手持ち無沙汰な俺は、チラリと見慣れた面々へ視線を滑らせる。
こうして見ればそれぞれの表情は悲しみや憎しみや恐れや期待など何かそれぞれのバックボーンを思わせるようなそんなものに見えた。
――そしてそれは俺もだ。
これからしなくてはいけない事はたくさんある。
しかし、まずは死者を1人も出さない事。それをまず第一目標に置いておく。
それにはまず、最初の犠牲者アルバートさんのマルコスによる殺害阻止だ。
前回マルコスはアルバートさん殺害の理由を聞く前に死んでしまっているので説得するには工程を踏む必要がある。
しかし、ここで下手に刺激し俺も殺されアルバートさんも殺されてしまうというのはぞっとしない。
――ならばやる事はひとつだろう。
どうにかしてアルバートさんをマルコスから守りきることだ。
「おい、家主さんよ。悪いけど俺はもう疲れた。部屋はどうするんだ?」
決意を新たにする俺の鼓膜を緊張感のかけらもない声が揺らす。
声を発した人物は立ち上がるなりだるそうに首を鳴す黒々とした肌の屈強な肉体を持つ男――ガルディだった。
――今回はこいつが言うんだな。
そう思ってこれまでの記憶を探ってみると案外様々な人がこの台詞を言っていたことを思い出す。
「確かにそうですね。そうしましょう。二階の部屋をご自由に使ってください。今までは使用人たちが使っていた部屋です。本来ならば客人に特別な部屋を用意するべきですが何故時間がありませんでした。すいません」
そう言って深々と頭をさげる彼を見てこの光景も何度か見たななんて思う。
まったく、意味のない情報が多い事だ。
「そ、そんな事気にしないでください! 私は雨風が凌げれば十分ですから!」
そんなやけにたくましい事を言うのは、おおよそその外見から見るに雨風が凌げる程度ではすぐにダウンしてしまいそうな少女――リナさんだ。
彼女には前回のように繰り返しの記憶が残っているという事は無い筈だ。
現に前回の異様な積極性や悲しげな目はそこに起因している様で今のリナさんには全くその様子が見られない。
「はっはっは。たくましいですな。では皆さんまた明日会いましょう」
そんなアルバートさんの一言で俺たちは解散しそれぞれの部屋へ行き眠る事になった。
――“俺と数名を除いて”だが。
*******************
「よし……っ」
薄暗い闇の中手探りでドアへの細工を終えた俺は小さな掛け声とともに立ち上がった。
もちろん細工とは、アルバートさん殺害阻止のためのものだ。
しかし、別に殺そうとした人物を撃退したり、拘束したりするものでは無い。あくまで俺はアルバートさんと“マルコス”を救いたいのだ。
「頼むから上手くいってくれよ……」
一人不安げに呟き自作の罠を渋い顔で見る。これは、この部屋に入ったマルコスを諦めさせることが目的の、ある種の警報器だ。
――警報器だ。と言っても別にブザーが鳴るだとか光が出るだとかでは無い。
それでは誰かが意図的にやったのだと気付かれる。そして、それによって後々動きにくくなってしまう。
「それにまず作れないしな……」
そんな具合で完成した警報機は、ドアを開けるとドアの出っ張りに引っ掛けておいた台が倒れて、その上にある大きめの花瓶が落ちるというものだ。
その音は暗殺を目論むマルコスにとっては致命的になるだろうし、偶然と割り切って仕舞えば証拠も残らない。
「――筈だ、多分……」
段々と尻すぼみになっていく自己分析に不安を隠せない。
とは言えこれ以上なにをするでもない。あとは祈るのみだ。
それに俺はこれから人狼――シャルルとの戦闘を生き残るというかなり難しい関門も残っている。
実際、殺された回数では人狼がダントツだ。注意しすぎるということもないだろう。
俺は厨房へ行き手頃な銀製品を持って自分の部屋へ向かう。
シャルルを傷付けるのはやはり憚れるので銀製の鉄板のような物という比較的ダメージを与えないものにした。
「本当やることだらげだ……まったく」
長い廊下を歩き終え先程割り振られた自室の前に着きそう毒づくと、ドアを捻り今度はしっかりと鍵をかける。
逆にドアを開けておき、そこから逃げたり大声で助けを呼べば生存確率は飛躍的に高まる。が、それでは屋敷の人々やシャルルに危険が及ぶ。
実際今までのルートで何度かその方法をとった俺は多くの犠牲者を見てきた。
――惨劇を見てきた。
だから、それだけは嫌だった。
布団に転がるよう大の字に寝転がり目を閉じる。寝るわけにはいかないにせよ、なんとなくこうしたい気になった。
落ち着きたかったのだろうか。それともそのまま寝て運命に全てを委ねてしまいたかったのだろうか。
だが、それは許されない。
俺が、それを許さない。
――耳を澄ませば重々しい足音がベランダから微かに響いてくる。
圧倒的な重量とそれに起因する威圧感に全身を恐怖が撫でた。
懐かしすら感じる、冷や汗がじっとりと浮かび手足がしびれたような感覚。
俺はそれらを押さえ込みゆっくりと起き上がる。
それに呼応するように、黒い影は開いた窓から器用に入り込み、重々しく降り立つとゆっくりと立ち上がった。
「……っ」
薄暗い部屋で不気味に光る眼光と視線が交錯し再度恐怖に飲まれそうになる。
だが、飲まれるわけにはいかない。今きっと彼女は苦しんでいる。だったら、恐怖に身を竦めている暇などない。
「よお、シャルル……」
「グルルルル――!!」
およそあの可愛らしい少女の姿など欠片も見えない、まさに獣といった感じの“それ”は俺に呼応するように歯を剥き唸る。
彼女がどうして、どういう理由でこんなことになっているかすら、俺は知らない。
「――なら、それを今から知っていけばいい」
俺は慎重に間を詰め臨戦態勢に入る。
それを人狼は態勢を低くして迎える。その凶悪な形相は、笑みにすら見えた。
「ったく……いつもみたいに可愛く笑えよ――シャルル」
そんな愛する少女の姿に苦笑し皮肉る。
ふと寝静まった静かな館に花瓶の砕けちる甲高い音が響き渡った。
「――っ」
それに一瞬気を取られた俺の頰を、人狼の一撃が横薙ぎにかすめた。
喜びに高揚した心が、頰に抜ける灼熱の痛みに冷え切る。
「は、はは……っ」
これだ。この感覚だ。俺は、これに勝たなければならない。負けるわけにはいかない。
すぐさま距離を取り薄く避けた頰から伝う血を拭う。
「さあ、第一関門だ……!」
その時、やっと俺の遅すぎる抗いは、
――ギル・ルーズの逆転劇は、開始されたのだ。
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