近しき神 第六話



 その民家は、道路の脇に門があり、そこから赤土に砂利が敷かれた坂道を上ると少し小高くなったところに母屋が見えた。母屋から少し離れた脇に、簡素な倉も見える。

 母屋の方は屋根瓦も落ち、屋根には大きく内側に落ち込むような穴が開いている様子も見られ、窓ガラスも割れて廃墟然としてた。

 坂道を登りながら、


「どこに行ってしもたんやろな、あの生き物」


 きょろきょろしながら、独り言のように呟く圭吾。

 もしかしたら生きているものではなかったのかもしれない、とも圭吾は内心では思っていた。イザが見たと言ったものは、一体何だったのだろう。


「なぁ、イザ」


 少し前を歩いていたイザに、圭吾は言葉をかけるが、イザからは返答がない。

 黙々と歩き続けている。

 そして、イザは迷うことなく倉の前に向かった。肩に背負ったボディバッグをおろすと、開錠道具を取り出して鍵を開けようとする。


「……イザ?」


 イザは口数は多い方ではないが、決して無口ではない。

 まるで圭吾の存在を無視したかのように淡々と行動するイザに圭吾は戸惑いを覚える。

 何度呼んでも、イザから返答はなかった。黙々と、あらかじめプログラムされていたかのように作業をこなしている。

 鍵は簡単に開いた。トンと軽く押すと、扉は内側にぎーーっと軋みながら開いた。

 すぐ真後ろにいる圭吾の声がイザに聞こえている気配がない。


(……操られてる? ……導かれてる?)


 そんな考えが浮かぶ。

 どっちや。殴ってでも、我に返した方がいいやろうか。それとも、このまま任せた方がいいのか。

 いま、イザを動かしているのは、昨日イザが見たと言っていたあのケモノだろうことは想像がついた。昨日イザが姿を見た時点で、既に取り込まれていたのだろう。いや、イザを取り込むためにイザの前にだけ姿を現したのかもしれない。

 圭吾の迷いを他所に、イザは倉の中へと入ってしまう。






 数分後。

 ぎしっと木が軋むような音が圭吾の耳につく。

 圭吾は倉を見上げた。

 今度は、バキッと明らかに何かが割けたような大きな音がした。

 倉が左に大きく傾いでいるように見えた。


「やばい! イザっ、早く出ろ!!! 倒壊すんでっ!!!」


 倉の入口に飛びつくと、圭吾は中に向かって叫んだ。

 次の瞬間、ついに倉の柱は屋根を支え切れなくなり倉全体が左側に大きく傾いた。


「……っ!」


 倒壊する寸前、イザの腕が見えた気がした。

 圭吾は夢中でそれを掴んで、全体重かけて引っ張り、その勢いで地面に後ろから倒れこむ。

 地面を揺るがす轟音と振動、それに舞い上がった土煙で視界が閉ざされた。

 しばらくすると、次第に土煙が治まってくる。

 と、圭吾の体の上に乗っていたものが、起き上がって思いっきり咽かえった。


「げほっ……ごほっ……」


 土煙で真っ白になっていたが、イザだった。

 倒壊寸前で脱出できたようだ。イザの無事な様子を見て、圭吾はようやく胸をなでおろす。


「お前まで、潰れてしもたかと思うたわ」


 まだ咳き込んでいたイザだったが。左手に握っていたものを前に突き出し圭吾の胸に当てた。


「げほっ……これ、みつけた……。つか、気が付いたら、握ってた」


 イザに差し出されたものを、圭吾は両掌で受け取る。

 それは、動物の頭蓋骨だった。

 犬かタヌキの頭蓋骨のようにも見えたが、長い犬歯が特徴的だった。

 念のためにスマホで検索したニホンオオカミの頭蓋骨画像と比べてみる。


「間違いない。ニホンオオカミや。これが……あの神社のほんまのご神体や」


 単なる骨ではない。人々が篤く信仰してきた重みが掌に感じられた。

 やったーと圭吾が叫ぶ。

 長く人々に信仰されてきた本当のご神体が、このニホンオオカミの頭蓋骨だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る