ロシアの地にて 第六話
AK47を持つ男の一人が、天に向かって一発放った。森の中に鋭い銃声が響く。それが合図だった。
圭吾は体を反転させると、男たちとは反対の方向。森の奥へと駆けだした。
男たちが一斉に銃口を走る圭吾の背中に向ける。
弾が当たる可能性は今この瞬間。この空き地にいる間が一番高い。木々が茂る森の中まで逃げきれれば、狙撃されるリスクは格段に減る。
圭吾は祈る気持ちで全力で森へと走った。
2本のAK47と2丁のマカロフが一斉に火を噴く。
ただ圭吾にとって幸運だったのは、彼らの遊び心だった。すぐに射殺してしまってはつまらないと思ったのだろう。
AK47はフルオート状態であれば1秒間に10発の弾を撃つことができるが、今は圭吾をいたぶる目的のためにセミオートにしてあった。つまり、トリガーを引くたびに一発しか弾が出ないため、1秒間に1発程度の射撃しかできない。
とはいえ、それほど離れていない距離から背中に向かって2本のアサルトライフルに狙われたのだ。
致命傷を負う可能性も十二分にあった。
雷雨の雨音のように銃声が森に響き続ける。走る圭吾のすぐ脇を何発もの弾丸が掠めた。圭吾の周りの地面が、着弾によって土を跳ねさせる。
「………っ………!」
左足の
何か所、撃たれた? 白いワイシャツに鮮やかな赤い染みが広がる。
身体のあちこちが、燃えるように熱く熱を持っているようだった。今はまだ、痛みはさほど感じないが、身体を動かすたびにシャツやズボンが傷から流れ出る血でべっとりと濡れていくのを感じる。失血は明らかだ。でも、そんなことに構っていられない。
なんとか圭吾は木々が覆いしげる所までたどり着くことができた。わずかな安堵。そして、そのまま森の中へと走り抜ける。休んでいる暇はない。止まったら、すぐにでも撃ち殺される。それとも、あの長剣で切り刻まれるか。どちらにしろ、御免こうむりたい。
背後で、ロシア語の怒声がいくつも聞こえる。追え!とでも言っているのだろうか。
圭吾は息を荒く弾ませながらも、必死で手足を動かし続けた。撃たれた個所から動くたびに失血するが、今はそんなもの構ってもいられない。途中何度も、木の根に足をとられ転びそうになるが、すぐに立て直し、起き上がって走り続ける。
森に入ってからは圭吾の傍に飛んでくる弾丸がかなり減ったが、それでも彼らも追いながら撃ってくるのだろう。銃声が止むことはなく、木の表面で跳弾した弾丸が木の皮を削って木くずを弾き飛ばした。
男たちが予想していた以上に、圭吾の足は速かった。
森に入ってしまってもすぐに追いつけるものとタカをくくっていた彼らだったが、森に入るやいなや木々に隠れてしまい圭吾の背中が視界から消える。
探せ! 散らばれ!とリーダー格である全身タトゥーの男が叫んだ。男たちはAK47を前に抱えたまま木々の間を駆け抜けた。
どのくらい走っただろう。失血のためか視界が次第に朦朧としつつあった。
そのぼやけた視界に、木々の間一瞬何かが映った気がした。
森の中にあっては異質な、何かしらの建造物を思わせる硬質な何か。
圭吾は足をそちらに向けた。負傷しているとはいえ、男たちよりも圭吾の方が足が速いようだ。振り返っても男たちの姿は既に見えない。しかし、時折響く銃声や怒号、すぐにここまで追いつかれるだろうことは明らかだった。
圭吾は建造物の前まで走り出た。それは、森の中にあった一軒の民家だった。
窓から見える限りでは室内に明かりはなく、人の気配は感じられない。
入口を探して、民家の周りをぐるっと歩く。ウッドデッキのテーブルの上に小型のチェーンソーをみつけた。圭吾はウッドデッキの柵を乗り越えるとチェーンソーを手に取る。
それを右手に持ったまま入口のドアへと大股で近寄った。壁に体を預けてノブを回す。やはり鍵がかかってたようでノブは固く回らない。
圭吾はドアの前に立つと、右足を高く上げて踵をノブに勢いよく振り下ろす。撃たれた左足を支えにしているため痛みに顔を歪めたが、構わず何度もノブに踵を落とした。そのうち、ノブが根元から折れて垂れた。すぐに折れた部分に指を差し込んで、ノブが付いていた穴を指で弄る。カチと小さな音がして、ドアは外側に開いた。
圭吾は右手に小型チェンソーを持ったまま、滑り込むように室内に入る。
やはり室内には人の気配はない。室内を大股で歩いて真っ先にキッチンへと向かった。冷蔵庫を開けるものの、生憎食べられそうなものは何も入っていない。
「くっそ!」
八つ当たり気味に、忌々し気に冷蔵庫の扉を叩きしめた。
おそらくこの家は、夏場にだけ使うための家なのだろう。廃墟というわけでもないが、ここ最近人が使っている気配はなかった。
キッチンのテーブルに小型チェンソーを置くと、圭吾は床に座り込んでシャツをまくり上げた。傷の状態を確認するためだ。
撃たれたのは、3か所。左足の
左足の脹脛と脇腹は、弾は貫通したようだ。体の裏側の弾が入った場所の穴の大きさと、身体の表側の弾が出て行った穴の大きさが、ほぼ同じ。これは、拳銃による銃痕だろう。
それに気づいて、圭吾はほっと安堵の息を漏らす。
拳銃で良かった。もし、あのAK47で撃たれていた傷だったとしたら、その場で動けなくなっていただろう。脇腹も掠った程度で、ぎりぎり内臓の損傷は免れているようだった。
アサルトライフルの弾と、拳銃の弾では威力が倍以上違う。
拳銃の弾は貫通すれば、通常弾であればその弾が通った部分に穴があくだけの場合が多い。
一方、アサルトライフルの弾は遥かに早いスピードとパワーで体を抉る。そのため、弾が回転した勢いと衝撃波で周りの肉を巻き込みながら突き抜ける。したがっ
て、早い話が弾の大きさ以上にこちらの組織がぐちゃぐちゃになる。
そう。圭吾の左肩のように。
左肩は、背中側は小さな穴が開いているだけだが。胸側では、圭吾の掌ほどの大きさに真っ赤に肉が抉られていた。おそらく骨もやられている。今、動かすのが難しいだけでなく、治ったところで完全に今まで通り動くようになるか分からない。もしかしたら、一生こっちの肩は上がらなくなるかもしれない。
とはいえ、今後のことは今はどうでもいい。今の、この場を切り抜けないことには、今後なんて来るはずがないのだから。
左肩からは、おびただしい量の血が流れだし、圭吾の半身を赤く染めていた。
圭吾はキッチンの棚を探ると、瞬間接着剤を見つける。それを足と脇腹、肩の上に雑に塗る。今、血を極力止めることができるなら、それでいい。止血帯などで縛っている時間がないのだから、仕方ない。血を止めないことには、失血性ショックに陥ってしまう。接着剤での止血は後で本格的に治療をする際剥がすのが大変だが、これ以上血を失うのことはできるだけ避けたい。
肩で呼吸をするたびに、肩の傷が疼いて顔を顰める。しかし、既に大量の血を失っている現在、口で呼吸をしないと十分な酸素が体中に巡らせられなくなっていた。自然、呼吸は粗くなる。
止血が終わると、圭吾は室内を物色した。何か、武器になるものはないか。
キッチンでナイフを一本みつけた。それに、リビングの壁にかけられた不思議な形をした銃のようなもの。ライフルのような形をした木製の銃身をもつ銃だった。観賞用だろうか?傍の引き出しを弄ると、おそらくそれ用と思われる弾の箱も見つける。その銃を手に取ると、弾の箱を鷲掴みにしてズボンのポケットにねじ込んだ。
そろそろあの男たちがこの民家に気付いて近寄ってきていてもおかしくはない。
どうやって戦おう。一対一なら、負ける気はしない。しかし、複数対一人の場合は戦略が必要になる。それを考える事は、圭吾はあまり得意ではない。
(どうしたらええんやろう……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます