第二章 呪いの日本人形
呪いの日本人形 第一話
東京から南下して電車で30分ほどのところにある、近県某所。
政令指定都市のひとつだが、主要駅周辺から沿岸にかけての歓楽街と工場地帯を有する地域は治安が悪いことでも有名だった。
その一角に、イザが借りている2DKのマンションがある。
住居にしているマンションはもう少し治安のいい地域にあるのだが、この部屋は仕事用に借りているもののうちの一つだった。
裏の商品を扱うブローカー(仲介者)兼ディーラー(販売者)がイザの仕事だった。
扱う商品は、最近は重火器が多いが、以前はドラッグなども扱っていた。
この日も、運び屋から商品が届けられる予定になっており、イザは仕事場でぼんやりスマホでもしながら待つ。
家具の類は、ほとんど置いていない。どうせ、すぐに引き払って別の場所に移してしまうのだから。
あるのは、作業用のテーブルと、椅子くらいだ。その椅子に横座りに腰かけて、背もたれに肘をかけ、イザはスマホをいじっていた。
マネーロンダリングを委託している業者からのメールをチェックしていると、部屋の呼び鈴が鳴る。インターホンの画像だけチェックすると、イザは裸足のまま、キッチン横にある小さなタタキに足を置いてドアガードをかけたまま僅かにドアを開けた。
「よぉ。持ってきたぞ」
見知った運び屋の顔が、わずかな隙間から覗く。
イザは無言で一旦ドアを閉めると、ドアガードを外して、もう一度今度は大きくドアを開いた。
「遅かったな」
抑揚のない声で言うイザに、運び屋の男は頭を掻く。
「いや、まいったよ。国道のあたりで、サツが検問張ってやんの。迂回するんで、余計な時間がかかっちまった」
壁際に逸れて右手でドアを押さえるイザの横を、運び屋の男はもう一人の男と何やら大きな木製の家具のようなものを抱えて、後ろ向きにそろそろと室内に入ってきた。
かなり重量はありそうで、二人は奥の部屋までソレを運び込むと、声でタイミングを合わせながらそっとフローリングに置いた。
「さんきゅ」
「今回は一個だけだ」
「ああ、聞いてる」
運び屋の男は、服の袖で額の汗を拭うと、じゃ、またなとイザの肩を軽く叩いて出て行った。
「さて……と」
イザは、部屋に置かれたソレに視線を投げる。
それは、木製の
縦横それぞれ150センチほどあり、横長の引出しが5段しつらえてある。
段にはそれぞれ、梱包テープで目張りがしてあった。
その目張りを、イザは乱暴に剥がしていく。
全ての目張りを剥がし終えた後、引出しの左右二か所につけられた黒い鉄製の金具を両手で握って引出しを引っ張り出す。
引出しには、梱包材として入れられているクシャクシャのクラフト紙が詰まっていた。それをどけると、下から現れたのは紙に包まれた細長いもの。その包みを破くと、中からは鈍く黒光りする銃身が姿を現す。
一つの引出しに、それぞれアサルトライフルなら2、3丁。ハンドガンなら5、6丁が収まっていた。
それらを一つ一つ、包装を剥がしてフローリングに並べる。
引っ張り出した引出しは、適当に傍らに積み上げておいた。
品物を全てフローリングに並べ終えてから、数と銘柄を確認するイザ。
「……と。全部、あんな」
客から受注があったものが、注文通りに届いていることを確認して、イザは小さく息を吐くと、テーブルの上に置いてあった赤のマルボロを手に取って一本、口にくわえた。
ライターで火をつけて煙を一本の線のように吐き出すと、スマホで先ほどの運び屋に確認が終わった旨の連絡を入れる。
重火器を仕入れる方法は、幾通りもあるのだが。
これは、最近よく見る運搬方法だった。
海外のマフィアやシンジケートを通って密輸された武器類は、大概、港経由で日本に入ってくる。
チェックの甘い地方の港が使われることも多く、そこで運び屋が受け取った後に、イザみたいな都市部にいる仲介屋のところまで運んでくる。もちろん運搬方法は、警察などに補足されないよう頻繁に変わる。
今回の運搬方法は、最近よく目にするので、流行してる運び方なのだろう。
家具の中に入れて、違法物品を配送する。家具は材質によって本体の重さがまるで違うが、多くの人にとって家具=重いものだという印象がある。
そのため、比較的軽めの木材や薄めの板でできた家具に重火器を入れて引っ越し荷物のようにして運ぶと、全体の重量が重くなっていても一見違和感はなく、警察当局にも見過ごされやすい。
もっとも、金属探知機を当てられれば一発でバレるので、雑なやり方ではあるが。
使い終わった家具は、適当にリサイクルショップなどに流してしてしまえば、それで仕舞いだ。
「これ、また運ぶのが面倒なんだよな……」
一人じゃ無理だから、誰か人呼んで手伝ってもらわなきゃな……などと紫煙をくゆらせながら考えていたイザ。とりあえず、邪魔な引出しをタンスに戻そうとして、ふと手が止まった。
「あれ……?」
引出しはすべて同じサイズだったとばかり思っていたが、一つだけ奥行きが10センチほど短いものがあった。
「なんで、これだけ短いんだ?」
この段は、どこに入れればいいんだっけ?とタンスの前に膝をついて、引出しの抜かれた箪笥の奥を覗き込む。
全ての段を上から順に覗いてみると、明らかに一番上の段だけ奥行きが狭くなっていた。
(……なんで?)
右手を上段の奥に伸ばして、最奥の木板に触れる。
箪笥表面の磨かれてニスが幾重にも塗られた艶やかな表と違い、奥は指でわずかに触れただけでもわかるほど、ざらつく粗い木肌をしていた。
その奥の木板を、なんとなく、ぐっと力を込めて押してみた。
すると、ゴトンと小さな音を立てて、奥の木板が倒れる。どうやら、そのさらに向こうにも空間があったらしい。
貴重品などを隠しておくために、外からは分からない場所に小部屋がつくられたものは、カラクリ箪笥などと呼ばれるらしい。
これも、その一種だったようだ。
(……なんか、ある)
木板の奥の空間に手を伸ばすと、そこに何やら指に触れるものがあった。
木の感触とは違う。柔らかい布のような、糸のような。
それを指で摘まんで、イザは引っ張り出した。
ずる……と引っ張り出されたそれを手に取って、イザは気持ち悪そうに眉間に皺を寄せた。
「……なんだ、これ」
それは、一体の人形だった。市松人形とも呼ばれる、和服をきた髪の長い少女の人形。
精工に作られた白い能面のような顔が、イザを見上げていた。
引っ張り出したせいか、髪が乱れて手にまとわりつく。
イザは、じっ……とその人形を見たあと、立ち上がって部屋の片隅まで歩く。
そして、興味なさそうにゴミ箱に人形を叩き捨てた。
ガゴンとゴミ箱が揺れて、人形は頭からごみの中に突っ込んだ。
それを、無感動な目で一瞥したあと、イザは部屋を後にする。喉が渇いたので、コンビニでビールでも買いに行こうと思ったのだ。
玄関のタタキで靴を履いているとき。奥の部屋、先ほどまでイザがいた部屋の方から、ガタンという音がしたような気がした。
しかし、なんか物でも落ちたんだろうと思って、気にせず玄関の扉を開けた。
コンビニで雑誌やらビールやらを買って帰ってきたイザは、箪笥の部屋に戻ってくると買い物袋をテーブルの上においた。
冷えたビールの缶を白いビニール袋から取り出して、プルトップを開ける。
喉を冷たい苦みが滑り落ちていった。
さて、仕事の続きをしなきゃなと思って先程届いた重火器に目を落としたイザは、ふと違和感に気いた。
運び屋が持ち込んだ木製のカラクリ箪笥。
その箪笥の上に、市松人形が足を前に出して、お行儀よく座っていたのだ。
髪は乱れてあちこち絡んだままだったが、その無機質な黒い瞳をイザの方に向けている。
「……あれ? 俺、捨てたよな……」
たしかに、ゴミ箱に投げ込んだ記憶がある。
投げ込まれた状態のものを一瞥した記憶もある。
人形に近づくと、イザはその人形を片手でつかみ上げた。
まじまじと人形を眺める。ひっくり返したり、着物の中を覗いたりするが、やはり動力になりそうなものは何もついていない。
ごくごく普通の、布と木でできた日本人形だった。
(……なんだ、これ)
背筋を冷たい金属の棒で撫でられたような気持ち悪さが走った。
さすがにイザも、これは何かオカシイ現象が起きているんじゃないかと思い当たる。
(人形が、一人でゴミ箱から出て箪笥をよじ登ったってのか?)
まさか、そんなはずはない……と思いたいが、目の前の光景がイザの淡い期待を打ち砕く。
自分自身の手で人形を箪笥の上に置いたということは、考えられない。ありえない。
じっ……と手に持った人形を凝視するイザ。
そのとき。人形の赤い小さな花弁のような唇が、わずかに動いたような気がした。
「………うわっ」
瞬間的に沸き起こった恐怖で、イザは人形を壁に叩きつけた。
思わず反対の手に持っていたビールの缶も落としてしまい、缶は中身をぶちまけながら床に転がった。
人形は抵抗することもなく、べたっと壁にぶつかると、長い黒髪をばらつかせながら床に落ちる。俯いて落ちた人形は、そのまま床で微動だにしない。
当たり前だ。人形なんだから。
人形が勝手に動き回るなど、あっていいはずがない。
イザは、この人形を一刻も早く処分したくなっていた。
気持ちが悪い。
薄気味悪い。
一秒でも早く、目の前から消したい。
イザは意を決してもう一度人形に近づくと、うつ伏せになっている人形を乱暴につかみ上げる。
顔を見たくない。うつ伏せで良かった。
人形を掴んだままキッチンへいくと、隅に置いてあった燃えるゴミの入った半透明な袋に人形を放り込んだ。
そして、袋の入口をきつく縛る。
足早にキッチンを去って玄関で靴を履くと、外に出た。そのまま階段を下りて道路に出る。
たしか、明日は燃えるゴミの日だ。
イザはマンションのごみ集積所にいくと、ごみ用コンテナの蓋をあけて、その中にゴミ袋を叩きこんだ。つんと鼻腔をすえた異臭が掠める。
ゴミ用コンテナの蓋を閉めるとそのコンテナに両手をついて、はぁ…と安堵のため息をついた。
ゴミ収集は明日。
今日はもう、この近辺には居たくないな。
仕事を切り上げて家に帰ろう……イザは、そう決心した。
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