呪いの日本人形 第四話

 

 とりあえず。

 イザは、その人形を自宅に置いておくのも嫌なので、一番初めに人形と出会ったあの仕事場まで再び持って行くことにした。

 そして、あのカラクリ箪笥の上に置くと。

 イザは少し腰を折って人形を真正面から見据えた。


「お前、意志あるよな? 勝手に動いてるよな? 俺、勝手にお前を意志あるものとして扱うからな」


 そして、息を吸い込むと、一気に告げる。


「お前が捨てられたくないのは、分かった。とりあえず、今のところは置いておいてやるけど、正直自宅には置きたくない。だから、ここにいとけ。わかったな?」


 人形は、もちろん何も答えるはずもなく、そこに人形然として固まっている。

 改めてじっくり人形を見てみると、確かに娘が言ったように高価そうな人形だな、と思う。

 イザには人形の値段なんて皆目見当はつかないが、造作の巧みさを見れば大量生産でつくられたものでないことくらいは分かった。


 それに、観察してみて気付いたことがある。

 人形の顔や手足は、作られてからかなり年月が経っているようであちこちが黒ずんでいた。

 しかし、着ている着物は経年劣化を感じさせない鮮やかな朱色を放っている。おそらく、最近着せ替えられたものだろうという察しはついた。


 さて。これからどうするか。

 人形供養の寺に持ってくことは失敗したし。それを圭吾に伝えて今後のことを相談したかったが、仕事で忙しいのだろう、圭吾はあれから電話に出ることはなかった。


 冷蔵庫から缶ビールを二本取り出すと、一本はプルトップを開けて自分で飲む。数口飲んだ後、もう一缶のプルトップを開けて、口はつけずに人形の横に置いた。

 なんとなく、こいつビールとか好きだろうという気がしたのだ。


(俺、何やってんだろうな……)


 と、我ながら自分でも思う。

 自分の缶を手に椅子に腰を下ろす。

 ああ、そうだ。仕事途中のまま放り出してたんだったっけ、とフローリングに並べて置かれた重火器類を気怠げな視線で見やる。でも、今は仕事に取り掛かる気には、やっぱりなれなかった。


 運び屋は、どこの港でこの荷を受け取ったと言ってたっけ。

 運び屋との会話を思い出す。

 そうだ。金沢港を使ったとか言ってた。

 そこで、ふとイザは思い当たる。

 この箪笥がどこから来たのか突き止めれば、この人形の元の持ち主もわかるんじゃないだろうか?

 そいつに問いただせば、もう少し具体的な対処方法が見つかるかもしれない。

 箪笥が人の手を渡り歩いている途中で、何者かがあの隠し小部屋に人形を入れたという可能性もなくはないが。

 元の人形の持ち主がこの気持ち悪い人形を手放すために、引出しで抑え込んで中から出ることができなさそうな構造のこのカラクリ箪笥にそっと仕舞い込み、箪笥ごと売りに出したとも考えられる。

 自分が、人形をゴミ捨て場に捨てたのと同じように。なんとかして手放そうとしたのかもしれない。


「……ちょっと探ってみるか」


 イザは、運び屋にこのカラクリ箪笥をどこで手に入れたのか、詳細を聞くために電話をかけた。






 運び屋が言うには、このカラクリ箪笥は、金沢港近くのリサイクルショップで手に入れたものらしかった。

 そのリサイクルショップの連絡先を教えてもらい、その店に電話を掛ける。

 店の店長は、はじめは個人情報保護違反になるからといって、仕入元の詳細を明かすことを渋っていた。しかしイザが、そちらで購入した箪笥に前の持ち主のものと思われる財布とカード類が入っていたので本人に返したいと嘘を言ったところ、そういうことならとまんまと仕入元を教えてもらうことができた。


 仕入元は、リサイクル商品の卸業者だった。その卸業者にも、同様の嘘を伝えて箪笥の仕入元を教えてもらう。

 仕入元は、金沢郊外にある質屋だった。

 結構、いろんな人間の手を通って流れ着いたんだな、この箪笥。なんてことを思いながら、その質屋にも架電してみた。


 しかし。

 その質屋の店主は、何を言っても断固として入手先を教えてくれなかった。

 おそらくその質屋にこの箪笥を質に入れに来た人物こそが、元の持ち主なのだろうことは予想がついていたのに。

 あと一歩で元の持ち主が判明しそうというところで、調査は頓挫してしまう。

 粘ってはみたが、年老いた声の店主には無意味だった。

 通話を切るボタンを押して、イザは嘆息する。


「くっそ……あと一歩だってのに」


 何気なく、視線があの人形の方に向いた。人形は相変わらず、身じろぎ一つせずそこに座って焦点の定まらない目を虚空に向けていた。


「……仕方ない。こうなったら、行ってみるか」


 明日の朝、その質屋のある金沢郊外まで行ってみることに決めた。

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