呪いの日本人形 第五話


 一旦自宅に戻って休み、翌日その部屋に戻ると、人形は未だタンスの上に鎮座していた。

 夜中にまた勝手に動いて自宅にまで来るんじゃないかと、ちょっと怖かったイザだったが、部屋に人形がそのままの状態でいたことに、ほっと息を吐いた。


 その人形を鞄に入れると、東京駅に向かう。

 東京駅から北陸新幹線のかがやきに乗って、2時間半。

 着いたのは、金沢駅だった。

 そこからさらに在来線に乗って30分ほど行くと、その町はあった。

 駅を出ると、目の前はロータリーになっておりバスが一台止っている。

 ロータリーの先には、おそらくこの町で一番にぎわっているであろう商店街が伸びていた。

 にぎわっているといっても、イザの住まいのある辺りとは比べ物にならないくらい人は少なく、平日昼間だというのにシャッターの降りている商店も散見されるが。

 スマホに入力した住所をもとに、イザは案内されるナビに従って歩いて行く。


 商店街を横道にそれ、しばらく歩いたところにその質屋はあった。

 入口に『ブランド買取』なんて看板がぶらさがっている。

 擦りガラスの引き戸を開けると、4畳半ほどの部屋の奥に木製のカウンターがあった。

 そのカウンターの奥には、眼鏡を下がり気味にかけた年老いた男が何やら電卓を弾いていた。この男が、昨日イザが電話で話した店主だろう。


 店主はずり落ちそうな眼鏡の上から、こちらをじろと見やると、いらっしゃいと気のない挨拶を投げてきた。

 イザはカウンターへと足を進めると、ぼんと手に持っていた鞄をカウンターの上に投げるようにして置く。


「これを買い取りで? それとも質に?」


「いや……俺は、昨日電話した田中というものです」


 店主は視線を天井にめぐらせたあと、ああ、と声を漏らす。どこか迷惑そうな響きがあった。あの、しつこかった電話相手かとでも思っていたのだろうか。


「もしかして、わざわざそのことで、この金沢まで来なすったんで?」


「はい」


「……」


 店主が言葉をなくす。

 少し間があったあと、店主は小さく嘆息すると、手元でめくっていた帳簿をぱたんと閉じた。


「たしか。この店から流れた箪笥を、お持ちとか言ってましたか。そして、その箪笥の中に、元の所有者の財布が入っているから、本人に返したい、と」


「ああ。……でも、本当は財布じゃないんです。返したいものは」


 イザはカウンターに置いた鞄のチャックを開ける。

 中には、あの日本人形が大人しく入っていた。今回は、消えなかったようだ。ここで消えられたら、本気で泣きたくなったところだったが。

 日本人形を見て、店主が息を飲むのを、イザは見逃さなかった。


「……あんた。この人形の持ち主。知ってるよな?」


 カウンターに肘をついて、イザは店主の前に身を乗り出す。

 店主は、指でずり落ちた眼鏡を直すと、人形を見ながら何やらじっと考え込んでいるようだった。


「もし持ち主を話せないってんだったら、この人形はここに置いていく。あんたが、持ち主に返してやってくれ」


「……」


 店主は人形を眺めながら何やら思案しているようだったが、最後に、わかったよと弱く呟いた。


「この私物が入っていることに気付かないまま買い取って流したのは、私のミスだ。あの箪笥をここに持ち込んだ方の住所を教えよう。ここまで来たんだ。あんたさんが直接返しにいけばいい。ただし」


 絶対に自分が言ったことは先方には言わないでくれよ、と念押しすることも忘れなかった。

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