守りたいモノ7
圭吾の強い意志が感じられる言葉を聞いて。放心したように、アウリスはぺたんと木箱に腰を落とした。
すっかり体の力が抜けてしまったように力なく座り込んでいる。
何か悪いことを言ってしまったんだろうかと圭吾は心配になるが、これ以上自分が何を言っても逆効果になってしまいそうで、うかつに声をかけられない。
アウリスはしばらく俯いていたかと思うと、やがてその細い肩が小刻みに震えだした。
「……どうしたん?」
心配になって、圭吾はアウリスの肩に手を置こうとする。
しかしその寸前で、アウリスはバッと顔をあげた。
アウリスの口から、漏れたのは笑い声。高らかな笑い声だった。
「ハハハ……」
笑いながら、しかし、アウリスの目の端には光るものが浮かんでいた。
「……なんだ。なんで、お前にこんなこと話そうと思う気になったのか。今、ようやくわかった」
そう呟いたあと、アウリスは目の前にいる圭吾の胸元を掴むと、強く引き寄せた。
あっけにとられて引き寄せられる圭吾。
泣き笑いの顔のまま、アウリスは圭吾に言う。
「お前は、私に似ているんだ。私たちが、抱えているものは、同じだ」
笑いながら、アウリスの双眸からは次から次へと涙が零れ落ちて止まらなかった。
「お前は、私と同じだ。私たちは、仲間なんだ。だから……」
圭吾のシャツの胸元を掴んだまま、ひとしきり泣いたあと。アウリスは、ぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。
その間、圭吾はずっとアウリスを黙って見つめていた。
彼女は言葉を間違えないように、ひとつひとつ確かめるように、静かに語りだした。
王の第一子として生まれたこと。正妻である母には、なかなか子どもができず。ようやくできたのが、女である自分だったこと。
古くからあるシキタリで、男子しか王位を継げないこと。
そのため、物心つく前から周囲に女だということを隠して、男として育てられてきたこと。
国内には王族や高官を出す民族と、もう一つの民族の二つがあり、今まで互いに上手く共存してきたけれど、その関係が日に日に悪化していること。
王族や高官による富の独占、独裁的な政治により民衆の不満は爆発寸前まで高まっていること。
このままいくと、内戦や民族浄化闘争が避けられないこと。
今まで同じ国の中でそれなりに仲良く暮らしてきた二つの民族。隣同士に暮らしているもの、同じ学校で机を並べるもの、一緒に働いてきたもの。
そういう者たちが、ある日突然殺しあう。
そんな争いが、世界中ではあちこちで起きている。
「そうなる前に。できる限り、未来につながる国の礎を築いて。私は、すべての罪を王族に被せ、その王族一族を民衆に倒させることでこの争いを終わらせたいのだ。王族以外の血を流させることなく」
民族対民族ではなく。
宗教対宗教でもなく。
王族対民衆という形にして、クーデターによって民衆に王族を討伐させることで被害を最小限にし、未来につながる国の形をつくっていきたい、という。
「でも、それって……」
圭吾が、率直に思った不安を口にする。
それでは。アウリスも、民衆に倒される王族の一人になってしまう。いや、筆頭だろう。
アウリスは、こくりと頷いた。
「ああ。そうだ。私は、自分や。自分の家族を犠牲にすることで。穏やかで平和で、みなが幸せに暮らせる国を作りたいんだ」
アウリスは、どこか清々しさすら感じる微笑で、圭吾を見上げた。
「私たちは、似たようなことを考え。似たような理由で。犠牲になろうとしている。知られることもなく、感謝もされることもない。……だけど」
アウリスと圭吾の視線が合わさる。
「それでも。未来のために、やらなきゃいけないと、思っている」
な? 同じだろ? と、アウリスは笑った。
そのアウリスの笑顔が、突如驚きに変わった。
圭吾が突然、アウリスに抱きついたからだ。
ぎゅっと苦しいほどに抱きしめられて、はじめは戸惑っていたアウリスだったが。
圭吾の背中に両手を回して、抱きしめ返した。
いつまで、そうやっていただろうか。
長い間、抱き合っていた。お互いの存在を、確かめるかのように。
そして。どちらともなく体を離すと、お互いに顔を見つめて笑いあった。
二人が倉から出たときには、もう東の空が薄っすらと白み始めていた。
圭吾はまた背負って屋敷まで戻ろうかとアウリスに提案したが、アウリスは首を横に振った。
「いい。今度は、私も自分で歩いて帰ることにする」
そう言うと、二人は並んで屋敷に向かって歩き出した。
隣を歩くアウリスを眺めながら、圭吾は何だか胸の中が温かい気持ちでいっぱいになる気がしていた。
彼女のことを、もっと知りたい。接していたい。触れてみたい。
そういう感情を、きっと恋と呼ぶのだろう。と、思う。
もっとずっと見ていたい、彼女のことを。
彼女が何を思い、何を考え、これから何をなそうとしているのか。
見届けたい。
二人が共に生きれる時間は、それほど残されてはいないだろうということは薄々わかってはいたけれど。
そう強く願わずにはいられなかった。
2日間御堂家に滞在しながら公務をこなしたあと、アウリスとその一行は関西国際空港から次の目的地へと飛び立っていった。
本宅を出る直前。圭吾はアウリスから一枚の紙きれを渡された。
「これは、私の信頼する側近の一人の連絡先だ。もし……」
どこかぎこちなく、アウリスが視線をめぐらす。
「もし……私に連絡することがあったら。この者に連絡してくれ。そうすれば、きっと私に繋がるだろう」
圭吾は紙をちらとみると、ぎゅっと握って満面の笑みで返す。
「ああ。ありがとう。絶対、連絡する」
圭吾の言葉に、アウリスはほっと安堵したようだった。
その後は、お互いに忙しく、また周りに大勢の人間がいたためにほとんど言葉を交わす機会もなく、アウリスは機上の人となった。
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