守りたいモノ13
入国すると真っ先に、王族の処刑が行われたという広場へ向かう。
途中すれ違った民衆たちは、みな、革命の成功に歓喜の声をあげ、あちこちでお祭り騒ぎとなっていた。
しかし、処刑が行われた広場は、まるで人々から忘れ去られてしまったかのように、ひっそりとしていた。
ほとんど人影は見当たらない。
車を降りると、圭吾は処刑が行われたと現地の案内人に言われた広場の一角へと駆けていった。
何度も見たあの動画と同じ場所が、目の前にあった。
既に遺体はどこかに持ち去られており、行方はわからなくなっていた。
しかし、その場には壁に無数の銃痕があった。地面には、流血によるものと思われる黒い染みが至る所に残っている。風に乗って漂う死臭がわずかに、鼻につく。
圭吾は、アウリスが最期に立っていた場所の血だまりの痕まで来ると、足を止めた。
あの動画を見てもなお、あれが何かの間違いであってくれればいいと思っていた。どこかに生き延びてくれていたらと願っていた。
けれど、目の前にある処刑の痕は、そんな願いなんてもろくも吹き飛ばした。
圭吾は、崩れるように膝をついて、その場に両手をつく。
人はあまりに悲しいことにあうと、自分の精神を崩壊から守るために、すぐに涙なんて出てこない、という。
でも、圭吾はその日のことを、ずっと怯えてきたからだろうか。
双眸から涙が流れ出て、止まらなかった。が、それを拭う余裕さえなかった。
数日前。彼女は、確かにここで殺されたのだ。
その確固たる証が目の前にあった。
「……アウリス……。アウリス……」
圭吾は地面の血の染み込んだ砂を両手でかき
覚悟はしていた。彼女を好きになったその時から。
この日が、いつか来るとは判っていた。
でも、それでも。
それでも。
心が軋みをあげる。
「……ほんまに。ほんまに、よぉ、頑張ったな」
地面に頭を落とすと、圭吾は声を上げて肩を震わせて泣いた。
心の軋みから血が滲み出るように涙が、声が止まらなかった。
何時間、そうしていただろうか。
夜の帳もおりて、あたりはすっかり夕闇に沈んだ頃。
もう泣き声は聞こえてこない。声はすっかり枯れて出なくなっていたが、圭吾はいつまでもそこから動かずにいた。
たった一人広場に座り込む圭吾のもとに、一人の男が近づき声をかけた。
何度か呼びかけても圭吾が男に気付いた様子がないため、男は圭吾の肩に手をかけて軽くゆする。
そこで圭吾はようやく男の存在に気付いて、のっそりと憔悴しきった顔をあげた。
「圭吾様、ですね。お待ちしておりました。お渡ししたいものがございます。こちらへいらしていただけないでしょうか」
圭吾はぼんやりと男を見上げたあと。再度、地面の染みへと視線を落とした。
すっかり男の存在を忘れてしまったように、圭吾はピクリとも動かずに視線を落としたままだ。
それでも男は待った。
数十分は待っただろうか。ふいに、のっそりと立ち上がった。
「その……鞄の中に、袋入ってるから。とってくれへん?」
言葉はとぎれとぎれで、泣きすぎたためか声は枯れて聞き辛かったが、男は圭吾に言われたとおりにしてやる。
圭吾は男から袋を受け取ると、手に抱いていた血の染み込んだ砂を大事そうに袋の中に入れ、鞄に仕舞った。
圭吾の準備が整ったことを見計らって、男が圭吾を先導する。
圭吾は男についていこうとして歩き出したが、すぐに立ち止まって振り返る。そして処刑場をもう一度、静かな瞳で見た。心の中でもう一度、最後の別れの言葉をつぶやき、圭吾は男の方を向きなおして今度は立ち止まることなく歩いていった。
静寂に包まれた人気のない広場とは違って、大通りの方では浮かれたようにはしゃぐ人々の声や祝いの爆竹の音がいつまでも響いていた。
圭吾が連れていかれたのは、車で小一時間ほど走ったところにある郊外の小さな村だった。
その村の、さらに外れにある小屋に連れていかれる。
小屋の扉を開けると、二間しかない小さな小屋の奥の部屋に一人の女性の姿があった。その女性には圭吾は見覚えがあった。アウリスの身の回りの世話をしていた女性だった。男は彼女の夫なのだという。
その世話係の女性の隣には、籐でできた一抱えほどの籠が置かれていた。
籠には柔らかそうな花柄のクッションが置かれ、そこに一人の赤ん坊が布に包まれて寝かされていた。
赤ん坊は、すやすやと安らかな寝息をたてている。
「アウリス様からお預かりしました。貴方様に届けてほしい、と」
圭吾は籠の前に膝をつくと、おそるおそる赤ん坊に手を伸ばす。赤ん坊は、眠ったまま差し出された圭吾の指をぎゅっと握って、むにゃむにゃと母親の乳を求めるように口を動かす。
「アウリス様はクーデターを予期され、その前にこの子だけは、と帝王切開でお産みになられました。2月11日のことでございます」
「アウリス……」
赤ん坊はまだ新生児特有のか細さと触れれば壊れてしまいそうな儚さを残していた。
アウリスがこの場にいないことが不思議でならないほど、赤ん坊はまだとても小さい。
「アウリス、ありがとう……」
できることなら、一緒に誕生を祝いたかった。彼女の目の前で、感謝の言葉を延べたかった。でも、それはもう叶わない。
自分は、託されたのだ。この子の未来を。
「イズミ。一緒に、帰ろうな」
イズミと呼ばれたその子は、母がいなくなってしまったことも、父の深い悲しみも知らず。小さな欠伸を一つした。
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