守りたいモノ14
それから、15年の年月が流れた。
圭吾は自宅の縁側に腰かけて、庭に生えた樹木の葉を眺めていた視線を、隣に座る息子に戻す。
「それが、俺とアウリスとの話の全てや」
いままで息子には実の母親は死んだのだとだけ教えていたが、彼女がどういう人間で、どう生きてきて、どう死んだのかということは今日初めて話して聞かせたのだった。
息子は……
それは、圭吾には分からなかった。
圭吾と同じ色をしている和泉の黒髪を、風が軽く凪いでいく。
和泉は庭の池の鯉たちに向けていた黒い瞳をあげて、父を見やった。
その瞳は、深い思慮の海から戻ってきたような煌きを浮かばせている。髪と目の色は父親似だが、顔立ちは母親によく似ていた。黙っていても聡明さがにじみ出てくるような和泉の面立ちに、圭吾はよくアウリスの姿を重ねたくなることがある。
「母さん……すごい人だったんやね」
「そうやな」
圭吾は息子ににっこり笑いかける。
「いまも。俺が一番尊敬して、一番大好きな人や」
「……息子は二番目?」
「まぁ、そういうこっちゃ」
声を出して圭吾は笑う。そして、ポケットから一つのガラス製小瓶を取り出すと、和泉の手に握らせた。
これは?という顔をする和泉に、圭吾は自分の首から下げた細いチェーンを手繰り寄せて、チェーンの先にぶら下がっているものを和泉に見せる。
「これと同じものが、その瓶にも入っとる」
圭吾が首から下げたチェーンには、小さなステンレス製の筒状ペンダント。中には圭吾が持ち帰ってきたアウリスの血痕が染みた砂が入っていた。
和泉が覚えている限り、父は風呂に入るとき以外は常に首にそのペンダントを下げていた。
そのペンダントを、圭吾はギュッと握る。もう癖になってしまっているくらい、その仕草はよく圭吾がやる仕草だった。
「そっちは、お前にやるわ。大事にしとき」
和泉は目の前にその小瓶を掲げて、中身を日の光にあてる。傾けると、中の砂粒がころころと動いた。
そしてそれを掌で優しく握って胸にあてると目を閉じた。何か、温かいものが伝わってくるような気がした。
「うん。大事にする」
目を開けると、まっすぐ圭吾を見上げて、微笑む。
和泉は知らないが、笑い方もアウリスにそっくりだと圭吾は心の中で思う。
「父さん」
「ん?」
「父さんが死んだらさ。その砂。一緒に墓に入れたげるわ」
唐突な和泉の言葉に、圭吾は一瞬目を丸くするものの、すぐにふわりと笑みになる。幸せを噛みしめるような微笑みだった。
「……ああ。ありがとうな」
縁側に腰かける親子の上に、柔らかな春の日差しが慈しむように降り注いでいた。
守りたいモノ おわり
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