近しき神 第四話



 圭吾は身軽そうに階段を足早に上るが、イザは階段の最上段についたころにはかなり息切れしていた。

 肩で大きく息をして呼吸を整えると、つい一服したくなって煙草を咥えて火をつけた。

 階段の上は、小さな広場のようになっていた。境内、というのだろう。

 階段を登り切って3メートルほど進んだところにまた鳥居。それを潜って、拝殿へと続く石畳を歩く。

 苔のこびりついた狛犬が二人を迎えてくれた。

 拝殿は、長らく放置されてきたのだろう。風雨によって賽銭箱は壊れ、ガラガラ鳴らすための鈴もなくなっている。


 圭吾は拝殿の前にたつと、二度おじぎをして、さらに二度柏手を打った。手を打ち鳴らす、小気味よい音が境内に響く。

 そして、手を合わせて、静かに目を閉じる。

 圭吾がお参りしている間、イザは少し離れた後方で、特に興味もなさげに紫煙をくゆらせていた。

 数分圭吾は拝むと、目を開けて。


「さてと、やるか」


 圭吾は靴を脱いで賽銭箱裏の縁にあがった。そして身を屈めると、拝殿の扉を確かめるように触れる。


「イザ。鍵。お前開けれるやろ?」


「あ?」


 傍観していたイザは突然呼ばれて一瞬驚くが、面倒くさそうにのっそりと煙草を捨てて足で踏み消し、圭吾の横まで歩いて行く。

 一応、圭吾が靴を脱いだ場所で靴を脱いで、縁に乗った。さすがに、土足のままあがると罰があたりそうな気がして。

 圭吾が手にしているものを見ると、それは鉄製の錠だった。南京錠タイプのものなので、開けることは他愛もない。

 イザは肩にかけていたボディバッグから小道具が入ったポーチを取り出すと中から道具を探し出し、錠の前に膝まづいて針金のようなものを二本鍵穴に差し込んだ。その二本を中をさぐるようにカチャカチャと動かす。

 ほどなくして、ガチャンと一際大きな音がしたかと思うと南京錠の閂ははずれた。


「ほら」


「さんきゅ。やっぱ、イザはこういうことだけは器用やなぁ」


 だけ、ってなんだよ。だけって……と内心思いながらも、イザは圭吾に場所を譲る。

 錠を外すと、扉は外側に簡単に開いた。

 圭吾を先頭に二人は室内に足を踏み入れる。

 非常に簡素な作りの拝殿だった。奥にもう一つ扉があって、そちらも同じような南京錠がついていただけだったため、難なく開錠。

 その扉を開くと、奥の祭壇に置かれていたのは一枚の鏡だった。


「これが、ご神体……ってやつなのか?」


「うん……そうなん、やけど……」


 うーん、とご神体を前に、圭吾は何やら悩みだす。


「確かに、これがご神体やったんやと思う。でも、なんやろ……あんまり、何も感じひん。俺も多少霊感はある方やからさ、ほんまに神様のおるご神体やったら見ただけで押されてくるような威圧感とかそういうの感じるもんなんやけど……これには、ほとんどそういうの感じひん」


「やっぱ、外れだったってことか?」


 圭吾は首を横に振る。


「いや。ここら辺一帯に、なんかがおるんわ、確かやと思う。俺も、はじめは気付かへんかったけど、あの下の鳥居くぐったあたりから、鳥肌立つみたいにビリビリ感じるもん。あれが結界になってたんやろな」


 そういうものなのだろうか。いわゆる霊感なんて、みじんも感じたことないイザには、単なる薄暗くてぼろい場所だなぐらいにしか感想はもたないのだが。


「……この神社の名前も、気になったんや」


「ああ……下に書いてあった、何とか八幡ってやつ?」


「八幡神社ってな、応神天皇って人を祀ってる神社で、日本で一番ポピュラーやねん」


「……だから?」


「うーんと、な。あ、これ照らしといて」


 圭吾に懐中電灯を渡されたイザは、スイッチを入れて圭吾の手元を照らしてやる。


「さんきゅ。何の話やったっけ。あ、そや。神社の話や。神社のでき方には二通りあんねん。一つは古くからそこに信仰があって、それを神社にしたもの。もう一つは、別のところから分祀っちゅう形で神様を分けてもろたもの。八幡はな、大元は大分県にある宇佐神社や。ほかにも有名なのはいくつかあるけど。そういうところから、神様を分けてもらってくんねん」


 圭吾は、もう一度拝んでから、ご神体の鏡を手に取ってあれこれ眺めてみる。

 もう日はほとんど西の山に沈みかけていて、室内は夜の闇のように暗い。イザの持った懐中電灯の人工的な光だけが圭吾の手元を円状に照らしているだけで、他に光源は何もない。


「そやから。祀ってた人がいなくなったとしても、神様は大元の方に戻ればいいだけやんか。そこに留まってる理由がないねん」


「……意味が、よくわかんねぇんだけど」


 イザの言葉など意に介さない様子で、圭吾はマジマジとご神体を眺め、やっぱりそうか、なんて呟いている。


「何がわかったんだ?」


「ああ。このご神体な。新しすぎると思たんや。どっかに日付とか書いてないかな思うたんやけど、ここに刻んであった」


 懐中電灯の光の中で、ご神体に小さく刻まれた年号が浮かび上がる。明治時代の終わりごろを示していた。


「明治の末期にな。神道を政治に利用するために大胆な整理と組織改編をおこなった時代があったんや。それで、当時20万社あった神社のうち、10万社以上が無理やり合祀されてなくなったっていわれとる。その組織改編の一つに、ご神体の統一っていうのもあってな。全国的に、それまで祀ってた色んなご神体を、鏡タイプのものに変えさせたんや。この鏡のご神体も、そのときのものやと思う。おそらく、ここが八幡神社になったんも、同時期や。でも……」


「本当のご神体は、他に存在してる……てことか?」


「ご名答」




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