近しき神 第三話
なんとなく二人は会話のないまま行程は進み、車は高速を抜けて一般道に降りた。
一般道を20分ほど行ったところで、圭吾は路肩に車を止めた。
二人は休憩がてら車外に出る。
「そろそろ、かなり近いはずなんやけどなぁ……」
スマホを見ながら、圭吾はきょろきょろとあたりを見回す。
車の周りに広がっているのは、田んぼ。全方向、田んぼ。まだ植え付けの季節にも早いためか、田んぼは水が張られているだけで、空の青さを水面に移しこんでいた。その田んぼの脇に、まばらに家があるくらいだ。
軽く伸びをしたあと、イザは圭吾のスマホを横からのぞき込む。
「だから、どこ目指してんだよ」
「んー。この辺りにある消滅集落や」
「消滅集落?」
早速一服しようと煙草を取り出して口にくわえたイザが、聞きなれない単語に聞き返す。
「ああ。高齢化と過疎化が進みすぎて、人が住まなくなった集落や。そういう集落が、田舎には沢山ある。そういうもののうち、祀る人がいなくなった神社があるところを探しとるんや」
「……んなもん、探してどうすんだよ」
額に手をかざして何かを探すように遠くを見やりながら、圭吾は答える。
「うん。祀る人がいなくなった神様たちを引き取って、うちで面倒みようと思うねん。それを合祀っていうんやけど。その代わり」
圭吾は自分より10センチほど背の高いイザを見上げて、にこっと笑む。
「責任もって丁重に祀る代わりに、神様たちに御堂家が抱えている呪いを鎮めて昇華させる手伝いをしてほしいんや。今のまんまやったら、呪いは未来永劫残ってしまうからな」
「ふぅん……。神様って、そんなに便利に働いてくれるもんなんだっけ?」
イザの指に挟んだ煙草から、紫煙がゆったりとくゆって登っていく。
「もちろん。神様に直接交渉してあちらさんがOKしてくれた場合に限っての話やけどな。……この国にはな、イザ」
圭吾の双眸が、さも楽しそうに歪む。子どもっぽく表情が輝く。
「
「
「そう。土にも、田にも、木にも、川や海にも。米粒やトイレ、道路の辻にも。あらゆる自然のものに、神が宿ると考えてきたんや。原始宗教といわれているアニミズムが、生活の中に溶け込んで今も色濃く残ってるのが日本の宗教観の特徴なんや。日本人には無宗教やという人が多いけど、俺は、それは違う思う」
すっとイザの目をみて、圭吾は続ける。
「宗教というと、多くの人は一神教を思い浮かべる。だから、日本特有の宗教観を多くの人は宗教だと感じていない。あまりに生活に溶け込みすぎて日常になりすぎているがゆえに、自分が日々やっていることが宗教やと認識してないだけなんや。そやから実態は、他文化に類をみないほどに大規模で大多数なアニミズム文化でありシャーマニズム文化であり、多神教国家なんやで」
こういう話を圭吾がしだすと、止まらなくなる。イザはさっぱり興味はなかったが、時間はいっぱいあったので、仕方なく圭吾に付き合った。
「俺、別に何にも信じちゃいないけど?」
イザ自身は宗教なんて、馬鹿げた迷信だと思っていた。神なんてものは存在しないし、存在しないから助けてもくれとも思わない。人が祈るのは、単に精神安定のための手段にすぎない、と思っている。
死んだら無になると考えているし、考えたい。もし、人間の魂なんてものが存在するとしたら、自分が今まで手にかけてしまった人たちの魂はどこにいったというのだろう? 考えるだけで、ぞっとする。
「たとえばさ。お前も、初もうでには行ったことあるやろ? お守りも買うやろ? ああいうのは、ずばり神道っちゅう宗教やけど。それ以外にもさ、正月、ひな祭り、端午の節句、盆祭り……代表的な日本の行事はほとんどが元は宮中の宗教行事が庶民に広まったものなんや。ほかにも。死者を祀るとき、必ず合掌するやん。ご飯食べる前は、『いただきます』するやん? なんで、人間の死者を祀る動作と飯食う前の動作が同じなん? ……そんな感じでな。日常の日本的と言われている動作や行事、そんなのの原点をさぐっていくと、日本独特の宗教観とは切っては切り離せないことが分かるんや」
「へぇ……そういうものかな」
言われてみれば。イザですら、死者を悼むときに手を合わせるのは、何も考えずとも自然にしてしまう。
「さぁ。日が暮れてしまう前に、目的地まで行ってしまおうや。ちょっとこのあたりの人に聞いて、消滅集落がないかどうか聞いてみよっか」
圭吾が車に乗り込むのを見て、イザも助手席に再び腰を下ろした。
そういえば、イザも車の運転はできるし偽造のものだが免許も持っているのだが、圭吾は決してイザにハンドルを握らせてくれなかった。
なんでも、イザに運転させると運転が乱暴すぎて落ち着かないから……らしい。
最近はそんなこともないんだけどな……と思いつつも、前に娘とレンタカーで出かけた時に「私も早く免許とろう…」と嘆息されたのを思い出して、やっぱダメかもと思いなおした。
目当ての消滅集落は、通りがかったお年寄りに聞いてみることで簡単にみつかった。
「ああ。そりゃー、長原集落のことかね。あそこも昔は人が多く住んどったが、今じゃ空き家ばかりで誰も住んどらん」
その老人に地図を見せて行き方を教えてもらう。
「ありがとうございました」
と、圭吾はにっこり笑顔で別れて、教えてもらった方角へ車を走らせた。
しだいに周りに民家や田畑が見当たらなくなり、摩耗したアスファルトの道路が鬱蒼とした雑木林の木々に覆われている辺りにでる。
その頃には、空には夕闇が広がり始めていた。
「今日の調査は、早いとこ終えて、宿でもとりたいな」
なんてことを言いながら車は進んでいたが、突然圭吾はブレーキを踏んだ。
「……やられた」
目の前には道路を塞ぐように大木が倒れて行く手を塞いでいた。
「誰も通る人がいない道だから、倒木があることすら別の集落の人たちには気づかれてないんやろうな」
二人は車から降りて、倒れた木の前まで行く。
時間をかければ二人でなんとか横にどけられそうな太さと長さの木ではあったが、刻一刻と広がっていく薄闇の空を眺めていると、少しでも早く先まで進んでおきたかった。
「しゃーない。車はここで置いていくか」
こんな場所で車上荒らしもいないだろう、ということで必要最低限の荷物だけもって二人は歩いて行くことにした。イザは肩かけのボディバッグ。圭吾は自分の竹刀袋を背負っていく。
道は、緩やかな傾斜の上り坂。
辺りには、風にざわめかされ木の葉がこすれるざわざわとした音と、時折響き渡っていく鳥の鳴き声の他は、二人の足音くらいしかしない。
「……ずいぶん、寂しいところだな」
「まぁなぁ。こんな辺鄙なところにある集落やから、人も住まなくなってしもたんやろぉしな。町に買い物に出るだけでも一苦労や。人口が減ってバスの運行がなくなったりしたら、消滅するまでにはあっという間やったやろな」
「でもさ。なんで、ここに捨てられた神様がいるって、わかったんだ?」
数歩先に歩いている圭吾が、ああ、それな…と呟く。
「俺の知り合いにな。えらい、霊験に通じた奴がおんねん。そいつに相談したら、この地域のこのあたりに、大きな不浄の力を感じる……言われて。それで、まぁ……あとは。いちかばちか、みたいな?」
つまり、大した確信はないらしい。
「……じゃあ、外れの可能性もあんのか」
「ああ。そりゃ。でも……べらぼうにでかい不浄な力、なんて、何かしらの神様がらみな可能性は高いしな。行ってみても損はないやろ」
車を降りてから30分ほど坂道を登っていくと、しだいに道の両側にぽつりぽつりとかつての住居らしき建物が見えてきた。
といっても、明らかに長年人が住んでなかったと分かる有様で、半分倒壊しかかっているものや、窓ガラスが割れているもの、庭も荒れ放題に草木が伸びて今にも森の木々に飲み込まれそうになっている家々ばかりだった。
「……なぁ。一人で来ないで、俺を誘った理由って……」
「当たり前やん。こないに寂しいとこ、一人で来たら怖いやろ?」
さも当然というように圭吾は返す。
たしかに、かつて人が住んでいたのに今は住んでいない廃墟ばかりの場所というのは、ただの山中よりも格段に、寂寥感と不気味さが増幅されている気はする。
「あ、あれや」
圭吾が指さした先を見ると、突き当たりにあるこんもりした山に階段がまっすぐ上へつながっているのが見えた。
入口には、古ぼけた鳥居。
「ここなら、いそうやな。忘れられてしもた神様」
イザは、100段以上はありそうな階段を見上げて、げんなりする。今からこれを登るのか。面倒くさい
な。
待ってちゃ、ダメかな……。でも、こんな不気味なところで一人で待っているというのも、それはそれで気分のいいものではないなと思いなおす。
「あれ……?」
鳥居の上部を見上げていた圭吾が、頓狂な声を出した。
「どうした??」
「あ、いや……神社の名前がな」
「名前?」
イザも、鳥居を見上げる。鳥居の上部に、この神社の名前が書かれた木板が嵌っていた。木板は朽ちかけてはいたが、かろうじて長原八幡、と読める。
「……なんでやろな……」
なんて言いながらも圭吾は鳥居をくぐって階段を上って行ってしまったので、仕方なくイザもついていくことにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます