守りたいモノ9


翌日。

アウリスは朝から公務が入っていた。今日は、地方の視察らしい。

圭吾はそのままアウリスの部屋にこっそり残っていようかとも思ったが、アウリスが一緒についてきても良いというので言葉に甘えることにした。


アウリスが言うとおり、視察一行には側近たちや政府関係者だけでなく、マスコミも多数同伴していた。

これなら、部外者が一人くらい混ざっても怪しまれたりはしそうにない。

とはいえ、圭吾が王族の者たちと同じ車に乗れるはずもなく。

連なる車の後列部分を走るマスコミ用の車に乗せてもらった。


「ふわぁ……」


つい欠伸が出てしまう。あまり、寝てないからだ。

目をこすりながら、車窓を眺める。

車列は小一時間も走ると市街地を抜け、山道に入る。

道の片側には、大きな湖が陽光で湖面をきらめかせ、そのさらに奥には頭に真っ白い雪を被る山脈が連なっているのが見えた。




目的地に着くと、アウリス一行の周りに政府関係者、さらにその周りにSPたち。そこからさらにその周りにマスコミ関係者と幾重にも取り囲みながら視察をこなしていった。

圭吾は、一応怪しまれないように記者たちの輪にくっついて歩く。


アウリスと初めて会ってから三か月。圭吾は多忙の折をみつけては、アウリスの国の母語を自学したりもしていた。まだ、リスニングは日常会話も危ういレベルだが、それでも記者たち同士の会話のうち、いくつかの単語は拾えた。


浪費。地方の疲弊。いつになったら……。

そんな単語が、耳に入ってきて。なんとも悲しい気持ちになりながら、遠目にアウリスを見やる。

こんなに人が沢山周りにおるのに。

彼女がいかに孤独な戦いをしているのかが、思い知らされて。心の奥が、ぎゅっと鷲掴みにされるように、辛くなった。


そんな人間たちの思惑は他所に、周りの景色は美しかった。空は青く鮮やかに晴れ渡り、小鳥たちの囀りが聞こえる。

田舎道の脇には水路があって、澄んだ清らかな水が滔々と流れている。村のあちらこちらに水を汲み上げる手押しポンプのようなものが見て取れた。

水や自然の豊富な国だな……と圭吾は感じる。

東京の晴れていても薄く靄がかかったような空とは違って、この地の空は見上げていると吸い込まれそうなほどの青だった。






その後も何か所か車で移動しながら周り、視察を終えて帰ってきたころには夜もとっぷりと更けていた。


圭吾は、特に案内もなく勝手にアウリスの後についてアウリスの自室まで来てしまったが、特に誰からも咎められたりすることもなかった。

アウリスが事前に根回しておいてくれたんだろうか。周りの物にどう言って、根回ししたんやろ。

なんて、ちょっと気にはなる。


(……やっぱり、あれは愛人だからとかなんとか言ったんやろか……)


自室に戻ると、アウリスはすっかりラフな格好に着替えて寝室のベッドに転がっていた。

相当疲れたのだろう。


「……ごめん。昨日、あんまり寝かせへんかったから……」


「なぜ、お前が謝る」


寝っ転がったまま仰向けにアウリスがこちらを見上げて言った。

圭吾はアウリスの隣に腰を下ろす。

アウリスはごろんとうつ伏せになると、クッションに顔を預けた。


「……私も、望んだことだ」


照れ隠しなのか、多少ぶっきらぼうに聞こえる口調でそう呟くアウリスに、圭吾は小さく

笑みを返す。


「……綺麗なところだな」


突然変わった話題についていけず、アウリスが怪訝そうな目をこちらに向ける。


「この国が、さ。自然が豊かで」


「……そうだな。自然は、とても豊かだ。我が国の宝と言ってもいい」


そう語るアウリスの表情は、とても温かだった。まるで我が子を慈しむような顔つきだった。


「この国の国土は石灰岩が豊富でな。国のいたるところに湖や湧き水。泉がある。元々、その豊富な水源に人々が集まってきて都市を作ったのが、この国の歴史の始まりなんだ」


「そうか……それで」


圭吾は、昼間見た景色を思い浮かべる。

湖は多くの水を湛え、滔々と流れる小川の水はとても澄んで豊かだった。


「なぁ……圭吾」


「ん?」


うつ伏せでクッションを抱いたままこちらを見上げるアウリスの髪を、優しく手で梳くように撫でながら圭吾はアウリスに視線を落とす。


「お前は。もし一つだけ。何か願いが叶うとしたら。何を望む?」


「願い?」


「来月。祭りがあるんだ。その祭りの日には、どの地域でも広場で大きな火をたく。その火にこの地方に自生するドングリを投げ込むんだ。ドングリは火に炙られて爆ぜる。そのときに、願いごとをすると叶うと言われているのだ。お前の分も、願掛けをしておいてやろう」


「へぇ……面白そうな祭りやな」


一度、ぜひ見てみたいが。来月もまたここに来るのは難しいだろう。今回も、部下たちに無理言って、無理やり休暇をもらったようなものだった。


「そうやなぁ……それやったら」


一つ、思いついて。ふわりと圭吾は微笑みを浮かべる。


「それやったら。……アウリスんとこの宗教観は俺には全然わからへんから、勝手な事いうてるかもしれへんけど。……何もかも、すべて終わったあと。死んだ後に。アウリスにもう一度会いたい。そんで……できるなら、ずっと一緒に居たい」


たぶん、俺は死んだ後も、あの呪いに飲み込まれて自由になんかなれへんと思うけど。

望むのは……自由だ。


「死んだら、アウリスに会いたい。それが、一番の俺の願いや」


屈託なく、圭吾は笑む。

アウリスは、じっと圭吾を見つめた後、目じりを緩める。


「ああ……そうだな。私も、そうなったら。どんなに良いかと思う」


生きている間は、精一杯、務めを果たすから。

自分のやるべきことをやりとげるから。

せめて、死後にくらい、思うままに生きられるのだと思いたかった。

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