守りたいモノ11
時がたつにつれ、圭吾と一緒に暮らす
お腹が目立つようになるのに比例するように、圭吾は身重の楓子を置いて、アウリスの元に出向くことにも罪悪感のようなものも感じるようになっていった。
しかし、楓子のしんどそうな様子を近くで見ていると、同じ思いをしているであろうアウリスの元にも今すぐにでも行きたくなる。
身体が二つあればいいのな……と、ありえない願望さえいだきたくなるほど、板挟みに苦しくなる。つい、仕事中も、自宅にいても。常にアウリスのことを考えてしまっていた。
その日も、圭吾はたまの休日に、自宅でぼんやりと庭を見ていた。視線は庭を向いているが、意識はそこにはないことは傍目に見ても明らかだった。
「圭吾!」
「…へ!? な……なんや?」
突然耳元で大声で名前を呼ばれて、驚いて振り返る。
いつの間にか真横に楓子がいた。
「何回呼べば気付くのよ」
「……俺、そんなにぼーっとしてた、か?」
楓子がため息をつく。
「今だけじゃなくて。最近、ずっとそうじゃないの」
楓子は怒ると眉間に深い皺ができる。子どもの時からそうだった。あぁ、なんか怒ってんな、これは話をちゃんと聞かないとさらに怒られるな……なんて考えながら観念したように楓子の方を向き直る。
「圭吾。あんた。ずっとぼんやりして、何考えてんの?」
「いや……別に、ちょっと最近疲れてて……」
無意識に楓子から目をそらす。
楓子は、圭吾の顔を手で挟み込むと、無理やりこちらに向けさせた。
「圭吾。気になって、仕方ないんでしょう? アウリスさんのことが」
「え……」
楓子の凝視に耐えられず逃げたかったが、顔を固定されてしまって動けない。
「隠さないで。あんたの考えてることくらい、だいたい分かるわよ。長い付き合いなんだから」
「……」
「あんた、行ってきなさい。今すぐ。あっちに。会社の方なら私が何とかするから」
「え……でも。
「だったら、あっちはもっと辛いに決まってんでしょう!? ……私は、大丈夫。そりゃ、圭吾がいてくれたら安心だけど。でも、私にはあんた以外にも支えてくれる人は沢山いる。会社の仕事は他の幹部たちに分担できるし、この家にだってお手伝いしてくる人たちがいるしお母さんもいる。何かあればすぐに病院にもいける」
「うん……」
「でも、アウリスさんは違うんでしょう? あんた以外、ほとんど助けてくれる人がいないんでしょう? じゃあ、あんたが今いるべき場所は、どっちなの」
「……」
「あんたは、分かってるんでしょう?」
「そやかて……」
「行ってき! 圭吾!」
一息挟んで、もう一度楓子は「行ってき」と続けた。
「そんで、居たいだけあっちにいなさい。そうしないと、あんた一生後悔するわよ? んで、私も後悔するあんたを見て、後悔するのよ。あのとき、やりたいようにやらせてあげれば良かった、って。そうなりたくないの。わかった?」
「う、うん……」
楓子の剣幕に押されて、頷くのが精いっぱいだった。
そんな楓子の後ろ盾もあって、その年の秋から冬にかけてはそれまで以上に頻繁にアウリスの元に行けるようになった圭吾だった。
さすがに年末年始はCEOとして、また傘下の企業の役員としてあいさつ回りや行事が立て続けにあり国外に出るような時間的余裕はなくなったが。
大晦日の夕方に楓子が産気づいて、初日の出が昇る頃、長男が誕生した。
楓子と一緒に考えて、健吾という名前をつけた。ただただ。健やかに、育つことを願って。
「そうか。生まれたのか」
健吾の誕生をアウリスに伝えると、アウリスは自分のことのように喜んでくれた。
圭吾が携帯で撮った写真を見せると、目を細め、そっと指で写真の赤ん坊を撫でる。
「イズミと、仲良くしてくれるといいな」
「そうやな。腹違いの兄弟やけど、ほとんど双子みたいなもんやな」
イズミの出産予定日までも、あとひと月もないところまで迫っていた。
アウリスは元々細身であったが、服を着ていると今も妊婦とは思えないほどお腹が目立ったところはない。
服の上から触れればお腹が丸みを帯びているのを感じられるが、少しサイズの大きめの男性物のシャツなど着てしまえばカモフラージュすることはそれほど難しいことではかった。
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