ロシアの地にて 第十一話
健吾はソファに寝転がって漫画を読んでいた。和泉は、健吾の横で膝に乗せたノートパソコンで何やら調べ物をしている。普段は学校の寮で暮らしている二人だったが、今日はGWで学校が休みなので、実家に戻ってきていたのだ。
普段は休日には家にいる母親も、ここ数日ほとんど姿を見せない。何やらバタバタと非常に忙しそうにしている。父親は、たしか海外へ出張に言ったと聞いていたが。
「なぁ、健吾」
ノートパソコンに視線を置いたまま、和泉は傍らに転がってスナックを食べながら漫画を読んでいる兄の名を呼んだ。兄と言っても、ほんの1か月ちょっとしか生まれた時期は違うのだから、ほとんど双子といっても差し支えない間柄だった。
「ん? なに?」
指についたスナックを舐めとりながら健吾がこちらに顔を向ける。健吾は、自分たちの父親に良く似た目元で和泉を見やる。健吾は母の実子だ。父と母は、血縁的には従妹同士。そのため、健吾はいかにも御堂家の顔だちというか、親戚もよく似ている。それが少し羨ましくもあった。
一方の自分は父とは血は繋がるが、母とは血のつながりはない。本当の母親は、自分が生まれた直後に亡くなったため、顔はまったく覚えていない。それでも、父だけでなく母も、健吾と分け隔てなく和泉と接し、健吾と和泉は双子のように一緒に育った。
「……何が、起こってるんやと思う?」
せわしなくキーボードを叩き、画面から目を離さず聞いてくる和泉に、健吾はきょとんと首を傾げた。
「なにが?」
健吾のあどけない仕草に、和泉はくすりと笑みを漏らす。が、すぐに表情を真面目なものに戻す。
「母さんたち。この間から、ずいぶんバタバタしとるやんか」
健吾はソファに寝転がったまま傍らにあるクッションを胸に抱いて、顎をクッションに置く。
「うーん。確かに。あわただしいっていうか……なんか、緊迫してる? 母さん、いつも以上にピリピリしてはるし。昨日なんて、もうなんでこんな時に帰ってくんの、あんたらわ。なんて文句言われたし。……なんか、あったんやろか」
うん……と和泉は静かにうなずいたあと。
「会社で、なんやあったんは確かやと思う。確か、父さん今海外に行ってるんやったっけ。……その関係で、なんや予想外のことが起こったんちゃうかな。父さんの携帯も、ずっと繋がらへん」
その時。インターホンチャイムの、ピンポーンという音が室内に響く。
いつも通り家政婦の吉田さんが応対に出てくれているようだった。この家に訪問客があるなんて珍しい。通販で買ったものでも届いたのだろうかと思っていたら。
リビングのドアが開いて、吉田さんに連れられ知らない男性が室内に入ってきた。
背の高い、父親と同じくらいの年頃の男性。しかし、部屋に入ってくるなり二人に投げつけてくるその視線の鋭さに、二人が感じた第一印象は「怖さ」だった。
男は自らをイザと名乗り、和泉と健吾の向かいに腰を下ろし、二人も姿勢を正して座りなおす。
じっと二人を見やるその視線は、まるで野生の獣のようだなと和泉は感じた。何より印象的だったのは、その瞳が青緑の光彩をしていたことだ。カラーコンタクト、ではないだろう。きっと野生の狼ってこういう目をしているんだろうなと和泉は内心で思う。
しかし、その鋭い眼光はイザが小さく苦笑のような笑みを浮かべると霧散する。
「ほんとに、似てるな」
初対面なのに、まるで懐かしいものをみるような、どこか慈しむような視線に変わっていた。
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