Fighters

第46話「強襲、一打逆転」

 秋の深まりを感じる、冷たい風。

 それでも空は高く青く、晴れ渡っている。

 実りの季節を迎えて、日陽ヒヨウいづるも黄金の秋を迎えていた。

 芸術の秋、食欲の秋……そして、スポーツの秋。

 今日も今日とて、私立萬代学園しりつばんだいがくえんのグランドには、汗を流す若人わこうど達の声がこだましていた。掃除当番を終えたいづるが顔を出すと、先に来ていた芳川翔子ヨシカワショウコが手を振り呼ぶ。


「あっ、いづちゃん! こっち、こっちこっちー」

「おまたせ、翔子。えっと……玲奈さん、大丈夫?」

「んー、それがねぇ……なんというかぁ~」


 いづるの恋人、阿室玲奈アムロレイナ

 スポーツ万能な生徒会副会長、誰もが認める容姿端麗で文武両道のスーパーヒロインだ。そんな学園のマドンナを、助っ人にと頼みにする運動部は意外に多い。

 そして、玲奈は頼まれれば嫌とは言えない性格をしているのだ。

 今日は、ソフトボール部の練習試合に出場中である。

 そんな彼女のユニフォーム姿が、ネクストバッターズサークルに身を屈めていた。

 いづるは身を乗り出し、玲奈に声をかける。


「玲奈さんっ、大丈夫ですかっ!」

「あら、いづる君。私が大丈夫じゃないこと、あったと思う?」

「いや、絶対にないと思いますけど……でも、最近忙しそうで」

「秋の新人戦も終わって、新体制が固まり始めてるのよ。どこの部活も、残り少ないシーズンで新チームの感覚を掴んでおきたいのね」


 バッティング用のヘルメットを被って、そのひさしをクイと玲奈はあげる。

 勝ち気な笑みが今日も、キラキラと輝いていた。

 だが、そんな彼女待ち受けるのは、意外な人物だった。


「ストラーイクッ! バッターアウト!」


 審判が声を張り上げる。

 とぼとぼと、打者がバットを引きずりながら戻ってきた。

 立ち上がった玲奈が、チームのすがるような視線に頷く。

 そして、マウンドの上から声が走った。


「さあっ! 阿室玲奈! 今日こそ、わたくしと決着をつけなさいっ!」


 何故なぜか、他校のユニフォームを着た古府谷文那フルフヤフミナがそこにはいた。

 どうして相手チームにいるのか?

 そもそも、どうやって潜り込んだのか。

 黒服のボディーガード、呂辺ロベ亜堀アボリが相手側のベンチに立っている。なにか、トランクケースのようなものを渡している。

 金か。

 現生なのか。

 つまり、無理矢理金にものを言わせて、文那は玲奈の敵になったのだ。

 わざわざ玲奈と戦うためにそこまでやる、それが文那の執念なのだ。


「文那さん……そんなにまでして、私と戦いたいだなんて」

「阿室玲奈はわたくしの黒歴史を皆に示して、自分の正当性を語っているわ。ですが、そうはいきませんの! 黒歴史を自分で打ち砕けば、わたくしは闘争本能を思い出す……!」

「黒歴史? それは」

「忘れてしまいたい、敗北! 貴女あなたへの恨みの歴史ですわ、阿室玲奈っ!」


 凄まじい覇気、そして闘気だ。

 文那は今、ボールを握り締めて仁王立ちである。

 そして、言葉は無用とばかりに玲奈がバッターボックスに立った。

 いづるはスコアボードを見やる。

 九回裏、ランナー二塁……一打逆転の一点差だ。


「文那さん、お相手します!」

「そうこなくてはいけないわ、阿室玲奈っ!」

「そのかわり……私が勝ったら教えてください。私は過去、貴女に何を」

「……その必要はないわ! 今日こそわたくし、勝ちますもの!」


 構える文那が、キャッチャーのサインに首を振る。

 どうやら、勝負するつもりだ。

 彼女の綺麗な赤髪が、縦巻きロールをわずかに揺らしている。

 やがてキャッチャーが根負けしたのか、文那は投球フォームへ移った。流れるような所作で、ウィンドミル投法から白球が投じられる。

 信じられない豪速球に、いづるは息を飲んだ。

 玲奈に身動き一つ許さぬまま、キャッチャーミットが重々しい音を響かせた。


「スッ、トライイイイイッ!」


 正直、ソフトボールであんなスピードが出るとは思わなかった。

 翔子にいたっては、ぽかんと口を空けたまままばたきを繰り返している。

 返球のボールを受け取り、文那が勝ち気な笑みを浮かべる。


「どうかしら? 打てないようならそのままどうぞ……わたくし、容赦しませんの!」


 再びボールが投げられる。

 今度は、僅かに落ちる変化球だ。

 タイミングこそドンピシャだったが、玲奈のバットが空を切る。

 スポーツ万能の彼女が、こんなにも苦戦するのをいづるは初めて見た。同時に、いつも通り応援して視線で支える。

 玲奈は決して、勝負を投げ出したりしない人だ。

 そして、常にベストを尽くして結果を受け入れる……その時、勝利の女神は自ずと彼女に微笑ほほえむのだ。


「文那さん……そう、まとわりつかないで頂戴ちょうだい。期待に答えたくなるわ」

「ふふ、強がりを……次でっ、終わりですわ!」


 再び、スピードの乗った球が放られた。

 先程よりも速いストレートだ。

 綺麗にベースへ真っ直ぐ飛び込んでくる。

 振られた玲奈のバットが、小さくチッ! と鳴る。

 かすった打球は、そのまま背後のネットを揺らした。


「ファール!」


 いづるは思わず胸を撫で下ろす。

 翔子なんかはもう、隣で落ち着かずにピョンピョン跳ねていた。

 だが、意外な声が響き渡る。


「どうした、阿室っ! それがお前の限界か? 答は、否っ! 否、否、否ぁ!」


 誰もが振り返ると、そこには一人の男子が立っていた。

 女子達が瞳をうるませ見詰めるのは、富尾真也トミオシンヤだ。彼は腕組みふんぞり返って、グランドの外から声を張り上げる。


「そこまでか? お前の力など、そこまでのものに過ぎんのか! それでも俺のライバルか! 球筋たますじをよく見て、一打に賭けんか! そんなことでは、ライバルの俺一人倒せんぞ、このバカむすめがぁ!」


 こっそり翔子が「真也先輩とこないだ、Gガンダムみたんだよぉ」と教えてくれた。

 富尾真也、最近は富野作品以外も見る男……そして、あっさり感化される男。

 だが、彼の叱咤激励しったげきれいの声に玲奈の雰囲気が変わった。


「そこまで言われちゃ、しょうがないわね……阿室玲奈、ちます!」


 気迫に満ちて、玲奈の周囲で空気が緊張に圧縮されてゆく。

 マウンドとバッターボックスとで、バチバチと互いの視線がぜるような錯覚さえ覚えた。

 気付けばいづるは、固唾かたずを飲んで玲奈を見守っていた。

 そして、悲壮感すら感じさせる文那も心配だ。


「終わりですわ……阿室玲奈っ!」

「受けて立ちます、文那さんっ!」


 今日一番の速球が、うなる空気をまとって放たれた。

 僅かに玲奈が、振り遅れる……それ程までに、文那の放ったボールは強く、速く、そして鋭かった。

 だが、いづるは信じている。

 萬代の白い流星……敵にはと恐れられた、玲奈の努力と才能を。

 何より、誰の期待も裏切らぬ誠実さ、そして勝負強さを信じている。


「ッ! こんなことで……スコードォォォォォッ!」


 祈りの叫び、そしてフルスイング。

 ミートした瞬間、バットのヘッドスピードが再加速……土壇場の玲奈が振り絞った膂力りょりょく胆力たんりょくが、奇跡の一打を可能にした。

 快音が響いて、パワーとパワーの真っ向勝負に決着が訪れる。

 放たれた強烈なライナーは、遥か遠くの空へと消えていった。

 文句なしの場外ホームランだった。


「また……負けた……? きいいいっ! 阿室玲奈っ!」

「文那さん、あの」

「はやくダイヤモンドを一周なさいな! 貴女の勝ちですわ! ならばそれは、貴女のチームの勝利。ちゃんとホームを踏むまで、気をゆるめてはいけなくてよ!」

「……ふふ、そうでしたね。では」


 不思議な二人の因縁いんねん、この対決はしばらく続きそうだ。

 玲奈は味方に手を振りながら、逆転サヨナラホームランの走者としてダイヤモンドをぐるりと回ってくる。

 マウンドを降りてゆく文那は、その場で相手チームのユニフォームを脱いだ。

 いづるは見逃さなかった。恐らく、金の力で無理矢理ピッチャーをやらせてもらったのだろう。だが、文那は言い訳をしなかった。相手校の選手全員に頭を下げて、敗戦を詫びると……そのまま、黒服のボディーガード達を連れて行ってしまう。

 インナー姿でも颯爽さっそうとしたもので、その去り際だけは鮮やかだ。

 そしていづるはまだ知らない……玲奈と文那、二人の才女に決着の時が訪れようとしていることを。

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