第20話「お目覚め」
夢を、見ていた。
やっぱりというか、展開的にそうだろうなーと思っていたら、案の定だ。
光る
そして、いづるが見詰める先で今、星々の
行き交う白と赤とが、
何故か夢の中のいづるは、それが誰と誰だかわかってしまった。
だから、止めようとして叫ぶ。
『やめてくださいよ、
夢とはいつも、不条理、そして理不尽なものだ。
見ていること自体がわかる
決して目を背けられぬ眠りの中の世界……それは、時に残酷だ。
火花を散らす二機のモビルスーツは、激しくぶつかり合って火花を散らした。
『いづる君? いづる君なら何故戦うの? ……それが人の背負った宿命なのかしら』
『いづる様っ!奴とのざれごとはやめてくださいな』
ガンダムと戦っているのは、赤いモビルスーツだ。ザクではない、くらいしかいづるにはわからない。だが、それに乗っているであろう文那の気迫は凄まじい。
そして、それはガンダムを操る玲奈も同じだった。
二人の激闘が加速してゆく中で、夢の中のいづるは無力だった。
『いづる様っ、わたくしは
『やれるのかしら? 文那さん、覚悟っ!』
そして、いづるは気付けば自分を前へと押し出していた。
ガンダムのビームサーベルが、眼前へと迫る。
己が焼かれて蒸発する感覚まで、リアルに感じて絶叫する。
夢は、いづるの消滅という形で幕を閉じた。
それは、現実の世界が朝を迎えるのと同時だった。
「ん……あ、あれ? そうか、僕は」
カーテンの隙間から、朝日が柔らかく差し込んでいる。
ベッドの上に身を起こしたいづるは、ぼんやりと部屋の中を見渡した。
そとからは
そして思い出す……気絶したのだと。
すぐ側に、プレゼントの包装をされた箱が転がっていた。
棚の上に隠していたものが、頭の上に落下してきたのだ。
それから玲奈を守ったことを思い出し、そして驚く。
「そうだ、玲奈さんは……ほあああっ ユニバァァァァァァス!?」
いづるの胸に頬を寄せて、玲奈は眠っていた。
まるで、
どうやらいづるは、あのまま玲奈と一晩を過ごしてしまったらしい。
ただ二人で寝ていただけだが、それは一線を超えたとしか表現できない。
なんの言い訳もできぬ現実は、いづるを酷く慌てさせた。
「え、ええと、とにかく! 起こさないと……がっ、がが、学校に行かないと!」
慌てて玲奈の下から這い出ようとするいづる。
しかし、玲奈はがっちりと両腕を背後に回して、いづるを抱きしめているのだ。
抜け出せない……脱出不能の柔らかさが温かい。
思わずいづるは、理性をゆらがせる衝動につぶやきを
「玲奈さん、その……離れてくれない、と、えっと……抱き返し、ちゃいます、けど」
そっと、きらびやかな金髪に触れてみる。
甘やかな
いづるの中で、朝からいけない気持ちが膨らんでいった。
それは、彼の健全な男子の肉体に血潮を巡らせる。血液が逆流して、一箇所に集まりかけた、その時だった。
「ん……い、いづる君……と、取り返しのつかないことを、取り返しのつかないことをしてしまったわ……」
「れ、玲奈さん?」
「だ、駄目よ……前へ進んじゃ駄目よ。光と人の渦がと、溶けていく。あ、あれは憎しみの光だわ!」
次の瞬間、眠る玲奈が動いた。
いつものVの字アホ毛は、閉じている。だから眠っている、それは確かなのに。それなのにう、玲奈はいづるからおずおずと離れるや……寝返りをうつようにして転がる。それは、いづるの襟元を掴んで放り投げるのと同時だった。
訳も分からず、いづるはベッドの下へと、落下。
ムニャムニャと眠そうに唇をもごつかせながら、玲奈は再び丸くなって眠る。
ドシン! と落ちたいづるは、玲奈を起こさぬように悲鳴を噛み締めた。
「いてて……玲奈さん、意外と寝相が悪い? のかな?」
尻をさすりながら、情けなさにいたたまれないいづる。それでも身を起こすと、立ち上がってベッドに向き直る。愛しの眠り姫は、まだ二人のぬくもりで温かいシーツの上だ。
とりあえず、玲奈へのプレゼントを回収し、そっと隠す。
そうしていると、再び玲奈が「んっ」と鼻から抜けるような声を
はっきり言って、かなり色っぽい。
パジャマ姿の玲奈は、そのパーフェクトな
だが、いづるは平凡ながらも、不思議と優しいメンタリティを持つ少年だった。
だから、なにをするでもなく、そっと玲奈の肩に触れる。
「玲奈さん、起きてください。朝ですよ」
「ん、ふぁ……ふふ、駄目よいずる君。いけないわ」
「いや、そうじゃなくて……そろそろ起きないと。女の子って、朝は色々忙しいって
幼馴染の
見られて恥ずかしい、後ろめたいことなどしていない。
だが、見られて説明を迫られても、説得力のあることを言う自信がない。どう見ても、自室に玲奈を連れ込んだいづるが、イチャめかしいアレコレをしたように見えるから。
それでいづるは、さっきより強く玲奈を揺すってみる。
ようやく玲奈は、うっすらと
長い
「……ん、んっ……あら? まあ! おはよう、いづる君。どうしていづる君が私の部屋に? はっ、まさか! そ、そうなのね……いづる君。私、凄く嬉しいのだけど」
「あ、いえ、ここは僕の部屋ですけど」
「……そ、そうね! そうよね! いづる君が私の部屋に勝手に入るわけないものね! 夜に人目を忍んで訪れてくれただなんて、そんなはしたない……あ。思い出したわ」
「ええ。一緒にガンダムを見てて、玲奈さんは眠っちゃったんです」
おずおずと身を起こす玲奈は、頬を赤らめ目を伏せた。
もじもじといづるを見ては、また目を逸らす。
ようやくベッドから降りて立ち上がると、彼女はずいと身を乗り出した。腰に手を当て、いづるを真っ直ぐ見詰めてくる。
「……なにも、なかったのかしら」
「ええ、
「どうしてかしら」
「それは、その……僕も、寝てしまいまして。というか、気絶してしまって」
「気絶?」
「そ、それより! 学校に行かないと。玲奈さん、準備とかあるでしょう?」
「それは、そうだけど。ねえ、キミ……いづる君? どうしてなにもなかったの? 私、ちょっと凄く、ちょっぴりとても気になるぞ?」
タジタジで下がるいづるが、脳裏に言葉を探す。
だが、結局上手いかわしかたも思いつかずに、正直にそのまま胸の内を話すことになった。言い訳がましいことをスラスラ言えるほど、いづるは器用にはできていなかったのだった。
「えっと、一緒にガンダム見てて、玲奈さんは寝ちゃって……それで、僕はドキドキしたけど、それってずるいなと思って」
「ずるい?」
「無防備な玲奈さんもですけど、僕自身がずるいんですよ。男の子って、そういうのは気にするんです。そしたら、ちょっとした事故で……僕も寝入っちゃって」
「ふーん、そうなんだ。ふふ、いいわ。そういうとこ、好きよ?」
「すっ、好き!?」
「ええ。大好き」
「また! ……ぼ、僕も同じ、ですけど」
その時、そっと玲奈はいづるの頬に触れた。
唇で触れて、呼気で
それは一瞬のことで、そして永遠に忘れられないくちづけだった。
「……よし! じゃあ、学校に行く準備をしてくるわ。いづる君、朝食でまた」
「あ、はい……また」
ベッドに自分の枕を拾い上げると、それを抱きしめ玲奈は行ってしまった。
玲奈の唇が触れた頬が熱くて、手を当てる。
彼女の温もりを拾う肌は、
いつもの変わらぬ一日がこれから始まる。
それがいづるには、今までと同じ一日にはどうしても思えなかったのだった。
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