第37話「ミスコンの意思」

 日陽ヒヨウいづるにとって、生まれて初めての高校文化祭……萬代祭ばんだいまつり

 見慣れた校舎内も、心なしか華やいで見える。そこかしこで出店や露天、屋台が並び、外から来た父兄達も一様に笑顔だった。

 そしてなにより、隣に阿室玲奈アムロレイナがいる。

 手こそ繋がないが、いづるを連れ立って歩く彼女を誰もが振り向いた。そう、萬代学園の白い流星、文武両道なウルトラヒロイン阿室玲奈……彼女はいづるの恋人なのだ。


「あら? どうしたのかしら、いづる君」

「あ、いえ……やっぱり玲奈さんは凄いんだな、って」

「ふふ、当然よ」


 ご機嫌で玲奈は、涼し気な笑みを浮かべて歩く。

 トレードマークのVの字アホ毛も、今日は一段と真っ直ぐピンと伸びているみたいだ。いづるは黙って玲奈と並びながら、普段はあまり来ない三年生の教室を見渡す。お化け屋敷に文化部の展示、そして色とりどりの喫茶室。

 学び舎は今、地域住民をも巻き込んだ一大テーマパークになっていた。

 つい周囲をキョロキョロしてしまういづるは、玲奈を呼ぶ声を聴いて振り返った。


「おーい、玲奈ぁ! おっ、いづるも一緒じゃん?」

「まあ、玲奈さん。いづるさんも。ごきげんよう」


 そこには、運動会で知り合った玲奈のクラスメイト達がいた。

 ショートボブで快活闊達な長身が壇田美結ダンダミユ、三つ編みのおしとやかな方が山下柔ヤマシタヤワラだ。二人共、クラスのバニーガール喫茶を交代で抜けてきたのだろう。ジャージ姿で、すぐに玲奈と三人でかしましくなる。

 こうして見ると、いづるが玲奈の普段の姿に接するのは凄く珍しい。

 生徒会副会長で、誰もがあこがあがめる学園のマドンナ……そんな玲奈が、今は級友と一緒に笑っている。それは、家で自分にだけ見せる笑顔に勝るとも劣らぬまぶしさだった。


「玲奈、アタシは柔と少し早めに飯にすんだ。玲奈も来なよ。勿論、いづるも」

「ええ、是非ご一緒しましょう。それとも……ふふ、二人きりがいいでしょうか」


 柔が上品に微笑ほほえむので、玲奈は耳まで真っ赤になった。

 彼女は二人にからかわれて、しどろもどろに声を上げる。


「わ、わわわっ、わかってくれるのよね? いづる君にはいつでも会いに行けるから! そうよ、いづる君とはいつでも二人きりになれるわ! って、なにを言わせるのかしら。もう、よして頂戴?」

「ふっふっふ、意外と兄上もお甘いようで」

「……できるようになったわね、美結。その台詞はキシリア・ザビ」

「これでも玲奈の第一の親友だからね? ガンダム見たんだ、最近。面白いじゃん?」


 あっ、といづるはあわてて玲奈を止めようとする。

 どうやら美結は、友人の玲奈がガンダム好きと知ってアニメを見てきたらしい。だが、それはディープなガノタである玲奈にとって、抑えきれぬ興奮の呼び水でしかない。

 瞳をキラキラ輝かせた玲奈は、感動のあまり美結の両肩をガシリ! と掴んだ。


「そう、そうなのよ美結! 面白いの! 1stファーストを見たのね、TVテレビ版かしら、それとも劇場版?」

「あ、えと、なんか時々作画が崩れるやつ。島に行ったり、塩がなかったりで……れ、玲奈?」

「なんてことかしら、TV版ね……よくぞ最後まで。TV版はザクレロやGアーマー等、劇場版には登場しないメカニックも楽しめるわ。その上で、やや寄り道的なエピソードもあって、ホワイトベースの日常や逼迫ひっぱくした情勢をよりリアルに感じるの。それで――」


 駄目だ、早く何とかしないと。

 だが、玲奈はガンダムのこととなると我を失う。

 彼女は美結を逃さぬようガッチリ両手で抑えて……というより、拘束して話し続ける。柔は隣でコロコロ笑っているが、周囲の人だかりは何事かとざわつき出した。

 だが、玲奈はますますマニアックな話題で美結を追い込んでゆく。

 かわいそうに、相槌を打ちつつドン引きしている。


「美結、私は嬉しいの……次はなにを見る予定かしら? 1stを見たら当然、次はZゼータよね。でも、宇宙世紀ユニバーサルセンチュリーの年表に沿って08小隊やポケットの中の戦争を見るのもオススメよ。ちょっと見知らぬモビルスーツが出てくるかもしれないけど、陸戦型ガンダムはアムロのガンダム…RX-78-2のあのシリーズを作った際の、製造精度が低くてラインから弾かれた部品で作られてるの。その技術はやがて、陸戦型ジムへと継承され――」

「あ、あの、玲奈……アタシが悪かったよ、日本語で話して。あと、ギ、ギブアップ!」


 そろそろいづるが止めようとした、その時だった。

 不意に背後に気配を感じて振り向く。

 そこには……怜悧れいりな無表情でいづるを見下ろすメイドがいた。


「あっ、海姫マリーナさん! 丁度よかった、玲奈さんが」

「久しぶりだな、いづる。……またか、お嬢様」


 長身に平坦な鉄面皮てつめんぴ来栖海姫クルスマリーナ……かつて玲奈の澄んでいたお屋敷でメイドをしていた女性だ。護身術の達人だったり、スーパーロボットオタクだったりするが、凄く優しくて気の利く女性である。

 ただ、どうにも感情表現の不器用な人だといづるは記憶している。

 海姫は小さく溜息をこぼすと、玲奈の肩に手を置いた。


「お嬢様、玲奈お嬢様。御学友ごがくゆうが困っておいでですが」

「あら海姫、いつからそこへ? 丁度いいわ、海姫だったら1stガンダムの次は――」

「私ならゲッターロボ、そしてマジンガーZを見ます」

「……ガンダムじゃないわ、それは。美結だって困るじゃない」

「彼女を困らせているのはお嬢様です。さ、ガンダム談義……というより布教もいいですが、皆様でお食事に行くのではなかったのですか?」


 海姫はどこから話を聴いていたのだろう。

 だが、いづるは思い出す。

 彼女は今でも、影に日向ひなたにと玲奈を守っているのだ。

 そんな彼女は、美結と柔にうやうやしくスカートをつまんでこうべを垂れる。


「玲奈お嬢様のメイドを努めております、海姫と申します。いつもお嬢様がお世話になっております」

「まあ、メイドさん……凄いんですのね。わたくし、感動しましたわ」

「っべー、玲奈ん家のメイドさん!? すげえ、秋葉原以外で始めて見た」


 騒ぎは収まったかのようで、周囲の人の流れが正常化する。

 学園祭をやっているからか、メイド姿の海姫をいぶかしく思うような人は一人もいない。すでに今日という日は非日常、そして学園全体が異世界のお祭り騒ぎだ。

 海姫は玲奈をたしなめつつ、そうそうと思い出したようにポンと手を叩く。


「お嬢様、ミスコンに出られるそうですね」


 美結と柔が「えっ!?」と表情を一変させる。

 美結はニヤニヤと、まるで悪巧わるだくみを思いついた少年のように笑った。そして、柔はオホホといつものマイペースだが……どういう訳か、瞳がにごりきった光によどんでいる。


「おい玲奈、ミスコンでんのか? ハッ、面白いじゃないのよさ」

「ええ、ええ! これはまた玲奈さんの下駄箱にラブレターが殺到しますわ。楽しみですわね……フフ、フフフフフフフ」


 玲奈の友人も、玲奈に負けず劣らずの変人な気がしてきた。

 だが、玲奈は胸を反らして得意げにフフンと鼻を鳴らす。


「やるからには勝つわ」

「おおーっ! 聞いたか柔っ、玲奈はやる気だよ」

「ふふ、よして……兵が、もとい生徒や父兄が見ているわ」

「よーし、昼飯がてらアタシ達で作戦会議だな!」


 美結はどうやら、イベントの類には自ら進んで首を突っ込むタイプらしい。

 そして、玲奈はさり気なくいづるの手を取った。


「そうと決まれば行きましょう、いづる君。美結も柔も。諸君らの力を私に貸していただきたいわ。そして私は、父ジオンの元に……ま、まあ、父は、父様はもういないわね。……私には、父様なんて」

「え、ええ……えっと、玲奈さん? ……ぼ、僕がいますよ。それに、文那フミナさんも」

「ええ! 勿論よ。文那さんは長らく戦い続けてきた私のライバルの一人。もはやライバルを超え、因縁いんねん超越ちょうえつし、宿命となったわ!」


 阿室玲奈、滅茶苦茶めちゃくちゃにやる気十分である。

 そして、その心に火を付けた人物のことを思い出した。

 古府谷文那フルフヤフミナ……玲奈を好敵手こうてきしゅと認め、一方的な執念を燃やす少女。彼女は確かに、いづるに言っていた。玲奈によって、

 玲奈が、あの玲奈がそんなことをするだろうか?

 だが、文那が嘘を言っているようにも思えない。

 いづるが手を引かれて歩き出すと、自然と海姫がついてくる。


「お嬢様、こんなこともあろうかと……ミスコン用の衣装を運ばせておきました」

「まあ! これで文那さんと戦えるわ。見事な対応よ、プレジデント」

「私はただのメイドです、お嬢様」


 こんな調子なのだが、玲奈は妙に気負っている。

 そのことが少しだけ心配ないづるだった。

 そんなこんなで、五人で作戦会議を兼ねて少し早い昼食へと向かう。その間もアチコチで賑やかな人の声が響き、萬代祭は大盛況だった。

 しかし、確実に玲奈と文那の決戦の時は迫っているのだった。

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