第43話「救世主騎士ガンダム」

 異世界、スダドアカ・ワールドは平和な日々を送っていた。

 だが、突如として魔王サタンガンダムが現れ、世界中が闇に包まれる。ちまたにはモンスターがあふれかえり、民は皆が怯えて暮らすようになった。

 そんな中……ラクロア王国に伝説の勇者、騎士ナイトガンダムが現れる。

 騎士ガンダムは多くの仲間と協力し、次々とサタンガンダムの手下を撃破。

 古くより伝わる神話の武具、三種の神器を集めてサタンガンダムに挑む!

 力の盾、かすみの鎧、そして炎の剣……三種の神器をたずさえ、騎士ガンダムは最終決戦へ……!


 日陽ヒヨウいづるはどこかなつかしい風景に再会していた。

 幼い頃、学校のクラスで流行はやったテレビゲームの世界だ。皆、大好きな大作RPGに夢中になった。競って先を攻略し、家に帰れば宿題を忘れてのめり込んだ。

 剣と魔法と、ドラゴンとプリンセスと……ファンタジーの世界がそこにはあった。

 SD、スーパーデフォルメと呼ばれる頭身の低いキャラクターも、愛嬌あいきょうがあってとてもかわいらしい。それなのに、例えチビでも迫力の戦闘シーンは圧巻の一言だった。

 造詣ぞうけいの深くないいづるにもよくわかった。

 これはまぎれもなく、ガンダムの物語なのだと。


「ふふ、次は伝説の巨人編よ。続きがあるの」


 Blu-rayブルーレイの再生が終わると、すぐに山下柔ヤマシタヤワラがディスクを交換してくれる。

 騎士ガンダムの物語……それはまさしく、日本で独自の進化を遂げたコンシューマゲームとファンタジーの融合世界、その流行が生み出した作品のように思われた。

 そして、意外と好評らしく、あの富尾真也トミノシンヤも腕組みうなずいていた。

 富野信者とみのしんじゃの彼がうならされるということは、作品自体が面白いのだ。他にも、壇田美結ダンダミウは菓子を食べながらフムフムと続きをせかしている。いづるの幼馴染である芳川翔子ヨシカワショウコも、乙女チックな表情で瞳をキラキラさせていた。

 そして勿論もちろん、いづるの隣で阿室玲奈アムロレイナはドヤ顔である。

 エンディングのリリーナ・ドーリアンみたいなドヤ顔である。


「どうかしら、文那フミナさん。楽しんでもらえて?」


 ぐっといづるに身を寄せながら、その向こう側、逆隣に座る古府谷文那フルフヤフミナへと玲奈が声をかけた。

 それでハッと我に返って、文那はしどろもどろに喋り出す。


「ま、まあまあですわ! そこそこ面白いですの」

「ふふ、文那さん……えて聞くわ、推しは謎の騎士シャアであると!」

「なっ……確かにあの騎士はシャアの声、わたくしのお慕いする池田秀一いえkだしゅういち様の声でしたわ! ああ、池田秀一様……ギャグ作品でも素敵。そして、ギャグだけで終わらぬ素晴らしい演技」

勿論もちろん、騎士アムロもオリジナル同様に古谷徹ふるやとおるさんが演じているのよ。彼はこのあと、伝説の巨人編を経て、アルガスの勇者編へ……あら、いけないわ。ネタバレは駄目ね」


 どうでもいいが、いづるは困惑した。

 互いにいづるを挟んで距離を詰めながら、玲奈と文那は言葉を交わしている。対立しているのか、共感を分かち合っているのか……だが、いつものような文那の刺々とげとげしさが感じられない。

 玲奈を怨敵おんてき仇敵きゅうてきと公言してはばからぬ少女が、今日は素直な笑顔をみせていた。

 そして、二人の会話が一般人であるいづる達を置き去りにしていく。


「知っているかしら、文那さん……実は騎士ガンダムの正体は、武者むしゃガンダム」

「な、なんですって!?」

「そう、武者ガンダムの世界で一匹狼いっぴきおおかみの荒くれ者だった、武者頑駄無真悪参むしゃガンダムまあくさんの善の心が形になった姿なの」

「武者頑駄無真悪参……はっ、見える! わたくしにもSDガンダムの世界が見えますわ! ……つまり、ガンダムMK-Ⅲマークスリーをモチーフにした武者なのね? そうなのねっ、阿室玲奈!」

「そうよ……そして、武者頑駄無真悪参の悪の心は、サタンガンダムになったの。ちなみに武者ガンダムのアニメもとてもおもしろいからオススメよ……ジェガンが、自衛丸じえいがんがとてもかわいいの。同時上映だったパトレイバーのイングラムに似てるわね」

「そうでもあるわ! 何故なぜなら、ジェガンとイングラムのデザイナーは、同じ出渕裕いずぶちゆたかさんだからよ!」


 どうでもいいが、この二人はガンダム的なセリフ回しじゃないと喋れないのだろうか。

 だが、気にせず柔が次のBlu-rayをセットする。

 最初のラクロアの勇者編を黙って見た反面、次の伝説の巨人編はパブリックビューイングのような体裁になった。息を潜めて見入るのもいいが、友人と一緒にアニメを見る時はワイワイ言い合うのも楽しい。

 自然と賑やかになる中、いづるの左右だけが真剣な静けさを研ぎ澄ましていた。

 いづるの恋人、玲奈は常にガンダムに対しては全力投球だ。

 そして、その宿敵を自負する文那もまた、食い入るように画面を見詰めている。

 周囲は賑やかで、行き交う言葉が喜々として響いた。


「おーい、真也。お前さ、詳しいじゃん? これ、何ガンダム? どれも同じに見えるんだよなー」

「ええいっ、壇田美結! すぐに女は『どれがガンダム? 全部同じに見えるわ』なんて言うっ! これでは、人に品性を求めるなど絶望的だ!」

「えうー、真也せんぱぁい……わたしもちょっと、元ネタがわからないよう」

「おっと、翔子。、うんうん、構わない。この二種類の巨人は、片方がサイコガンダム、もう片方がサイコガンダムMK-Ⅱをモチーフにしている。二つとも、原作のガンダムでも巨大で、普通より大きいんだ」


 おいおい、真也先輩大丈夫か? と思わず突っ込みたくなる。

 ガチのガノタ、しかも富野作品が一番好きな真也は……でも、昔に比べれば凄く変わった。昔は、富野作品にあらずんばガンダムにあらず、そう公言して憚らない人間だった。

 だが、玲奈や翔子との時間が、彼のガンダムの趣味を広げたのだ。

 そして今、その彼が柔や美結にもアレコレと語っている。

 知ったかぶって不遜ふそんに見えても、フォローを忘れない真也の話に誰もが頷く。


「そうそう、そういえば……この武闘家ネモが凄く強いキャラなのですわ。ふふ、彼を抜きにしてはゲーム版の騎士ガンダムはクリアが難しいと言われてますの」

「柔、さ……何でそんなマニアックな古いゲームレゲーに詳しいの?」

「あら、美結さん。わたくしのお父さんが、その……ガンダムオタクなのです」

「つまりガノタの子であると! 君は! いや、だがいいじゃないか……とっくに好きさ! だって、君の趣味になってるもの」

「もーっ、真也先輩っ! 女の子に不用意に好きとか言わないでくださーいっ!」

「す、すまん翔子! いや、これは、その……サボテンの花が、咲いている」

「あ、ごまかした!」


 いづるも、SDガンダムというジャンルがあるのは知っていた。

 だが、それは子供向けのトイと漫画で、言ってみれば小学生前後をターゲットにしたマーケティングだと思っていたのだ。そして、どこかでガノタの玲奈や文那は、それを子供だましだと思ってる……そう感じていたのだ。

 だが、違った。

 SDガンダムは、それ自体が作品として別個に成立する素晴らしいコンテンツだった。

 そして、そっと隣の玲奈が教えてくれる。


「いづる君……私がガンダム好きでも、SDガンダムはお子様なものだと……そう感じてると思ったかしら?」

「あ、いや、それは! ……すみません、少し、思いました」

「当然ね。私も実際に見るまでは、恥ずかしいけど……少しSDガンダムを小馬鹿にしてたの。でも、百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかず、よ……素晴らしいガンダム作品だわ」


 玲奈は少し恥ずかしそうに、いづるに語ってくれた。

 SDガンダムは幼稚な子供向け作品……それは正しい。半分だけ。そう、幼少期の小さな子供をターゲットに据えたSDガンダムは、実は『ガンダム冬の時代』と呼ばれていた80年台後半から90年台前半をフォローしていたのだ。この時期、ガンダムはZZと逆襲のシャアを追え、F91がTV版の展開に失敗してお蔵入りになったことで停滞していた。

 今では日本サブカルチャーの化物コンテンツであるガンダムも、冬の時代があった。

 そんな時、多くのガンダムファン、ガンダムオタク……ガノタは閉塞へいそくした。

 しかし、クリエイター達は未来を、明日を見ていた。

 近い将来復活するガンダムの力を、受け止め受け入れる子供達を育てたのだ。


「ガンダム冬の時代……肝いりと言われていたF91のTV版が中止になって、Vガンダムが放映されるまで……ガンダムがテレビから消えたわ。映画もなかった。でも」

「でも?」

「講談社のコミックボンボンという月刊漫画雑誌を中心に、SDガンダムが子供達に楽しまれ続けた。BB戦士や元祖SDガンダムといった、比較的作成が容易なガンプラの存在もあったの。SDガンダムは立派なガンダムコンテンツとして、多くの子供達を魅了したわ」

「だから、その後のガンダムブーム再燃の時代に繋がったんですね」

「そうよ……騎士ガンダムだけでなく、武者ガンダム、コマンドガンダム、ガストランダー……多くのSDガンダムによって、将来ガンダムを楽しんでくれる子供達が育てられたの」


 玲奈の言葉には説得力があった。

 なにより、栄光の過去をいつくしんでたたえる優しさがあった。

 そして、それを間近で見て聞くいづるには実感が満ちる。

 何故なら……すぐ隣の文那がもう、夢中でSDガンダムを見ているから。

 リアルロボットアニメの金字塔きんじとうと呼ばれ、日本のロボットアニメのマイルストーン的な作品となった機動戦士ガンダム。俗に言う『リアルロボット』と呼ばれるジャンルを生み出し、大人の鑑賞に耐えうるアニメーションの先駆者的な存在になった巨大コンテンツである。

 だが、そんなガンダムにも逆境があった。

 そして、逆境の中で未来への遺産を生み出したクリエイター達がいたのだ。

 いづるはそれを、騎士ガンダムの物語の中に見出すことができたし、しっかり感じた。

 そう思っていると、文那がガシリ! といづるの腕を抱いてきた。


「ビルドファイターズ等を見て、SDガンダムの存在は知ってましたわ……でも、こんなに胸の踊る物語だったなんて! わたくし、少し……いえ、かなり感動してますの!」

「そっ、そそ、そうですか! でも、僕の腕を放してくださ――」

「玲奈さん! 目からうろこですの……SDガンダムは確かに子供向け、でも子供騙こどもだましではありませんの! 真に子供が楽しめる作品は、大人の中の童心を呼び覚ましますわ!」

「だから、腕を放してくださ……えっ!? ちょ、ちょっと玲奈さん!」


 玲奈も負けじと、いづるの逆の腕に抱き付く。

 周囲はヒューヒューと、無責任な笑いを連鎖させていた。

 ニヤニヤ締まらない笑みを美結が浮かべれば、柔は慈母じぼのような笑顔でスマホのカメラを向けてくる。そして、翔子はそんないづるを見ながら、そーっと、そーっと真也の腕に腕を絡めていた。

 穏やかな休日の時間が、ガンダムによって静かに流れてゆく。

 SDガンダム、それは紛れもなくガンダムだった。

 リアルな戦争と人間ドラマ、そうした写実的な作風がなくても、ガンダムはガンダムだったのだ。すらりとスタイルのいい、兵器として描写されるモビルスーツじゃなくても、ガンダムは見るものに楽しい時間を与えてくれる。

 それをいづるは再認識していた。


「さ、いづる君……伝説の巨人編の次は、アルガス騎士団編よ? ここが凄く面白いの。騎士アムロが、私は好き……名前が似てるのもあるけど、最初はパッとしなかった彼の活躍が、アルガス騎士団編では描かれるわ」

「ちょ、ちょっと玲奈さん!? いづる様にくっつき過ぎですわ! ……でも、騎士ガンダム……そういえば、METALメタル ROBOT魂ロボットたましいでリアルタイプが発売されてましたわね。早速買わねばですわ!」


 いづるをはさんで、玲奈と文那のガンダム愛が肥大化してゆく。こういう時間はそれなりに仲良しでいられる、そんな二人がいづるは好きだった。そして、しがらみを抱え続ける文那に、同じガンダム好きとして接する玲奈が大好きになっていくのだった。

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