第42話「ガノタの瞳に映るもの」
以前の
柔が
リビングでくつろぐ
「皆さん、ゆっくりしてってね。それにしても……うちのフルグランサがごめんなさいね」
突然飛び出た名前に、誰もが首を
玲奈だけが、キラリと目を光らせた。
「おば様、もしや……フルグランサというのは」
「あら、ごめんなさいね。ええと、今はエクシアだったかしら?」
「犬の名前でしょうか。なら、先程柔さんがバルバドスと」
「ああ、そうそう。ふふ、うちの人が
いづるが他の面々と説明を求めて玲奈を見る。
真っ先に口を開いたのは
「玲奈、どゆこと? 何? エスパー?」
「ふふ、違います。あの犬……歴代ガンダムの名前をつけられてるんです。どうやら柔さんのお父さんが、ガンダム好きのようですね」
「へー、そうなんだ」
「わかるわ……私にも敵の好みがわかる!」
「いやいや玲奈、敵じゃないでしょ。敵じゃ」
美結の言う通りである。
だが、うっすらといづるも名前を思い出せそうだ。
フルグランサ、エクシア、そしてバルバドス。
最近玲奈と一緒に見たガンダムのアニメに、出てきたような、そうでもないような。
そうこうしていると、柔がお茶とお
「ありがとう、お母さん。あとはわたくしが皆様をもてなしますわ」
「あらそう? じゃあ、皆さん。楽しんでらしてね」
上品なマダムの決定版とも言える笑顔で、柔の母が去ってゆく。
外ではまだ、バルバドスが元気に庭を駆け回っていた。
家もそうだが、庭も広い。
皆に紅茶をくばりながら、柔は犬のことを聞かれて
「お父さんがガンダム、好きなんですの」
「つまり、必然的にイデオンやダンバイン、ザブングルも好きと! 君は!」
すかさず
いづるがそんな馬鹿みたいなことを考えていると、玲奈が身を乗り出す。
「おじ様もガノタなのね……ならば同志になれ。そうすれば柔さんも喜ぶわ! ……あ、いえ、その……ひ、
というか、ただの本音だろう。
ガンダムのこととなると、すぐに玲奈は自分を見失う。
だが、女神のような笑顔で柔は笑ってテレビを付ける。そのまま入力を
その間ずっと、玲奈は外のバルバドスを見ていた。
そっといづるは、彼女の耳元に
「玲奈さん、犬……好きなんですか?」
「あら、大好きよ? お腹を見せて転がってるとこをみたら、
「いや、それ全然わからないですから」
「そ、そうかしら。そうね、ライオンもサイも迷惑でしょうし、それは犬も一緒よね」
イマイチ話が見えない、そう思っていた時である。
ドスドスと大股で歩く音が聴こえて、リビングに絶叫が響き渡った。
振り向くいづる達の視線の先に……物凄い服を着た文那の姿があった。
「ちょっと、柔さん! 着替えを貸して頂いたのは嬉しいですの、でも……どうしてこのような服なんですのっ!」
文那はシャワーを浴びて、髪がまだ少しだけ濡れている。
そして、
「あら、文那さん……似合ってます、ふふふ」
「ふふふ、じゃありませんわ、柔さん!」
「……お嫌、でしたか?」
「べ、別に、嫌では……ただ、その、ちょっと」
「ふふ、サイズがあってよかったです。さ、文那さんもお茶とお菓子をどうぞ」
山下柔、ド天然の
同じ
だが、文那は玲奈と逆側、いづるの左隣に座って紅茶を一口。
ポットの湯で淹れ直した熱々の
「いい茶葉ですのね……玲奈さん?
「ええ、
「そう……! しかし、この温かさをもった紅茶が食欲さえ刺激しますの! それを分かるんですのよ、玲奈さんっ!」
「わかってます! だから、皆さんに
言われて気付いたが、出されたクッキーはホームメイドのものだ。
柔に聞いたら、やはり彼女が自分で焼いたものだという。
しかし、いづるを
今日は果たして、どんなガンダムと出会えるだろうか。
いづるは知っている……既にもう、玲奈は現在流通している全てのガンダム作品を見たことがある筈だ。以前、
恐らく、文那も同じだろう。
だが、そんな彼女達が揃って、友達と見直すのも好きだというから面白い。
「柔さん、何かしら……今日のガンダムは」
「フッ、富野作品のことならば何でもこの俺に聞いてもらおうか!」
「もーっ、真也先輩は少し静かにしててくださぁーい! はい、クッキー! 食べて食べて」
「なんだあ? 真也お前、年下の彼女ちゃんに弱いのなー」
「だっ、黙れ壇田美結! ガンダム初心者のお前になど、やらせはせん! やらせは――」
「真也先輩、うるさいです!」
「す、すまん……翔子」
しょうもない展開を見てしまったが、少し面白い。
どうやら真也と翔子は、それなりに仲良くなってるみたいだ。あんなに人と打ち解けた翔子を見るのは、玲奈との一件以来である。
そうこうしていると、アニメが始まった。
そのタイトルを見て、いづるは思わず口にしてしまう。
「えっと……
「まあ、素敵。今日は
また得意げに玲奈が喋り出した、その時だった。
紅茶のティーカップを上品に持ちながら、すっと文那が立ち上がった。
「再生するなですわ! この場を借りたいですの! 愛するいずる様と、このアニメを見ている知人友人の方には、突然の無礼を許して頂きたくてよっ!」
何だ何だと皆が目を点にしている。
玲奈だけが腕組み「ダカール演説……やるのね、文那さん」と訳知り顔だ。
だが、文那はリモコンで一時停止を押した柔に詰め寄った。
「柔さんっ、ガンダムをみんなで見るって言うから……でも、これはSDガンダムですわ、ナンセンスですの!」
「まあ……そうなんですか? エスディーガンダムというのは」
「子供向けの二頭身キャラクターが登場するアニメですの。スーパーディフォルメの略でSD、極端にディフォルメしたキャラがかわいいんでしてよ!」
「でしたら……わたくしはかわいいものが大好きだから大丈夫ですわ」
「ええ、ええ。かわいいものが嫌いな人がいるかしら、って違う、違いますの!」
何故か文那は興奮状態で、
「ガンダムというのは、富野御大と多くのクリエイターが生み出した、リアルロボット作品の
真也がうんうんと頷いているということは、そういう一面もあるのだろう。
だが、文那は言葉を続ける。
「SDガンダムとは
美結も美結で、何故か一人で盛り上がる文那を前に……翔子と一緒にチベットスナギツネみたいな顔になっていた。
だが、いづるの隣から
「SDガンダムのこと……知らないのね。ガンダム談義はいつもインテリが始めるけど、信仰みたいな思い込みをもってやるから、いつも排他的なことしかやらないわ!」
「玲奈さんから電波が来る!?」
いやいや、十分文那も電波だよ……そう思ったけど、いづるは黙る。
「しかし鑑賞の後では、
「あ、えと……玲奈さんも、文那さんも。あの……とりあえず、見ませんか? 僕は初めてだし……この、騎士ガンダムっていうの、面白そうですよ?」
いづるがさっきまで文那が座っていたクッションをぽんぽんと叩く。まだ少し温かい。
文那は言葉に詰まったが、どうやら皆と一緒ならば文句はないようだ。
そして、柔が再生ボタンを押すと……再び流れ始めた映像が、いづるを今まで見たことも聞いたこともないガンダムの一面へと吸い込むのだった。
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