第44話「迷えるガノタたち」

 結論から言うと、今回の集いは大成功だった。

 日陽ヒヨウいづるは、恋人の阿室玲奈アムロレイナ古府谷文那フルフヤフミナと仲良く休日を過ごせたことに安堵している。二人の確執は未だに原因がわからず、玲奈に心当たりはないという。しかし、文那の暗い情念に理由ないとも思えない。

 思い込みが激しいが、基本的に文那は正直でプライドの高い少女なのだから。

 そんな彼女が、リムジンで帰っていった夕暮れ。

 山下柔ヤマシタヤワラの家をして、壇田美結ダンダミユとも別れたいづる達は帰宅の途についていた。


真也シンヤ先輩っ、騎士ナイトガンダムって面白かったですねえ。指輪物語とかみたいな、ファンタジーっていいですよねっ!」

「ふっ、この俺も認めねばならんようだな……SDガンダム、あなどがたし! 正直、面白いのよね」

「今度は武者ガンダムってのを見てみましょうよっ! またみんなで」

「ガンダムのデザインはもともと、大河原邦男おおがわらくにお先生が鎧武者よろいむしゃをモチーフに描かれたものだ。つまり武者ガンダムとは、先祖返り、原点への回帰とも言えるだろう!」


 前を歩く富尾真也トミオシンヤは、楞川翔子カドカワショウコと一生懸命に喋っている。

 気難きむずかしいガノタである彼が、あんなに楽しそうにしているのだ。間違いなくSDガンダム、騎士ガンダムの魅力は伝わったようにも思う。

 それはいづるも同じだ。

 シリアスな戦争が題材になることが多い、それがガンダムという作品群だ。リアルロボットアニメの金字塔きんじとうと言われるのにも、そのリアリズムを追求した戦争描写、人間ドラマが大きく影響している。

 だが、SDガンダムのギャグを交えた和やかな雰囲気にはストレスがない。

 それでいて、ストーリーはよく練られたものだった。

 夕焼けの中、隣の玲奈へといづるは振り返る。


「玲奈さんはどうでしたか? 騎士ガンダム。僕はなんか、ちょっとなつかしくなったっていうか……安心して見られるガンダムもあるんですね」


 ガンダムという作品は、油断がならない。

 少しかわいいなと思った女の子や、渋いいぶし銀のベテランパイロット、そして主人公に優しくしてくれる大人達……

 本当にあっさり死ぬし、死亡フラグがバリバリ立つこともある。

 ガンダムシリーズは、主役級のキャラクターでさえ、無情なる死に直面することがあるのだ。

 それを何よりも熟知した玲奈は、いづるに微笑ほほえみかけてくれる。


「とても面白かったわね。富野御大とみのおんたいが作ってたら、登場人物の半分は死んでしまうかもしれない……そんな物語の展開でも、不思議な安心感があったわ」


 すかさず振り向いた真也が「そうでもあるが!」とうるさい。

 悪役はサクサクと爽快感を重視して倒されるが、残虐描写も薄めだった。仲間にも犠牲は出るものの、そこに唐突な悲壮感や、意表をついた無常さはない。あくまで対象年齢を低めに設定しているのもあるだろうが、正統派の王道娯楽である。

 そんな騎士ガンダムを見て、玲奈は少し思うところがあったようだ。

 少しだけいづるに身を寄せると、触れるか触れないかの手を握る。


「誰の心にも、もしかしたら光と闇があるのかもしれないわね……物語の主人公、武者頑駄無真悪参むしゃがんだむまあくさんから騎士ガンダムとサタンガンダムが生まれたように」

「……つまり、文那先輩とのことも」

「ええ。もしかしたら、私に潜む悪の心、無自覚な闇が彼女を傷付けたのかもしれないわ。そして、そのことを私は覚えていない……少し、傲慢ごうまんね」


 少しさびしげに笑う玲奈が、とても綺麗だ。

 いつ見ても、この人と同じ家に帰り、同じ屋根の下で寝るんだと思うと、顔が火照ほてる。

 そして、ふと思うのだ。

 公明正大こうめいせいだい清廉潔白せいれんけっぱく、パーフェクトな文武両道のスーパーお嬢様……そんな阿室玲奈にも、心に闇があるのだろうかと。

 同時に、思い出す。

 彼女は今は、日陽家の居候いそうろうだ。

 唯一の肉親である父親に捨てられ、孤立無援で暮らしているのだ。

 いづると心を通わせ、多くの友人に恵まれていても……玲奈の父親に対するわだかまり、筆舌ひつぜつがたい怒りといきどおりは大きいと思う。

 だが、それを彼女は微塵も見せようとしない。

 今も、笑顔でいづるの手を握ってくるのだ。


「っ! れ、玲奈さん!?」

「お願い、いづる君。今はいいのさ、全てを忘れて……黙って握って。私の手を、握り返して」


 少し先では、翔子が真也にじゃれつきながら歩いている。

 そしていづるの手の中で、玲奈の手がとても熱かった。

 柔らかな感触をしっかりと握って、結んだ手と手の中に想いを封じ込める。

 いづるの手にすがるような、そんな気配をにじませながらも……毅然きぜんとした足取りで玲奈は歩く。だが、心なしか距離が近くて肩が触れ合った。


「私、思ったわ。やっぱり、今度文那さんに聞いてみようと思うの」

「玲奈さんが、彼女を傷付けたって話、ですよね」

「ええ」

「……僕は、そんなことはないと思います! 思いたい、です。でも」

「でも、現に私……恨まれてるわ。文那さんに」


 それも、尋常じんじょうじゃないくらい、根に持たれている。

 玲奈の人となりを知っている、知り尽くしているいづるとしては、不思議に思うくらいだ。不自然でもあるから、逆恨みだと思うが、それにしても普通ではない。

 そして、どうやらそれは文那の恋路に関することだという。

 そこまでわかっても、玲奈には心当たりがないのだ。


「……玲奈さん。文那先輩って、どういう人だったんですか? 前は、ライバルだったんですよね。今も、よく張り合ってますけど」

「文那さんは、私が知る限り最強の好敵手こうてきしゅ……そう、ライバルだったわ。富尾君はいいライバルだったけど、母上がいけないのよ。彼は男子に生まれたから、どうしても勝負する場が限られるもの」


 そういうものかと、いづるは前を向く。

 あの、ガチガチの富野信者で、玲奈を過度に意識しまくっていた優等生が……今は見る影もない。翔子の笑顔を見下ろす彼の、どこかしまりのない笑み。それも幸せならいいかと思うが、以前とはかなり変わったといづるは思う。

 真也はいつぞやは、いづるのために親身になってくれた。

 玲奈のためにも心を砕いてくれたし、その真摯しんしな態度が翔子に響いたのだ。

 彼は今や、玲奈にとっても誰にとっても、とてもいい友人なのだ。

 だが、文那は違う。


「私が高校に進学してから、あらゆる分野で互角に渡り合った少女がいたわ……それがセントズィーオンの赤い彗星すいせい、古府谷文那。そう、文那さんよ」

「玲奈さんって、一年生から生徒会役員でしたよね?」

「ええ。でも、色々な運動部にヘルプを頼まれることが多かったから。あらゆる競技で私達は戦い、お互いの健闘を称え合ったわ。私は、そう思ってたのだけど……」


 ある日を境に、文那は玲奈へ特別な感情をぶつけてくるようになった。

 それは、憎悪ぞうお

 憎しみと恨みの気持ちだ。

 その心当たりが、玲奈にはないのである。

 だが、その時いづるは耳にした。

 二人の関係性が決定的に壊れてしまった、その原因を思わせる言葉を。


「私、文那さんもガンダムが好きだって聞いてから、ますます親近感を持ってたのに」

「えっ? ……それは、いつ頃ですか? 玲奈さん」

「そうね……去年の秋の新人戦が終わったあたりだったかしら。ふふ、いづる君は受験生の真っ只中だった時期ね」

「あの文那さんが、自分で言ったんですか? ガンダムが好きだって」

「ふふ、まさか。難しいんだぞ? 女の子がガンダムを好きでいるのは。……つい、隠してしまいたくなるのよ。私がそうだったもの」


 それは、わからなくもない。

 そして恐らく、文那もそうだったのだろう。

 もし、もしもだ。

 仮に、文那がそう思って隠していた趣味……

 しかも、玲奈が無自覚に。

 そのことを問いただすと、玲奈は真剣な表情で記憶の糸を手繰り始める。

 だが、やはり思い当たることがないようだ。


「私が、文那さんの趣味を……ガンダム好きであることを、吹聴ふいちょうした? だとしたら、それは悪行よ」

「そういう記憶は……?」

「ない、と、思うわ。……でも、私だって完璧な人間じゃないもの。こうして、いづる君の体温がなければ、自分をかえりみることもしてこなかった女だわ」

「いや、そんな深刻な……あと、富尾先輩みたいな喋りになってますよ、玲奈さん」


 そして、気付けば立ち止まった真也と翔子が、にまにまといづる達を見ていた。


「いづちゃん! すごいね、玲奈先輩と大進展だね! いつのまにこんなに……ううっ、わたし感動で涙が……!」

「ええい、こうもイチャつけるものか! 阿室玲奈っ! ならば、俺は翔子と腕を組もう!」

「はいっ、真也先輩っ!」

「我が世の春が来たァ! 絶好調である!」

「あ、でも……真也先輩、そこの角でお別れですねぇ。わたし達は、家がほぼ一緒だからぁ」


 翔子は多分、無自覚に持ち上げてから、全力で叩き落とすタイプの人間だ。

 かわいそうに……悪気がない翔子の言葉に、真也はガクリを肩を落とす。

 そして、皆と別れの言葉を交わすと、トボトボと曲がり角の向こう側へと消えていった。

 そう、悪気がない言葉でも人は傷付く。

 勿論もちろん、翔子のことは真也もわかってくれているから、心配はいらない。

 だが、同じことが過去、玲奈と文那の間に起こったとしたら?

 そう考えると、いづるは二人の仲を真面目に考える時期に来ていると感じていた。そして、何よりいづるの好きな人は、文那とのわだかまりを解決したいと願ってくれているのだだった。

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