第44話「迷えるガノタたち」
結論から言うと、今回の集いは大成功だった。
思い込みが激しいが、基本的に文那は正直でプライドの高い少女なのだから。
そんな彼女が、リムジンで帰っていった夕暮れ。
「
「ふっ、この俺も認めねばならんようだな……SDガンダム、
「今度は武者ガンダムってのを見てみましょうよっ! またみんなで」
「ガンダムのデザインはもともと、
前を歩く
それはいづるも同じだ。
シリアスな戦争が題材になることが多い、それがガンダムという作品群だ。リアルロボットアニメの
だが、SDガンダムのギャグを交えた和やかな雰囲気にはストレスがない。
それでいて、ストーリーはよく練られたものだった。
夕焼けの中、隣の玲奈へといづるは振り返る。
「玲奈さんはどうでしたか? 騎士ガンダム。僕はなんか、ちょっと
ガンダムという作品は、油断がならない。
少しかわいいなと思った女の子や、渋いいぶし銀のベテランパイロット、そして主人公に優しくしてくれる大人達……気を抜くと、すぐ死ぬ。
本当にあっさり死ぬし、死亡フラグがバリバリ立つこともある。
ガンダムシリーズは、主役級のキャラクターでさえ、無情なる死に直面することがあるのだ。
それを何よりも熟知した玲奈は、いづるに
「とても面白かったわね。
すかさず振り向いた真也が「そうでもあるが!」とうるさい。
悪役はサクサクと爽快感を重視して倒されるが、残虐描写も薄めだった。仲間にも犠牲は出るものの、そこに唐突な悲壮感や、意表をついた無常さはない。あくまで対象年齢を低めに設定しているのもあるだろうが、正統派の王道娯楽である。
そんな騎士ガンダムを見て、玲奈は少し思うところがあったようだ。
少しだけいづるに身を寄せると、触れるか触れないかの手を握る。
「誰の心にも、もしかしたら光と闇があるのかもしれないわね……物語の主人公、
「……つまり、文那先輩とのことも」
「ええ。もしかしたら、私に潜む悪の心、無自覚な闇が彼女を傷付けたのかもしれないわ。そして、そのことを私は覚えていない……少し、
少し
いつ見ても、この人と同じ家に帰り、同じ屋根の下で寝るんだと思うと、顔が
そして、ふと思うのだ。
同時に、思い出す。
彼女は今は、日陽家の
唯一の肉親である父親に捨てられ、孤立無援で暮らしているのだ。
いづると心を通わせ、多くの友人に恵まれていても……玲奈の父親に対するわだかまり、
だが、それを彼女は微塵も見せようとしない。
今も、笑顔でいづるの手を握ってくるのだ。
「っ! れ、玲奈さん!?」
「お願い、いづる君。今はいいのさ、全てを忘れて……黙って握って。私の手を、握り返して」
少し先では、翔子が真也にじゃれつきながら歩いている。
そしていづるの手の中で、玲奈の手がとても熱かった。
柔らかな感触をしっかりと握って、結んだ手と手の中に想いを封じ込める。
いづるの手にすがるような、そんな気配を
「私、思ったわ。やっぱり、今度文那さんに聞いてみようと思うの」
「玲奈さんが、彼女を傷付けたって話、ですよね」
「ええ」
「……僕は、そんなことはないと思います! 思いたい、です。でも」
「でも、現に私……恨まれてるわ。文那さんに」
それも、
玲奈の人となりを知っている、知り尽くしているいづるとしては、不思議に思うくらいだ。不自然でもあるから、逆恨みだと思うが、それにしても普通ではない。
そして、どうやらそれは文那の恋路に関することだという。
そこまでわかっても、玲奈には心当たりがないのだ。
「……玲奈さん。文那先輩って、どういう人だったんですか? 前は、ライバルだったんですよね。今も、よく張り合ってますけど」
「文那さんは、私が知る限り最強の
そういうものかと、いづるは前を向く。
あの、ガチガチの富野信者で、玲奈を過度に意識しまくっていた優等生が……今は見る影もない。翔子の笑顔を見下ろす彼の、どこかしまりのない笑み。それも幸せならいいかと思うが、以前とはかなり変わったといづるは思う。
真也はいつぞやは、いづるのために親身になってくれた。
玲奈のためにも心を砕いてくれたし、その
彼は今や、玲奈にとっても誰にとっても、とてもいい友人なのだ。
だが、文那は違う。
「私が高校に進学してから、あらゆる分野で互角に渡り合った少女がいたわ……それが
「玲奈さんって、一年生から生徒会役員でしたよね?」
「ええ。でも、色々な運動部にヘルプを頼まれることが多かったから。あらゆる競技で私達は戦い、お互いの健闘を称え合ったわ。私は、そう思ってたのだけど……」
ある日を境に、文那は玲奈へ特別な感情をぶつけてくるようになった。
それは、
憎しみと恨みの気持ちだ。
その心当たりが、玲奈にはないのである。
だが、その時いづるは耳にした。
二人の関係性が決定的に壊れてしまった、その原因を思わせる言葉を。
「私、文那さんもガンダムが好きだって聞いてから、ますます親近感を持ってたのに」
「えっ? ……それは、いつ頃ですか? 玲奈さん」
「そうね……去年の秋の新人戦が終わったあたりだったかしら。ふふ、いづる君は受験生の真っ只中だった時期ね」
「あの文那さんが、自分で言ったんですか? ガンダムが好きだって」
「ふふ、まさか。難しいんだぞ? 女の子がガンダムを好きでいるのは。……つい、隠してしまいたくなるのよ。私がそうだったもの」
それは、わからなくもない。
そして恐らく、文那もそうだったのだろう。
もし、もしもだ。
仮に、文那がそう思って隠していた趣味……ガンダムを愛好するプライベートを、玲奈によって暴かれたことがあったとしたら?
しかも、玲奈が無自覚に。
そのことを問いただすと、玲奈は真剣な表情で記憶の糸を手繰り始める。
だが、やはり思い当たることがないようだ。
「私が、文那さんの趣味を……ガンダム好きであることを、
「そういう記憶は……?」
「ない、と、思うわ。……でも、私だって完璧な人間じゃないもの。こうして、いづる君の体温がなければ、自分を
「いや、そんな深刻な……あと、富尾先輩みたいな喋りになってますよ、玲奈さん」
そして、気付けば立ち止まった真也と翔子が、にまにまといづる達を見ていた。
「いづちゃん! すごいね、玲奈先輩と大進展だね! いつのまにこんなに……ううっ、わたし感動で涙が……!」
「ええい、こうもイチャつけるものか! 阿室玲奈っ! ならば、俺は翔子と腕を組もう!」
「はいっ、真也先輩っ!」
「我が世の春が来たァ! 絶好調である!」
「あ、でも……真也先輩、そこの角でお別れですねぇ。わたし達は、家がほぼ一緒だからぁ」
翔子は多分、無自覚に持ち上げてから、全力で叩き落とすタイプの人間だ。
かわいそうに……悪気がない翔子の言葉に、真也はガクリを肩を落とす。
そして、皆と別れの言葉を交わすと、トボトボと曲がり角の向こう側へと消えていった。
そう、悪気がない言葉でも人は傷付く。
だが、同じことが過去、玲奈と文那の間に起こったとしたら?
そう考えると、いづるは二人の仲を真面目に考える時期に来ていると感じていた。そして、何よりいづるの好きな人は、文那とのわだかまりを解決したいと願ってくれているのだだった。
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