第33話「闇の和解…ジェラシー・玲奈」
暗がりに沈んでゆく
階段を昇り切って、生徒会室へと走る。
そして、いづるは目的の
思わず込み上げる想いが言葉となって
「玲奈さんっ! 阿室玲奈さん! 僕の話を聞いて下さい!」
思ったより大きな声が出た。
その声に、ビクリ! と身を震わせた玲奈は……慌ててドアの中へと引っ込んだ。
しかし、拒絶されてもいづるは
例え破局が待っていたとしても、手を尽くさずにはいられない。
嫌われてしまったとしても、言葉を尽くせぬままには追われないのだ。
「玲奈さん、僕の話を聞いて下さい!」
ドアにへばりつくようにして、声を張り上げる。
だが、生徒会室の中からはくぐもる声が静かに
「話なんて、ないわ。いづる君、帰って……」
それは、誰もが憧れる
動揺も
声を張り上げるいずるは、ドアのノブに手を回した。しかし、
玲奈は時折、強情で己を曲げない頑固さを見せる。
それは生来、
だが、一度ネガティブに閉じこもってしまうと、面倒この上ない作用を見せていた。
いづるはドアを叩きつつ、言葉を選んでは呼びかける。
「僕には話があるんです、どうしても伝えたい事が……玲奈さん!」
「どうして、なにを話すっていうの! 私、私……」
「そのままでもいいから聞いてください。まず……ごめんなさい! 最初に謝るべきでした。
ドアの向こうが静かになった。
だが、まだドアノブは凍りついたように動かない。
いづるはゆっくりと、玲奈の聞き入る気配をたどるように話しかける。
「玲奈さんに申し訳ないことをしてしまった……どんな形であれ、僕がああした不貞と思われる行動をしたのは事実です。その気になれば僕は、無理矢理にでも
「……いづる君、押しに弱いから」
「それは言い訳になりませんよね……だから、すみません! ごめんなさい!」
「や、やめて
ドアへと
彼女を傷つけたのは、自分だ。
親密としか見えない状態で、玲奈へ尾行がバレてしまったのだ。
それは全ていづるの
――それでも。
それでもと良い続けたい。
はいそうですかと納得したら、二人は永遠に
同じ屋根の下で暮らす仲が、時間や空間とは別の距離に隔たれてしまう。
「玲奈さん……僕に弁明と謝罪のチャンスを下さい。ぼくは……僕は取り返しのつかないことをしてしまった」
「そ、そんな、こと……そ、そうよ!
「ですよね。せっかく玲奈さんが
「そ、そそっ、そんなの! ずるいわ、誰が! いつ!」
「……ずるいこと聞きます……僕のこと、もう
「とっくに好きよ! 私の恋人になってるもの!」
だが、そんな時だった。
階段を上がって、こちらへやってくる。
その声が響いた、次の瞬間……目の前のドアが突然開かれた。
「おーい、誰かいるのかあ? 声がしたな、確か……ふむ、こっちは生徒会室か」
リノリウムの床に反射する足音。
真っ暗な中でいずるは、突然柔らかなぬくもりに抱きしめられた。ギュッと胸にいづるを押し付け黙らせたまま、玲奈は内側から生徒会室の鍵をかける。
外でガチャガチャとドアノブを回してから、校務員は去っていった。
足音が遠のくのを聴きながら、ようやく二人は離れた。
薄闇の中でも、玲奈が赤面に
「……行った、わね?」
「え、ええ」
「いづる君、その……いっ、言い訳! 聞いてあげるわ。その……一方的に突き放してると、そのままになっちゃいそうで……怖い、から」
「玲奈さん」
いづるは背伸びして、ちょっと背の高い玲奈を抱き締めた。
玲奈は確かにはっきりと、いづるの背に手を回して抱き返してくる。
「ごめんなさい、玲奈さん。玲奈さんが
「ん、そう……い、言っておくけど、気付いてたわ! ええ、気付いていたの」
「ほんとですか?」
「……嘘、かも。でも、そんなことは関係ないわ! ……最後のあれはなに?」
「ええと、それは……すみません、翔子たちに見つかりそうになって、文那先輩が」
自分の口から伝えれば伝えるほど、言い訳の余地がない。
それでも、少し離れていづるを見詰めた玲奈は、そのまま唇に人差し指を立てる。そうして彼女は、周囲を見渡した。徐々に闇に目が慣れて、窓のカーテンからはかすかな継ぎ目が月の光を運んでくる。
ぼんやりと闇に浮かぶ玲奈は、やはりいつ見ても綺麗だった。
応接セットのソファに座ると、玲奈は隣をポンポンと叩いた。
「……それで? いづる君、こっちに来て。そもそも、どうして私を追跡したのかしら。……面白かったんでしょう。私があの二人のために、
「いえ、それは……その、玲奈さんが心配で。文那先輩はああ言ってたけど、玲奈さんはあの二人にお
「そ、そう? そうよ、割りと上手くいったわ。あの二人、初デートは大成功ね」
「ええ」
いづるは玲奈の隣に座って、そしてドキリと心臓の鼓動を跳ね上げた。
玲奈は
秋が深まる夜の始まりに、二人は密室で静かに身を寄せ合った。
「いづる君……事情はわかったわ。謝罪も受け取ります。でも……」
「でも?」
「なにかしら、こう……私にも説明の付かない感情があって、それが制御できないの。言うなれば、『やらせはせん! やらせはせんぞぉ!』って感じの、黒い気持ちが勝手に」
「玲奈さん?」
「自分でも押さえられないの! そして正体もわからないわ。私、こんなに
変にうろたえ始めた玲奈の肩を抱き、いづるは自分へと引き寄せた。
自分の胸の上で見上げてくる玲奈の、その視線が
いづるは意外なことに気付いて、それが玲奈故に妥当で当たり前と気付いたのだ。そう、玲奈が持て余している感情、それは
玲奈を支えて励ますように、いづるはゆっくりと語り掛けた。
「玲奈さん、それは……嫉妬です」
「
「そうです! 玲奈さん、今までの生活で嫉妬を感じることなんてなかった筈です。誰よりも
自ら輝く太陽は、
必定、太陽が作る影はあっても、太陽の影はないのだ。
だが、いづるは玲奈という名の太陽を
玲奈は今、初めて自分に嫉妬という感情が生まれて
いづるが文那と一日を過ごして、親密に見えたことが
「これが、嫉妬……そうなの? いづる君」
「ええ。いいですか、玲奈さん……僕がこれから、文那先輩と過ごした一日の全てを話します。怒って、責めて、そして……許しを乞うので、受け止めて下さい」
「わ、わかったわ。……少し、嫌なのだけど、これが嫉妬なのね。いいわ、話して」
いづるは全てを語った。
玲奈はいづるに肩を抱かれながら、ギュムと胸元のシャツを握ってくる。
そして、全てを語り終えた時……彼女はキッと顔をあげた。
「許せないわ……許せない、いづる君!」
「ご、ごめんなさいっ! ……どうしたら許してもらえるか、僕、考えます。どうしても許して欲しいから……どんなことをしてでも償いたいから。だから」
「私、自分がこんなに
「え? あ、いや……文那さん、小さな男の子に
「そ、それはいいわ、でも。私、そういえば……いづる君! 私、いづる君と二人きりでデートしたこと、ないわ! どういうことなの?」
「そ、それは……はっ!」
軽く
彼女の額のアホ毛が、左右に割れてVの字を
ようやくいづるは、玲奈の笑顔を取り戻した。
「いづる君、わ、悪いわ。君、悪い子だぞ? ……私に嫉妬の感情を植え付けて。いけない人だわ。私、怖かった。嫉妬だとわからなくて、なんだろうって。このドス黒い気持ちが私から出てるのが、怖かったの」
「すみません、玲奈さん。でも……僕と文那先輩に、その……嫉妬、してくれたんですよね」
「そうよ! ずるいわ、いづる君は、だって……だって、私の恋人なのに。私、まだ……いづる君と二人きりでデートしたことないのに」
「じゃあ、僕に
玲奈は満面の笑みで、いづるの首に抱きついてきた。
カーテンの隙間から覗く月だけが、二人の和解を見詰め続けていた。
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