第23話「好敵手同士?」
静かに停車する金色のリムジン。その大きな車体から、ドアを開いて一人の少女が舞い降りた。
そう、舞い降りたと形容すべき優雅さで降臨した。
神々しさをも感じさせる縦巻きロールの
彼女はささやかで
その目は、
一方で玲奈は、誰にでも向ける優しげな微笑を浮かべた。
「あら、文那さん。ごきげんよう、貴女もおやつかしら? ここのものはなんでも美味しいのよ? 豪邸暮らしだった頃には味わえなかったものばかりだわ」
「結構よ! わたくし、今日のおやつは専属パティシエが作るパフェを頂きますの。フルーツてんこ盛りの、生クリームたっぷりのをね!」
「それは素敵ね」
「当然よ!」
あまり話が噛み合わないが、腕組み見下ろす文那が近づいてくる。
いづるにぴったり密着したまま、玲奈に緊張は見られない。
「……そんなにわたくしのいづる様にひっついて」
「あ、あの、文那先輩。これは、その」
「文那さん、私たちは仲良しですもの。当然です。……そ、それに、仲良し以上の中なの。だから……あっ、当たり前だわっ!」
じっと見上げる玲奈が、珍しく他者に対して強気な態度を見せた。
だが、文那の顔にはまだ余裕の笑みがあった。
いづるは自然と、二人の背後に龍と虎とか、ハブとマングースとかが見えた。もう少しガンダムに詳しかったら、そこにアムロとシャアを見たかもしれない。
微妙に張りつめた空気を先に弛緩させたのは、文那だった。
「まあ、いいでしょう。
二人のボディーガードらしき黒服が「はっ!」と声を緊張させる。
そして文那に、宝石箱のような豪奢な小箱が差し出された。金縁のエングレービングで飾られたそれを開けると……真っ赤なPS
それを手にして、文那は見せつけるように突き出した。
「ごらんなさい! これぞ、わたくし専用、古府谷文那専用PSVitaですわ! やはり専用機は赤に限りますの……これはリヒトホーフェン以来のエースの
文那のPSVitaは、正規品の赤ではない。
もっとピンクっぽい、より鮮やかな……いうなれば、
いづるは奇妙な気迫に押されてタジタジになりつつ、隣の玲奈に小声を
「玲奈さん、誰です? リヒトホーフェンさんって」
「旧ドイツのエースパイロットよ。第一次世界大戦で世界一の撃墜数を誇ったの。彼の戦闘機は赤く塗装され、『レッドバロン』と呼ばれたのよ」
「ああ、それってもしかして」
「ええ、シャア・アズナブルのモデルの一人と言われているわ」
なるほどと思った、その時だった。
文那は堂々といづるの隣、玲奈とは逆側に座る。
そして、玲奈同様にぎゅっと
自然といづるは、二人の弾力の間でぬくもりに包まれる。
同時に、文那もぐいぐい身体を押し付けてくるので……いやがおうにも、玲奈の柔らかさと接する面積が急上昇した。
「あ、あの! 文那先輩! あ、当たってます」
「あら、当ててますのよ! さあ、いづる様。阿室玲奈よりわたくしと! この、わたくしと! ゲームをして遊びましょう」
「……文那さん、いづる君は困ってるわ。そういうのはいけないぞ?」
そう、困っている。
大弱りである。
既に勝手に、文那はいづるの右側に座って、右腕を抱き締めている。小ぶりな胸の弾力が、二の腕あたりに温かさを広げていた。
そして、それを見た玲奈も同じように左側から左腕にしがみつく。
二人はいづるの視界を奪い合うように、互いのゲーム機を見せてくるのだった。
「阿室玲奈、貴女もGジェネをやっているのでしょう?」
「ええ。とても楽しんでるわ」
「ならば、勝負しましょう……このっ! 古府谷文那が! 叩きのめしてやりますわ! あっ、いづる様ぁん。見てくださいな、わたくしのこの編成! このユニット! この、ザクを!」
いづるは引きつる笑いで、猫なで声の文那から身を遠ざけようとする。
それは、玲奈の柔らかさに自らを押し込め沈ませるのと同義だった。
そして、いづるは珍しいものを見る。
玲奈が、あの
嫉妬しているようにいづるには見えた。
そして、ヤキモチなんだろうか。
そう思うのは
だが、玲奈は声だけは毅然として、静かな声音を解き放つ。
「文那さん、いづる君が困ってます。それに、Gジェネは対戦ゲームではないわ」
「ええ、そうですわ。普通、Gジェネで対戦なんてできませんわ」
「なら、どうしてこんなことをするのかしら? これではいづる君が困って、おやつの時間が楽しめなくなる。二人の仲の冬が来るわ!」
「日陽家に
「乙女が乙女に罰を与えるなど!」
「わたくし、古府谷文那が対戦しようと言ってますのよ、阿室玲奈!」
「エゴだわ、それは!」
「恋心がもたない時がきてましてよ!」
訳がわからない。
だが、いづるも先程の玲奈の話を聞いていた。確か、GジェネことGジェネレーション・シリーズは、ガンダム世界の歴史の中に入り込み、それを追体験する
だが、フン! と鼻を鳴らして文那が縦巻きロールを揺らす。
「わたくし、言いましたわよ? 普通はGジェネで対戦できないと……そして、わたくしは普通という次元からは常に離れた高みにいる存在。さあ、亜堀!」
黒服の片方が、不思議なケーブルを持ってきた。
それを文那は、自分の紅いPSVitaに突き挿す。そして、そのもう一端の先を玲奈へ向けて微笑んだ。それは、勝利を確信した揺るがない笑みだった。
「わたくしの挑戦、受けて頂けるかしら? これは、わたくしが貴女との戦いだけのために作らせたものです。さ、その白い悪魔に……白い悪魔専用機にお挿しになって」
「富にものを言わせて……いいわ、受けて立ちます!」
「それでこそよ、阿室玲奈! まずはケーブルを挿して、アップデートをなさい」
「言われなくても!」
玲奈は迷わずケーブルを受け取り、そして自分のPSVitaに突き挿した。
そして、固まった。
「い、いづる君……見たこともない画面が出てきたわ。ええと……インストール、しますか? まあ……どうしたらいいのかしら」
「あ、待ってください玲奈さん。正規品でないものをインストールすると――」
「なにしてますの、阿室玲奈っ! OKボタンをどんどん押していきなさいな!」
「まって、文那さん。利用規約があるわ……古府谷家で作ったのね、これ。熟読しなくては……ふむ、なるほど」
「あーもぉ! そんなのいいんですの! 早くインストールなさって!」
「玲奈さん、そのボタンは違います、それを押すと戻っちゃいますから」
いづるを挟んで、玲奈と文那はてんやわんやのデコボココンビを演じていた。
だが、その間で圧縮されるままにむちむちぷりぷりを味わってるいづるは、思う。ひょっとしてやはり、文那は悪い人間じゃないと。それは確信に近く、玲奈もわかってくれているように思った。文那は玲奈と雌雄を決する、ただそれだけのためにこんな大それたものまで作ってしまったのだ。
そう考えていると、ようやく玲奈はインストールが終わったようだ。
「まあ……VSモードというのがメニューに追加されたわ」
「さ、マッチングしますわよ……わたくしの無敵のMS部隊で、叩きのめしてあげますわ!」
その頃には、隣のベンチで見守っていた
そう、大丈夫なのだ。
なにも恐れることはないし、不愉快でもない。
それは、男として至福の絶頂である、両手に花のハーレムだからではない。
やはり文那は、些細なボタンの掛け違いで玲奈と敵対しているだけの、性根の正直な少女なんだと思う。そう思って横顔を眺めていたら、視線に気付いた文那が笑う。
それは、玲奈の笑みに勝るとも劣らぬ満面の笑顔だった。
「いづる様、見ててくださいな。わたくしが今から、通常の三倍の美しさで! 三倍の軽やかさで! 三倍の優雅さで! 阿室玲奈を倒してごらんにいれますわ」
「え、ええと……その、お手柔らかに、イテッ! い、痛いですよ玲奈さん」
不意に頬を
珍しく玲奈が、唇を尖らせている。
「……いづる君。私、負けないわ。負けないから……見ててくれるかしら?」
「は、はい」
「この阿室玲奈、挑まれたからには全力でお相手します!」
こうして、いづるを挟んでの対決が始まった。
白い流星VS赤い彗星……本来想定されていない、Gジェネでの対戦。
二人が向けてくる二つの画面を見ながら、その両方に並ぶ陣容にいづるは瞬きを繰り返す。正直、どっちがどれだけ強いのか、さっぱりわからない。SLGなんだから、有利な駒、強い駒を持っている方が優勢にゲームを進めるだろう。
だが……いづるにはガンダムのMSの強弱がさっぱりわからない。
そして、玲奈が常軌を逸した編成で普段から遊んでいることもまた、わからないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます