第30話「皆よおうちにかえれ」
かなり危なっかしいが、二人の距離は急激に近付きつつある。
それよりも
そのことでずっと、いづるは心苦しかった。
ほれみたことかと言わんばかりの、
デートも終わりに近付き、真也と翔子はカフェテラスでおやつのようだ。そして、そんな二人から少し離れて、玲奈がサングラス越しに見詰めている。勿論、いづるも距離を置いて玲奈をこそ見守っていた。
「さ、いづる様……あーん、ですわ! ここのパフェは絶品ですのよ?」
「あ、いや、文那先輩」
「遠慮なさならないで……さ、あーん! ……あ"あ"ーん!」
「は、はい……」
文那が差し出すスプーンの、その先に盛られたアイスクリームを口に含む。冷たい甘みが口の中に広がって、いづるは
「お、おいしいです」
「ええ、ええ! そうですわ、そうなんですの!」
「あ、あのぉ……文那先輩」
「あら、もう一口ですの? ふふ、いづる様ったら欲張りさんでしてよ」
「や、そういう意味じゃなくて」
いづるに向けられる文那の笑顔は、とても愛らしい。
あの玲奈と全てにおいて互角に渡り合う少女は、その美貌においても全く引けを取らない。笑顔が一番のアクセサリーだと、無言で語ってくれる可憐さに満ちていた。
だからこそ、いづるは少し気まずい。
極めて申し訳ないのだが、文那がかわいいのだ。
玲奈という心に決めた人がいるのに、こうして二人で過ごすことが後ろめたい。そして、その玲奈はすぐ側にいるのに、こちらには全く気付いていないのだから。
「文那先輩。あの、お願いがあります」
「あら、なにかしら? ふふ、いづる様にお願いされるのは、それはとても嬉しくてよ」
「その……もっと玲奈さんとの因縁について、詳しく教えてほしいんです」
「そんなことですの? ……残念ですわ」
文那はサクサクとパフェを口に運びながら、いづるへと目を細める。
どうやら話してはくれないようだ。
そうこうしていると、背後で声が響く。
「真也先輩っ、見てください! わたしも最近、ガンダム色々勉強しててえ」
「ほう? 漫画版のオリジンだな? 先程のアニメイトで?」
「はいぃ。この人って一番最初のガンダムを作った人の一人ですよねえ」
「ああ、
「うんうんっ、
「よく勉強しているな、楞川! あ、いや……しょ、翔子」
二人はとてもいい雰囲気だ。
とうとう名前で呼び合うようになっている。
真也はいづるも知っているが、実直で生真面目、優等生そのものな眼鏡男子だ。加えて言えば、富野監督が作ったガンダムをこよなく愛する、
だが、いづるは知っている。
真也は最近は、富野作品以外のガンダムも見てるのだ。
そしてそれは、恐らく翔子の話題に合わせるためだろう。
翔子もまた、真也との話題のためもあって、古いガンダムを見たのだろう。
二人は徐々に親密になってゆく、そんな甘い予感があった。
しかし、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「そ、そういえば、しょ、翔子。俺も最近、
「わあ、どうでしたかあ? 本当にもぉ、キラきゅんがかわいくてかわいくて」
「うむ、友人を守るため、同族であるコーディネイター、幼馴染のアスランとの戦い……その中での葛藤。とても味わい深い作品だった……俺の食わず嫌いだったな」
「そぉなんですよぉ! んもっ、真也先輩ってば富野監督のガンダムばかり見てるんだもーん。でも、SEEDは凄いんですよ、まずキラきゅんとアスランが清い純愛で、二人はモビルスーツでも手と手を恋人つなぎしちゃって」
「こ、恋人つなぎ?」
「こぉです、こぉ!」
翔子はテーブルを挟んで座る真也の手を取った。
そして、無意識に当たり前に、さりげなく手をつなぐ。
指と指とをからめて、握り合う。
真也の顔は、あっという間に真っ赤になった。だが、翔子は全く気付かずマシンガントークを続けた。
「でね、でね……そんな二人の仲をイザークが嫉妬してて、そのイザークにディアッカが
「ま、待ってくれ翔子……ガ、ガンダムの話なんだよな?」
「勿論ですよぉ! で、実はキラきゅんとアスランが対決した孤島の一騎打ち、あれにも裏話があって、隠し設定というかあ」
「あそこは少し疑問だった……何故、キラは生きていた? しかも、プラントにいたぞ。セフティシャッターとはこういうものか!」
「愛の力ですっ! 全ての美少年を見守る視聴者の化身、ラクス様の愛なんですう! あと……ほらあ、真也先輩も知ってるでしょぉ? 男の子って、ああいうの好きだから」
やばい、完全に翔子のペースだ。
そして、聞き耳を立てている文那も何故か、腕組みしながらウンウンと頷いている。どうやら文那も、SEEDは好きらしい。いづるはまだ見てないが、美少年が沢山出てくる物語だと翔子から聞かされていた。
しどろもどろになった真也だったが、ふと鳴った携帯を手に取る。
次の瞬間、彼はパッと表情を明るくした。
「
「すっごーい! 真也先輩っ、完璧ですよぉ! そのロウも実は、ベッドでは鬼畜攻めな
ふと、いづるは玲奈へと振り返った。
あの、
テレビのリモコンすら使いこなせない玲奈が。
どうやら玲奈のフォローは、今回ばかりは上手くいっているようだ。
「ま、まあ、あれだな。翔子、SEEDでは俺はムウ・ラ・フラガが好きだな。最後は愛する女を守って死ぬ……お、俺も、その……翔子。お前だったら、死んででも守っ――」
「あ、真也先輩! ムウは生きてますよお」
「へ? だって、宇宙空間にヘルメットが浮いてたぞ、それを俺は……見たが……」
「ふふ、
「そうか、生きてるのか……やっぱガンダムって、不可能を可能に――!?」
話が
時々携帯を見ながら、真也は玲奈のアドバイスをもらっている。
そして、翔子のちょっとアレな
そして、気付けばそんな二人の和気あいあいとしたふれあいを、文那が見詰めている。
パフェを食べ終えた彼女は、テーブルの上に頬杖を突いて目を細めていた。
「いづる様……いいですわね。ああいう二人が見れただけでも、来た甲斐がありますわ」
「文那先輩」
「かっ、勘違いは嫌ですわ! わたくし今日は、ガンプラを買ったりするために外出しましたの。でも……いづる様とまさか、二人での休日を過ごすなんて。とても、嬉しい……」
気付けば文那は、サングラスとマスクを取ってテーブルに置いていた。
赤い縦巻きロールをゆるやかな風になびかせ、文那が無邪気に笑う。
「文那先輩、その……なんで変装なんかしてるんです?」
「他に出歩く方法を知らないからよ。だから未だにガンダム友達もできないわ……わたくしがガノタであること、これだけは絶対に隠さなければいけませんの」
「どうしてです?」
「……世の
「そうですか? 僕はでも、とっくに文那先輩のガンダム友達ですよ」
「なっ……いづる様! ふ、不意打ちは卑怯ですわ。で、でで、でっ、でも……今は友達でもいいんですの。いつか、いづる様と……あっ! 二人が店を出ますわ!」
照れ隠しのように文那は、真っ赤な顔を再びサングラスとマスクで覆った。
それは、すぐ背後を真也と翔子が連れ立って通り過ぎるのと同時。
二人はいづるたちに全く気付かず、レジの方へと歩く。
急いで伝票を持ったいづるは、まずは玲奈をやり過ごす。玲奈はあれでも隠れているつもりなんだろうが、周囲の客から
急いでいづると文那がレジの前に立った、その時だった。
「もーっ、真也先輩ったらあ。携帯電話を忘れるなんて、ふふ」
「この富尾真也、デートの中で携帯を忘れた……う、うむ、デート、だよな? 翔子」
「そーですよぉ? ふふ、またしましょうね、真也先輩っ!」
「あ、ああ! そうだな、今度はもっとこう、ムードのある映画とか。遊園地なんかもいいな! 博物館に美術館なんかも俺は好きだぞ……ン、なんだ?」
真也と翔子が戻ってきた。
鉢合わせになる、しかも財布を取り出すいづると文那には、逃げ場がない。
その時、突然……バーザム他多数のガンプラを詰め込んだ紙袋がドサリと落ちた。
次の瞬間には、いづるは文那に抱き締められていた。
「ちょっ、文那先輩!?」
「いづる様! 二人に背を向けてくださいまし! こうしてればお互い、顔は見られませんわ!」
「あ、いや、でも、これは」
熱い
文那はいづるの胸に顔を埋めて、強く抱き締めてくる。
その姿に少しだけ冷やかす視線を投じて、真也は通り過ぎた。そのまま先程のテーブルから携帯電話を取り上げ、ポケットにしまう。そうして翔子と、どうやら
なんとかやり過ごした。
そう思った安堵の中で、魔の時間が訪れる。
「す、すみません、文那先輩……助かり、ました」
「ふふ、いいんですのよ、いづる様! さ、わたくしたちも帰りましょう……こうして買い物も満喫できましたし、いづる様とデートまで」
「いや、デートではないです、けど……その、今日は楽しかったです。でも――」
どうしてその視線に、もっと早く気付かなかったのだろう?
いづるから離れた文那が、ふと振り返ってサングラスを外す。
その後ろには……立ち尽くす玲奈の姿があったのだった。
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