君たちを見つめて
第26話「おだやかな日曜日に」
それは
久々に寝坊してしまったいづるは、寝ぼけ
不思議と生活態度にうるさい
そして、不思議と家が静かである。
「あれ……
部屋を出て階段を降りれば、リビングにも誰もいない。
ダイニングにはサランラップをかぶったサンドイッチが待っていた。とりあえず冷蔵庫から牛乳を出し、珍しく一人の朝食をとる。
いつもならみんながいて、日曜日は朝から賑やかなのに。
テレビをつけても、一人で見るアニメや特撮は少し寂しい。
普段、いかに日陽家が賑やかだったかを思い知るいづるだった。
だが、その時不意に天井がガタゴトと鳴り出す。
「あ、部屋にいるんだ……え? 玲奈さんがこんな時間までお寝坊? そんな、あかり姉さんじゃあるまいし」
曜日を問わず、玲奈は早起きだ。
いつも朝は、朝食を食べながら新聞を読んでいる。
翔子にやんわりなだめられ、新聞を畳む姿はお馴染みだ。
珍しいこともあるものだと、天井を見上げながら遅めの朝食をとってると……どうやら玲奈は降りてくるらしい。微かにあかりとの会話が聴こえて、階段で二人の足音がした。
まあ、あかりの寝坊というのはいつものことで、今日は早いくらいだ。
最近職場復帰したあかりは、休日は昼まで寝てる。そして、昼からお酒を飲む。
本当にだらしない人だが、優しいいづるの姉だ。
そして、声はリビングへとやってきた。
「じゃあ、玲奈ちゃん。いい? ……これは、極秘の任務っ! 健闘を祈るわっ!」
「任務了解……想定時刻より15分遅れているわ。接触予定時刻1000変更なし」
「さぁーてっ、私は軽く一杯やりますか! 日曜日だし!」
「まあ……あかり姉様、体を温めるのもいいですが程々にしてくださいね?」
いづるは聴き心地のよい玲奈の声に振り返る。
おはようの挨拶を言おうとしたが、仰天の光景に思わず絶句してしまった。
あかりのスケスケネグリジェはいつものことだ。目に毒だが、今は驚くようなことじゃない。むしろ、その隣にすらりとした痩身を並べる玲奈の姿に変な声が出た。
ありえない。
だが、アリと言えばアリだ。
玲奈は、普段とは全くイメージの違う服装をしていた。
まるで別人のような玲奈が、いづるを見てサングラスを外す。涼やかな笑みは確かに玲奈だが、普段の
「あら、おはよう、いづる君」
「おはよう、ございます……あ、あの」
「ふふ、この格好? あかり姉様と色々考えたのだけども、どうかしら?」
「似合っては、います。変、です、けど」
「はっきり言う。気に入らないぞ? でも、そうね……自分でも少し、変な気もするわ。あの、あかり姉様……本当にこれで変装は完璧でしょうか」
そう言って玲奈は、再びサングラスをかけてから下にずらして、ちらりと瞳を覗かせる。それは、いづるにはどこかで見たようなことがある姿で、しかし名前が出てこない。
今の玲奈は、普段のおしとやかな雰囲気も、才媛才女を思わせる気品もなかった。
どっちかというと、少し派手で、それがまた危うい魅力を発散している。
肩が大きく露出し、胸元がグッと開いたセクシーなノースリーブ。
下もタイトなミニスカートだ。
上下は普段とは違って、赤を基調とした目立つものである。
変装という言葉をさっき聞いたが、なるほど髪型まで変えている。普段のストレートなサラサラヘアも綺麗で、アルバイトの時の中華風お団子頭もいづるは好きだ。でも、快活なイメージのポニーテイルというのは、これがまたいい。
金髪に大きなサングラス、そしてこの格好。
思わずいづるは声に出てしまう。
「えっと、なんか、あの! 百って書いてる金ピカのガンダ――」
「ああ? ガンダムつったか? どこにガンダムが!? それは、悪行よ!」
「あ、いえ! 違います、姉さん。えっと……そう、金ピカのロボットが」
「……いづる、大丈夫? 私、ちょっと普段から……いぢリ過ぎた?」
「まあ、それなりには」
名前が喉元まで出てきているのに、キャラクターの印象がぼんやりしている。確か、あの有名なシャアの偽名だ。
そして、そのもどかしさはすぐ玲奈に伝わった。
彼女はサングラスをかけて見せて、小さく笑っておどけてみせた。
「今の私は、クワトロ・バジーナ大尉よ。それ以上でも、それ以下でもないわ。……なんてね。どうかしら? 普段の私のイメージは消せてると思う? いづる君」
「は、はい……ある意味、台無しというか……でも、なんか、こう」
「なんか? こうって、どう? ふふ、気なるわ」
そう、なんだか変なコスプレじみてて、じわじわくる。
それなのに……やっぱり玲奈は、なにを着てもかわいい。
あかりはガンダムキャラに似てしまうとは知らずに、服を貸したのだろうけど……凄く、いい。普段の
そして、似たキャラの名前を思い出す。
そう、クワトロ・バジーナ……シャア・アズナブルの世を忍ぶ仮の姿だ。
そんなことを考えていると、あかりがにっこりと笑う。
「さて、玲奈ちゃん! ハードなミッションになるわよ……覚悟はいいかしら」
「ええ……やってみるさ、です!」
「その意気よ、では……ミッション・スタート!」
「阿室玲奈、追跡行動に移ります! じゃ、いづる君。今日はちょっと私、大事な用があるの。夜にでもまた、ゆっくりとね?」
それだけ言って、玲奈は出ていってしまった。
あの格好で外を出歩くつもりだ。
変装と言っていたが、逆に目を引くと思う。
そして、気を
サングラス程度では、可憐な美貌は隠せない。そして、少し浮いて浮かれた服装でさえ、彼女が着ればステージ衣装のようだ。
玲奈は尻尾のように結った髪を揺らして、行ってしまった。
いったい、今日はなにがあるのだろう?
「わっ、ね、ねねっ、姉さん!」
「いづるー? ふふふ……気になるー? 気になるでしょうー?」
「……玲奈さん、どうしたんです?」
「彼女ね、今……キューピットなの」
「キューピット?」
「そう……さながら、
あかりの耳打ちに、思わずいづるは絶叫を張り上げてしまった。
驚きに言葉が見つからず、慌てて玲奈を追いかけようとしてしまう。
そんないづるを呼び止め、笑顔であかりがこう言った。
「玲奈ちゃん、純粋なのよ。じっとしていられないのね。だから……彼女を想ってあげて」
「姉さん……」
「ほら、行って! 追いかけて。あと、帰りにビール買ってきて頂戴。夕方には帰ってくるのよ? 今日はお寿司とらなきゃ!」
そうして、バン! といづるは背を叩かれる。
慌てて外出の準備をして、あたふたと彼は玲奈のあとを追いかけ始めるのだった。
そして、それが……後に大波乱となる二人の危機の、始まりだった。
二人が二人でいるだけの日々、一つになれず離れてゆく時間……それは今、静かに忍び寄っている。はからずも、玲奈の善意と厚意のおせっかいの結果として。
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