第27話「おせっかいに踊るウソ」

 遅れて家を飛び出した日陽ヒヨウいづるだったが、やはり阿室玲奈アムロレイナを見失ってしまった。あのトンチキで怪しい格好のまま、彼女はどこへ行ってしまったのだろうか?

 とりあえず駅前の方まで来てみたものの、足取りは全くつかめない。

 休日の街は華やいで、誰もが朝から笑顔、笑顔、笑顔だ。


「あれ、こっちに来たんじゃないのかな……目立つはずなんだけど」


 そう、今の玲奈を見れば誰でも振り返るだろう。

 もとより目を引く美貌の持ち主なのだ。それが今日は、某クワトロ・バジーナみたいな格好で出歩いているのだ。いづるとしては微妙に、スカートの丈が短すぎるのが気になるが、突っ込むところはそこじゃない。

 とにかく、怪しい麗人と化した玲奈をいづるは探した。

 そして、視界の隅に見知った顔を発見して向き直る。


「あっ、あれは……え? なん、だと……!?」


 思わずいづるは絶句した。

 そこには、駅の噴水前へと歩いてゆく富尾真也トミオシンヤの姿があった。

 しかも、普段はラフな格好でいることが多い彼は、何故か。それがまた、酷く浮いてて滑稽こっけいだ。知的な眼鏡の美男子は今、ピンクのジャケットに蝶ネクタイという、筆舌し難い程にヘンテコな格好をしているのだ。

 そして、彼の歩む先でさらなる驚きがいづるを襲う。


「って、翔子ショウコぉ!? な、なにをやってるんですよぉーっ!」


 思わず富野節とみのぶしになってしまうくらい驚いた。

 噴水の前では、めかしこんだ楞川翔子カドカワショウコの姿があった。こっちは常識の範疇内はんちゅうないで、清楚せいそな雰囲気がとてもかわいらしい。普段は意識してなかったが、幼馴染は地味だが愛らしい女の子なんだといづるは気付かされた。

 その翔子は、真也の姿を見てパッと笑顔を咲かせた。

 そして次の瞬間……チベットスナギツネみたいなフラットな表情になる。

 無理もない、ピンクのジャケットに蝶ネクタイである。

 他人のふりをしてもおかしくないくらい、真也の格好はおかしい。

 だが、それでも翔子はパンパンと頬を両手で叩いて、いつものにぽにぽな笑顔になった。

 思わずいずるは、物陰に隠れて二人を見守ってしまう。


「すまん、遅れた! 待たせてしまったな、楞川」

「いいえー、今来たとこですよぉ? ふふ、なんかでも……ふふふ」

「笑うなよ、兵が見てる……というか、やっぱりおかしいか? 俺の格好」

「うん! すっごく変! でも、気合入れてきたんですね、富尾先輩っ」

「そうでもあるが! そうか、変か」

「でも、変だけど嫌いじゃないですよぉ? 先輩のそゆとこ、好きかなあ」


 好き、の一言で真也は、シュボン! と真っ赤になった。

 そのまま湯気をあげて、彼はうつむき黙ってしまう。

 え? その、あれですか?

 それは、いわゆるあれなんですか?

 二人はデートで、もしかして真也は翔子のことが?

 いづるは自分の鈍さを呪った。そういえば以前から、真也は翔子を意識していたような気がする。改めていづるは、新たな恋が知らぬ間に芽吹めぶいていたことを知った。

 だが、どうにも真也の言動が硬い。

 あの玲奈と互角の美形、誰もが羨む美形優等生の姿はそこにはなかった。

 しきりに眼鏡を上下させながら、真也はあたふたと狼狽うろたえている。

 そして、そんな彼を見上げる翔子は優しいまなざしをしていた。


「とっ、とと、とりあえず、楞川! 今日はどこに行こうか、その、ああ、ええと」

「ふふっ、でも嬉しいなあ。富尾先輩が付き合ってくれるなんて」

「なんとぉーっ! つっ、つつ、付き合うなど俺は! ええい、まずは交換日記、いや文通からだ。清く正しい健全な交際をだな……あ、お、う、いえ」

「丁度わたし、お買い物に出ようと思ったんだけど……いづちゃん、今日はお寝坊さんだから。玲奈先輩が、今日は寝せてあげてって言ってたから」

「……意味深過ぎる! そ、それはそうと」


 見ているいづるの方がハラハラする。

 あの鈍感で朴念仁ぼくねんじんないづるですら、わかる。

 富尾真也という男、全く男女の交際がわかっていない。それどころか、翔子を意識し過ぎてガチガチになっている。

 そんな中、気にした様子もなく翔子が、パム! と手を叩いた。


「あっ、そうだぁ。えと、富尾先輩ごめんなさあい~、あの」

「ん? どうした楞川」

「ちょっと待っててもらえますかあ? わたし、えっと」

「俺も同行しよう。一人では危険だ。心配なんですよ!」


 翔子は顔を赤らめ、黙ってしまった。

 少し気恥ずかしそうにして、それでも上目遣うわめづかいに軽く真也をにらむ。全然怖くないし、いづるにはすぐわかった。あれは怒っていない、困ってるけど嫌ではない時の翔子の顔だ。

 彼女はもじもじしながらも、小声で喋る。


「もぉ、富尾先輩……あの、わたしぃ……お花を摘みに」

「花か! ……サボテンの花が咲いているのか!?」

「ちがいますー! 富尾先輩っ、デリカシーがないのは、めぇーっ! ですよ!」

「す、すまん……ああ、そうか! お手洗いってのだな、君は!」

「そーです! ちょっとおしっこしてくるんです! 待っててくださぁい」


 ぽてぽてと小走りに翔子は行ってしまった。

 おいおいどっちがデリカシーないんだよと思ったけど、いづるは先程から心臓が高鳴りっぱなしだ。正直、かなりハラハラする。

 一応知ってるのだ……翔子は恋愛経験がゼロなのだと。

 ずっといづるの世話ばかりして、腐女子ふじょしをこじらせてしまった少女。いつもおっかさんのように見守ってくれる、大事な家族みたいな存在。それが今、真也とデートをしようというのだ。多分、恐らく。

 腕組み立ち尽くす真也も、今は失敗したことを自覚しているらしい。

 恥じ入るように黙ってしまい、その顔も心なしかしょぼくれて見える。

 だが、そんな彼に忍び寄る影があった。

 そして、いずるは思わず声あげてしまう。次の瞬間には口を両手で抑えて、街角の影に隠れて黙った。

 真也に近付いた少女が、演じて作った声で語りかける。


「お困りではないかしら? 富尾君……じゃない、えっと……少年!」

「ん? 貴女あなたは……?」

「私の名は、あ、うーん、ええと……嶺阿寶リン・ア・バォよ! それ以上でもそれ以下でもないわ」

「嶺阿寶……どこかで聞いた名前だな。確か、フォー・ザ・バレル……うっ! 頭が!」


 なんの話をしてるのか、さっぱりいづるにはわからない。

 ただ、嶺阿寶なる少女の正体はいやでもわかる。

 そう、彼女こそ阿室玲奈その人だ。

 サングラスに赤いノースリーブの彼女は、ふところからなにやらチケットらしきものを取り出した。そして、それを真也に握らせる。


「ここもだいぶ、人混みが混雑してきたわ。富尾君は脱出して」

「嶺阿寶さんはどうするのです?」

「友達のチャンスは最大限に後押しする。それが私の主義よ!」

「嶺阿寶さん……あ、あなたの正体はいったい」

「貴方ももう大人でしょう? 富野御大とみのおんたいも今は忘れて。いい男になるのだな。……翔子さんが呼んでいる」


 それだけ言うと、玲奈は……もとい、嶺阿寶は行ってしまった。

 いづるが呆気にとられていると、翔子が戻ってきた。

 緊張気味に振り向いて、真也は今しがた貰ったチケットを差し出した。


「楞川っ、映画とか見に行くか! ちょ、丁度偶然、何故かチケットが二枚ある。なんなら、映画館まで歩きながらホットドックを食べてもいいぞ!」

「わぁ、なんの映画ですかあ?」

「ふむ、どれ……なになに……ほう! アンパンマンだそうだ!」


 おいおい、といづるはずっこけそうになった。

 もっとロマンチックな映画はなかったのだろうか。

 だが、玲奈が真面目に一生懸命やってるのがわかる。彼女が姉の日陽あかりから授かったミッション……それは、初デートをするらしい二人をバックアップすることだろう。

 だが、不安だ。

 限りなく不安だ。

 とてつもなく不安なのである。


「これは……放っておけない! なんとか玲奈さんをフォローしないと……二人をフォローしてるつもりの玲奈さんを、フォローしてあげないと!」


 翔子は嫌な顔ひとつせず、真也を見上げて微笑んでいる。


「わぁ! わたし……大好きなんですぅ!」

「だっ、だだ、大好きっ!? 楞川、それは」

「アンパンマンって、大きくなった今でも大好きで。嬉しいなっ、富尾先輩も好きなんですかぁ? 因みにわたしのしカプはショクパンマン×バイキンマンですっ!」

「……これが若さか」


 とりあえず、二人は電車で移動するらしい。

 そして、そのあとを距離を保って玲奈が追跡しはじめた。

 その三人に気取られぬよう、いづるも物陰から動き出す。

 その時、不意にガシリとなにかがのしかかってきた。ふわりと花の香りがして、ささやかな膨らみが柔らかく背中に押し付けられる。そして、耳元で突然うっそりとした声が響いたのだった。


「まあ、いづる様っ! どうしてここに……乙女座の私にはセンチメンタリズムな運命を感じられずにはいられないですわっ!」


 肩越しに振り向くと……そこには、あかい縦巻きロールを揺らす美少女が立っていた。

 彼女は何故か、サングラス……というよりは、仮面? マスク? とにかく、顔を隠している。しかし、それでも美少女だとわかったのは、いづるの知り合いだからだ。

 こうしていづるの、ややこしくも難しい休日が幕を開けたのだった。

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