第28話「聖ズィーオンの残光」
それを壊滅的なセンスでバックアップする、謎の少女……
そして、そんな彼女を見ていられない
彼の背後には今、花粉症を装うマスクに大げさなサングラスの少女。
揺れる真っ赤な縦巻きロールで、その正体はすぐにわかる。
そして、彼女の方からいづるへと喜々として接触してきた。
「やっぱり、いづる様ですのね。因みに乙女座の私と言いましたけど、実は魚座のA型ですの。フフッ、でもお会い出来てうれしいですわ!」
「あ、ああ、ええと……
正直、声をかけてくれなければ気付かなかった。
そのことを正直に告げると、嬉しそうに文那はサングラスをずらし、その奥から輝く目を垣間見せる。キラキラと輝く瞳に、困惑したいづるの顔が映っていた。
「わたくしの変装は完璧ですわ! それに引き換え……阿室玲奈。情けない変装と戦って勝つ意味があるのかしら? しかし、これはナンセンスですわ!」
「あ、あの……文那先輩。文那先輩の変装もなかなか……」
「ええ、なかなか堂に入ってるでしょう? 自信ありますの。買い物の時はいつもこれですわ! 気付かれることなく行動できましてよ」
「確かにちょっと、気付かなかったですけど」
そうこうしていると、真也と翔子は駅の中へと消えていった。
どうやら映画館に行くらしい。
そして、そのあとを物陰から物陰へと、モロバレな怪しい尾行で玲奈が続く。今の彼女は、若き少年少女を見守る謎の人物……嶺阿寶。見るからに危なっかしい彼女を、慌てていづるも追いかけようとする。
何故かその腕に、文那は抱きついてきた。
密着の距離から見上げてくる彼女は、興奮にハスハスと鼻息を荒くしている。
「これは、運命ですわ! まだわたくし、戦えますの……いづる様とこうして、休日を御一緒できるなんて。んー、イノベーションッ!」
「ちょ、ちょっと、文那先輩!?」
「それにしても阿室玲奈……また、またしても、人の恋路を壊そうとしてますのね! その恋愛を破壊する……それが、阿室玲奈」
「……へ?」
文那は、改札の中へと消える玲奈の背中を
その視線は、サングラスの奥から凍りついた戦慄を
だが、いづるは確かに聴いた。
その真相の一旦と思しき、文那の情念がこもった暗い声を。
「あ、あの、文那先輩!」
「あっ、阿室玲奈が行ってしまいますの。さ、いづる様っ! あとを追いますわよ!」
「ちょ、ちょっと! 引っ張らないで……っていうか、密着しないでください! む、胸が、腕に……あの!」
「人の恋路を邪魔する阿室玲奈は、馬に蹴られてナントヤラですわっ!」
文那のスレンダーな身体の、ささやかな胸の膨らみ。それが今、いづるの二の腕にぴったりと吸い付いている。ジャージ姿は露出が全く無いのに、スタイルのいい文那のシルエットを完全に浮き上がらせていた。
どぎまぎするいづるを引っ張り、文那は切符を買って、改札を通り抜ける。
流されるままに、いづるはあわあわと混乱しながら連れて行かれた。
ホームには丁度、都心の方への電車が滑り込んできた。
真也と翔子が仲良く二人並んで乗車し、少し離れて玲奈が乗る。わざとらしく新聞紙を読みながら、チラチラと玲奈は二人に気を配っていた。そして、そんな玲奈に隠れるようにして、文那もまたいづると共に隣の車両に乗る。
真也と翔子を尾行する玲奈、そしてその玲奈を尾行する文那といづる。
とても複雑な休日が、急転直下で動き出す。
ドアの影から隣の車両を
「いづる様、あれは全校女子の憧れる二年生、生徒会書記の富尾真也ですわね!」
「え、ええ。あ、知り合いですか? 有名人なんだ、富尾先輩も」
「当然ですわ。わたくしを差し置いて阿室玲奈のライバルを自称する、ただのイケメンですの。いつか思い知らせてやりますわ……分かるまい! 好敵手と仲良しごっこしている阿室玲奈に、このわたくしの身体を通して出る力が!」
「……ちょ、ちょっと怖いですよ、文那先輩」
「あっ……ご、ごめんなさい。その、忘れてくださる? わたくし……いづる様の前では普通のかわいい女の子でいたいですの。それに……ガンダム好きでも、いづる様は」
隣の車両では、並んで座るなり翔子がズガガガガ! とマシンガントークを開始した。聞き上手に徹している真也も、眼鏡の奥でタジタジである。何やらショクパンマンが総受けだとか、その
どうやら翔子は、本当にアンパンマンの映画が楽しみらしい。
それを見守る玲奈は落ち着かないが、全体像を把握しているいづるだってそうだ。
すると、ピタリと身を寄せてくる文那が小さく
「恋人同士のデートで、アンパンマン……ぶち壊す気満々ですわ」
「でも、翔子は嬉しそうですけど」
「いづる様、幼馴染の方はちょっと特殊ですの! ……な、なんですの? ショクパンマン総受けって……総受けならもっといいキャラが……はっ!? い、いえ、それより」
「それより?」
「阿室玲奈……恐ろしい
「……えっ?」
信じられない一言。
そして、信じ難い話だ。
だが、文那はじっといづるを見上げてくる。
彼女は改めて周囲を見回すと、空いてる席へといづるを座らせた。そしてその隣に自分も腰掛け、じっと床の一点を見詰める。
緊迫感を張り巡らせて、文那は呼吸を落ち着かせるように薄い胸に手を当てる。
ようやく彼女の、玲奈への遺恨の秘密が語られようとしていた。
「いづる様、阿室玲奈はわたくしにとってライバル……わたくしはあの人に、勝ちたい!」
「え、ええ」
「でも、いいライバル同士でいられたのは昔の話ですわ。阿室玲奈は……卑劣な
「えっ!?」
「……話せば長くなりますわ。聴いてくださる? いづる様」
サングラスの奥で、
いづるは黙って頷くしかない。
あの玲奈が、そんなことをする筈がない。
そう自分に言い聞かせて、信じる気持ちを新たに確認する。同時に、文那がありもしないデタラメを信じ込んでいるとも思えなかった。事実無根では、あんなにも情熱的に玲奈への対抗心を燃やせない。
なにか誤解があって、それを解くのには真実が必要だ。
いづるの目だけを見詰めて、文那は喋り始める。
「昔……一年生の時、わたくしと阿室玲奈はライバルでしたの。"
「そ、それで」
「いろいろな競技で戦う内に、わたくしは親近感を、そして尊敬の念さえ感じましたの……阿室玲奈。気品と気高さを持った、誇り高いアスリートであり、文武両道の文化人。部活動を通して、わたくしたちは言葉なき相互理解に達した瞬間さえあった」
しかし、と文那は言葉を切る。
そして、真実が暴かれる。
「当時、わたくしは交際していた方がいましたの。とても素敵な方……親同士が決めた
「そ、それは……! 前から、知って、ました」
「ええ。いづる様はわたくしの異常で異様な趣味を知ってさえ、こうして接してくれる。ガンダムが好きな女の子なんておかしいでしょう?」
「……そんなことないです! だって、玲奈さんだって」
「でも、わたくしの許嫁は違った。そして……彼は去っていきましたわ。あれは忘れもしない、一年生の時。聖ズィーオン女学院の文化祭でしたわ。恋人と二人で周るわたくしに、丁度訪れていた阿室玲奈は……」
ギュムと文那が、膝の上に拳を握る。
震える唇は、弱々しく真実を吐き出した。
「あの女は、わたくしの許嫁に言いましたの……わたくしがガンダム好きのガノタ、ガンダムオタクだと! ……恋は、終わりましたわ」
いづるは初めて知った。
そして、考える。
あの阿室玲奈が、人を
いづるにはそうは思えない。
だが、文那が嘘を言っているようにも感じなかった。
そうこうしていると電車は静かに、駅のホームに滑り込む。
どうやら真也と翔子は降りるようで、その背後を距離を保ったまま玲奈が続く。
文那はサングラスとマスクで覆った顔で、無理に微笑んだ。
復讐の仮面を被った赤い彗星が、いづるを気遣い笑いかけてくれる。
「つまらない話をしましたわ、いづる様……さ、行きましょう! 再び阿室玲奈は、若い恋人たちの仲を引き裂こうとしてますの」
「そんなことは……ないと、思います、けど。でも」
「恋人たちにアンパンマンを押し付けるような女ですの! そう、
それだけ言うと、いづるの手を取り文那も急ぎ足で下車する。引っ張られるままに、いづるはジャージ姿に並んで歩いた。
文那の手は柔らかくて、そして赤い炎のように熱く、温かかった。
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